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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第五章 初心者と腹黒聖職者と夜の塔の幻影
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F96 どうせ死ぬなら、命を賭けろ

 嵐の中、俺とフィーナは屋敷を抜け出し、フィーナに与えられたアカデミー用の莫大な金を持ち出して、逃げた。


 箱入り娘のフィーナに嵐の中を走ることは厳しいのではないかと思われたが、意外にもフィーナの足取りはしっかりと大地を踏み締めていた。


 それはまだ、幼き日のこと。


 俺が記憶を失っていた、アカデミーに入る前の出来事。


 俺は、フィーナを連れ出して外まで出ることに成功したんだ。なら、どうして失敗したのだったか。


 子供の足でどれだけ速く走った所で、大人の速度を超えることはできない。その時の俺はまだ<キャットウォーク>を試した事がなかったし、仮に使う事が出来たとしても、フィーナが俺の速度に付いて来られない。


 だから、俺が初めて<キャットウォーク>の魔法を使ったのは、崖の上。フォックス・シードネスと対峙し、背中にフィーナを隠した時だった。


 ぬかるんで滑る地面に両足を突き立て、僅かな恐怖と明確な敵意を持ち、幼い頃の俺は木の棒を握り締めて、剣を持った大人と戦おうとしていた。


「爺ちゃんは『赤い星』と戦いに行ったんだっ……!! 世界を救うって言ってたんだっ!!」


 ああ、そうだ。


「お前なんかに、馬鹿にされてたまるか――――!!」


 あの時俺は、負けたんだ。


 木の棒を握り締め、スーツの男に殴り掛かる俺。魔法による強化が掛かり、その幼い身体は体格から考えれば、信じられないスピードでスーツの男に迫った。


 殴り倒すつもりだった。幾ら剣を持っている大人とはいえ、首から上を硬い木の棒で殴られれば一溜りもないだろうと。一度気を失うまで殴ってしまえば、後はどれだけ逃げても追われる事は無いんじゃないかと思った。


 フィーナが両手で口元を抑え、俺とフォックスの様子を息を呑んで見守っていた。


 ほんの、一瞬の出来事だった。


 俺が構えていた木の棒は、サングラスにスーツの男――――フォックス・シードネスに容易く斬り刻まれ、ただのゴミになった。


 魔法を覚えた俺は当時、多分勝てると思っていた。自分はフィーナをあの屋敷から救い出し、これから共に生きるのだと、そこまで考えていた気がする。


 しかし、現実というのは残酷なものだ。普通に考えても、当時の不器用な<キャットウォーク>と<ホワイトニング>では、剣を持っている、しかも手練の大人には敵わないだろうと分かる。


 まだ考える事の幼い、敵と自分の実力差さえ見極められなかった自分には、それが無理難題であることを理解出来なかったのだ。


 一撃どころか。一発すら、入らない。


 何故か相手も、俺に一撃を与えない。


 戦闘が、成立していないのだ。


 遊ばれているレベルの行動に、俺は目を見開いた。


「なっ…………」


 殴り合いと言うには、あまりに立場の違い過ぎる攻防。俺は崖側へと蹴られ、うつ伏せに地面へと落下した。


 そのままでは、崖から落ちてしまう。決死の思いで地面に爪を立て、どうにかスピードを落とす。


 だが勢いは死なず、崖に向かっていく。


 崖から、落ちる。


 落ちたくない。


 どうにか、もがいた。


「ラッツさん!!」


 フィーナの叫びが聞こえる。どうにか岩を両手で掴み、俺は崖にぶら下がっていた。雷が近くで落下し、轟音が俺の耳に届く。


 ざあざあと、雨の音が聞こえている。崖の上から、フォックスがゆっくりと歩いて現れた。


 その、サングラスを外し。


 フォックスは、嗤った。


「――――なるほど、こうしよう。今日、常識外れなお前は外へと遊びに出ていた。運悪く崖から滑って落下し、命を落としたと」


 そうか。


「やめて、フォックス!! ラッツさんを助けて!!」


 こいつには、『コフール一族の執事』という、重要な役割がある。どんな理由があったにせよ、自分の手で俺を殺す事は出来なかったのかもしれない。


 だって、コフール一族ってのは聖職者の一族だ。悪戯に人の命を奪う人間は、どうあっても一族の仲間にはなれないだろう。例えそれが、執事というポジションだったとしても。


「まだ分かりませんか、フィーナお嬢様。貴女が我儘を言うから、こういう事になっているのですよ」


「えっ…………」


「貴女が私の言う通りにしていれば、こうはならなかった。……違いますか?」


 そうか。


 だから、『流れ星と夜の塔』だったんだ。冒険者として事故で死ぬなら、誰も文句を言いはしないから。


 例えダンジョンの中でも、出来れば自分の手を煩わせたくはない。それはあいつの、保険のようなものだったのだろう。


 フォックスは、俺の右手を踏み付けた。




 ――――――――俺の手が、崖から離れる。




 絶望に染まったフィーナの眼は、俺の方を向いているようで、その瞳に俺は映っていなかった。それは幼き日のフィーナが、あのフォックス・シードネスという執事の言葉を信じたという結末に他ならなかった。


