表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

六章


 六章


 私たちが佐川家の家に着いた時のは遅い昼食を食べてから約30分後、午後3時ごろだった。佐川家の家は江上家や青柳家と比べれば少し遠い所にある。家そのものはあまり大きくなく、普通の一般住宅といった感じの家だ。

 佐川家の亭主、佐川和弘は佐川鉄工と呼ばれる会社の社長だ。この佐川鉄工は去年江上グループと頻繁に取引があったということだ。それでクリスマスパーティに招待されたのだという。だがこの時間では佐川和弘はまだ会社にいるはずだ。奥さんの佐川さくらさんは専業主婦ということだから多分家にいるだろう。それから佐川夫婦には子供が2人いる。その子供たちもこの時間ではまだ学校や保育園にいるはずだ。一応子供もパーティに来ていたということだが、まだ小学2年やそこらでは当然容疑者から外されている。私はそれらのことを、家を訪ねる前に軽く隼人に説明した。

「旦那は今いないのか、だったら夜にでも訪ねた方がよくないか」

「いいえ、旦那がいない方がいいわ」

「―――なるほど、佐川和弘は警察に対して、非協力的なのか」

「そう。どうも前に交通の取り締まりでトラブルが起きたみたいでね。それ以後警察に対して良い感情は抱いていないみたい」

「それは良くわかる。」

「……」

 私は隼人を軽く睨む。

「警察の交通違反者の取り締まりは点数稼ぎのために、わざと違反が起きそうな所で罠を張っている場合があるだろ。事故が起きるとかどうとか関係なく。あれは俺もどうかと思うぜ。やっていることは詐欺とたいして変わらない」

 私は反論しようとしたが隼人に先に制止されてしまった。

「とりあえずこの話は止めようぜ。今は殺人事件の捜査だろ。こんな道の真ん中で交通違反の取り締まりの在り方を議論している暇はないはずだ」

 なんかうまくはぐらかされた感じだ。でも隼人の言うとおり、私たちは殺人事件の捜査をしている。交通違反の取り締まりのあり方で議論している暇は無い。私は家の呼び鈴を押す。暫くすると佐川さくらが出てきて、捜査で来た事を告げると、私たちを家の中にあげてくれた。

 佐上さくらは前にも言ったが専業主婦でほとんど家にいる。性格はあの活発な青柳康弘の妻、青柳響子とは対照的に大人しいタイプだ。対して旦那である佐上和弘は、学生時代にボクシングをやっていたこともあってか、体育会系で性格は活発で行動力がある。いわば先ほど訪ねた青柳夫婦とは逆のタイプの夫婦だ。旦那の方が活動的で奥さんが控えめな夫婦。年は2人とも40を過ぎている。

奥さんの佐上さくらは私たちを居間に通し、お茶を出すと自身も席に座る。

「もう質問されても私は警察にお話しすることは全て話しました。これ以上お話しすることはもうありません」

 みんな同じ反応が返ってくる。まあ当然と言えば当然の反応だ。

「それは分かっています。ただ警察ではまた捜査を見直そうという事になりまして、探偵にも捜査に協力してもらってまた関係者の方から話を聞いているんです。面倒だと思いますがもう一度話してください」

「―――ということは、こちらの方は探偵ですか」

「そうです。すいませんがまたアリバイから確認させてもらってよろしいでしょうか」

「はあ……わかりました。でも同じ内容を繰り返すだけだと思います。前にも言った通りその日はもう家で寝ておりました。もちろん夫も子供たちも一緒です。私たちの家では10時ごろにはもう寝てしまうので深夜の1時にはもうみんな熟睡していたはずです」

「ではクリスマスパーティの事をもう一度お聞かせ願えませんか。その時起きた江上夫婦の大ゲンカの内容を」

「実のことを言うと、私はケンカが怖くて見てなかったんです。私は江上佐知子さんが大声で怒鳴った時に、亭主に言われ子供たちを車まで連れて行き車に乗せたんです。そして子供たちを落ち着かせてから家に戻りました。でも怖くてあまりケンカを見てられなかったんです」

「では知っている範囲で結構です。江上佐知子さんの様子はどうでしたか」

「ひどく興奮していました。佐知子さんとは何回かお会いした事がありますが、大人しい方だという印象を持っていたので驚きました」

「包丁まで持ち出したようですね」

「ええそうです。本当に人を刺しかねない勢いでした」

「その後、佐知子さんは青柳さんの家に泊まることになったと……」

「はい。青柳さんの奥さんの響子さんがそう提案しました。あの場合はいたしかたなかったと思います。響子さんが提案しなければ私がそう申し出るつもりでした。あのままあの2人を家に残して帰るのはあまりにも危険でした。ですが結局佐知子さんは亡くなってしまって……」

「……」

彼女は少し後悔しているようだ。殺人が起きる前に何とか出来なかったものかと思っているのだろう。その気持ちも分からないでもない。

「ちょっとよろしいか」

隣で話を聞いていた隼人が口を挟む。

「奥さんは佐知子さんと何回か以前にお会いした事があるという事ですが、プライベートでお付き合いをしていたのですか?」

「いえプライベートな付き合いをしたことはありません。ただ去年だけでなく、まだ先代の江上信一郎さんが生きている時にも何回かクリスマスパーティに招待された事がありまして、その時に佐知子さんとお会いした事があるくらいです。後は私用で市役所に行って、市役所で働いている彼女を何回か見かけたことがある程度で」

「つまりプライベートな付き合いは全くなかったと」

「はい」

「江上透とも?」

「私はありません。ただ夫はもしかしたら仕事帰りに一緒に飲むくらいのことはあったもしれません。これは直接聞いてみないと分かりませんが」

「そうですか……」

「すいません。今度は私からも質問してよろしいでしょうか」

 今度は佐上さくらの方から質問してきた。何か警察に聞きたいことがあるらしい。

「答えられる範囲であれば……、何でしょう」

「犯人は江上透さんということですが本当でしょうか」

「……何故そのようなことを」

「噂でよく耳にします。彼には愛人がいて、それで奥さんが邪魔になり殺したんだとか。彼が不倫していたことはパーティのケンカの一件で私たちも知っています。本当に彼が犯人なんでしょうか」

「……そうですね。警察の立場としては捜査上のことはあまり言ってはならないのですが、この件に関してはもはや隠しようがありませんものね。おっしゃる通り、警察では彼が奥さんを殺した容疑者としてマークしている人物の1人です」

無論外部犯の犯行の可能性が出てきて、パーティに呼ばれていた人たち全員が容疑者として浮かび上がっている事までは話さない。今、目の前にいるこの女性。彼女もまたパーティに参加した人物の1人であり、有力な容疑者の1人でもあるからだ。

「そうですか……、ならこちらも考えねばなりませんね……」

「と言うと?」

「夫の会社である佐上鉄工は、江上グループとは先代の江上信一郎さんの時からよくしてもらいました。江上グループのおかげでここまで大きくしてもらったようなものです。警察の方で気づいた方もいらっしゃると思いますが、見ての通り私たちの家は江上邸と同じで企業の社長が住む家としてはあまり大きくありません