 言葉を鵜呑みにして信じたのか、それとも自分の人生に諦めを感じたのかは、俺には分からない。


 その姿が、遠くなっていく。俺は崖から落下し、どこまでも下へと落ちて行く。


 あの日、俺は記憶を失くしたんだ。


 まるで自ら手を離した、あの崖の上に置いてきたかのように、大切な記憶を失った。


 爺ちゃんのことも、フィーナのことも。


 すっぽり抜けた記憶に埋まってきたのは、『自由気ままに冒険者になる』というキーワードだけ。呆れるほどに単純で、純粋な理由。本当はそこに、何か別の意味があったはずなのに。


 次に目覚めたのは、セントラル・シティだった。大病院で目覚めた俺は、次の瞬間、アカデミーの入学試験の事だけを考えていた。


 どうして、忘れてしまったんだろう。爺ちゃんの事と、何か関係があるのだろうか。


 段々と、俺の姿が大人になっていく。視点も遥か上から、自分の所へと舞い戻っていく。


 空白の地面に、降り立った。真っ白な世界に、俺は一人。


 ――――いや、一人じゃ、ない。


「少年よ、いつまでそこで寝ておるのだ。目を覚ませ」


 目の前に、いつかのダンディフクロウがいた。俺の知っている幼い日のダンディフクロウからは、随分と若返っていたが。


「……ああ、目が覚めたよ」


「しかし、『ドッペルゲンガー』とは。大した魔物だな。……ここから、どうやって逆転するべきだろうか?」


 俺達の真下には、黄金色の扉が二つ。リュックを背負い、無傷で俺を眺めている俺が一人。血だらけで、うつ伏せに横たわっている俺が一人、いた。


 血だらけの方が、本当の俺で。……だから、俺は首を振って、答えた。


「逆転は、出来ない。……多分、俺はここまでだよ」


 ダンディフクロウのクール・オウルは、真っ直ぐに俺の目を見て言った。


「本当に、そうか?」


 いや、だって、考えても見ろよ。今の俺が出せる手札の中で、考えられるものは三つ。


凶暴表現バーサーク・スタイル>。


限定表現レストリクション・スタイル>。


計画表現プランニング・スタイル>。


 いや。やっぱりこれだけじゃ、逆転の引き金は引けそうにない。この状況からどうやっても、塔に入った瞬間の、無傷の俺を超えるスペックは出ないに決まっている。


 だから、無傷の俺が長剣で俺の首を斬り落とそうとしているのも、どうしようもないことで。


 本当に、そうか?


 何の為に、大地の魔力を融合させることを練習してきたんだ。その媒介になるものさえあれば、俺は自分の能力以上のスペックを引き出せるって、もう分かっている事じゃないか。


「まだ、戦えるだろう?」


 頭の中で浮かんでいた魔法公式が、徐々にその形を見せ始めていた。


 ここを、こうして。


 ここを、ああして。


 ほら、できた。


 やれば出来るじゃないか、俺も。


 後はこれを展開して、発動させれば良いだけだ。媒介になるものは、腕か? それとも、足か? ……いや。それだけじゃ、<限定表現レストリクション・スタイル>のスペックを超える事は、出来ない。


 何か、決定的に違うものを媒介にしなければ。魔力を集中させるポイントを、変えなければ。


凶暴表現バーサーク・スタイル>の時は、どうしたっけ。


「そうだ――――まだ、戦えるだろう」


 クールが言った。


 そうだ。どうせここで死ぬなら、生き残る可能性が僅かにでもあった方が良い。魔力の融合ミスなんか気にするな。やらなければどうせ、ここで終わりじゃないか。


 あるだろう。


 決定的に強化される部位で、俺が賭けられる場所。




 ――――――――心臓。




 うつ伏せに倒れていた俺は、瞬間的に目を見開いた。両手は地面に伏せている。右手に力を入れ、奴から離れるように地面を転がった。遅れて先程まで俺が居た位置に、長剣が振り下ろされた。カツンと、真っ白な地面に当たって長剣は小さな音を立てた。


 無表情の俺が、傷だらけの俺へと視線を向ける。いや、無表情ではない――――多少、驚いているようだった。


 今度は、多少では済まさない。


 全身に魔力を展開し、更に大地から魔力を吸い上げる。俺の足下に魔法陣が出現し、俺の全身から水蒸気のように、透明なオーラが現れる。


 色のない魔力のオーラなんて、見たこと無かっただろ? 勿論こいつだって、予想外のはずだ。


 それが証拠に、ドッペルゲンガーは俺の異変に焦りの色を見せ始めていた。


「…………お前は…………」


 俺の声だ。だが、それはドッペルゲンガーのものだった。それは、さっきまでの俺の姿。お前には、こいつだけは真似出来ないだろう。


 死の淵で俺を呼ぶ、いつかのフクロウの声が聞こえないお前には。


 まだだ。まだ、足りない。集中しろ。俺なら、やれる。


 やらなければ!!


「おおおおおお――――――――!!」


 ぐらぐらと、溢れ出る魔力に目眩を起こしそうになる。俺の扱える本来の魔力量なんて、とうに超えている。そいつは、真下に描いた魔法公式の力だ。俺の魔力は先行投資。前払い金のようなものだ。


 その、世界の秩序を司る、圧倒的な魔力量。


 一分でいい。


 俺に、貸せ。




「<暴走表現オーバーヒート・スタイル>!!」




 脳が揺さぶられる程の魔力量に、身体が一瞬、言う事を効かなくなった。……こんな量の魔力を、他の連中はすました顔で使っているって言うのか。まあ他とは違い、俺は自分の魔力を操っている訳ではないのだが――……


 俺の中で何かが切れた。心臓に集中させた大地の魔力は俺の全身を巡り、恰も俺が魔力を放出しているかのように、急速に俺の手中に収まっていく。


 なるほど。どこか一箇所で融合させようとするから、無理が生じる。これは、<限定表現レストリクション・スタイル>よりも大掛かりな仕掛けであり、逆にコントロールを楽にさせている。


 俺ではない、何か別のモノに変化しているような気分だ。


 いや、例えるならこれは、『進化』か。


「なっ…………なんだ、その魔力は…………!! 本当にこれが、『ラッツ・リチャード』なのか……!?」


 或いは『魔族』のような――――こうしてみると、人間の魔力っていうのはどうにも不自然だ。人工的とも言えるだろうか。感覚的なモノではあったが、以前のように魔力を無理矢理管理すると言うよりは、今の俺はただ流れに身を任せている感じだった。


 俺達人間は、まるで魔力を通して何でも出来るつもりでいる。魔力を管理してやろうと、どうにか頭を使っている。


 もしかしたら、管理することは正しく無い事なのかもしれない。


 同調、するべきなのだろうか。


「さあ、どうだろうな」


 圧倒的な魔力量を得た代償なのか、俺の背中に何か、死神のようなものが見える。気を抜けばいつでもその手を引き、大地に還らせると。そのように、言っているかのようだった。


 生と死。そのギリギリのラインで、俺は今、戦っている。ドッペルゲンガーは俺の変化に驚き、怯え、俺から逃げるように後退した。


 誰が逃すものか。


 両手をぶらぶらと揺らし、首を回す。先程まで瀕死の状態で動けなくなっていた身体に、無理矢理活力が戻って行く。


 さあ。


 行こう。


「俺は、俺だ」


暴走表現オーバーヒート・スタイル>は俺の魔力をありったけ使い、それを引き金にして遥かに大きな大地の魔力を吸い上げ、自身に付与魔法の強化版を掛ける魔法公式だ。俺の魔力は使い切る事を約束しているから、他に付与スキルを使う事はできない。


 それでも、最後の仕掛けのために魔力を少しは取っておくのだが。


 腕や足での魔力融合は、精々一対一の配合が限度だった。だが、全身を使うとなれば話は別だ。


 言わば、<限定表現レストリクション・スタイル>とも、<凶暴表現バーサーク・スタイル>とも言える魔法公式。


 しかし、そのどちらでもない。


 リスクを背負っているのは、俺自身。一度コントロールを失い、融合が崩れれば、俺は死ぬ。


 だから、この魔法には時間制限を設けた。タイムリミットの一分を過ぎれば、自動的に融合解除の公式が発動し、元の状態に戻ると。


 俺自身の集中力が途切れるのも、大体そんなものではないかと思った。


 落ちた長剣を拾い上げ、付与魔法を選ぶ。<暴走表現オーバーヒート・スタイル>の魔法公式に上乗せする形で発動するから、使える付与魔法は一つだけ。しかも、その時間中に攻撃スキルを使う事はできない。


 相手は俺だ。


 なら、これしかないだろう――――


「<キャットウォーク(+10)>」



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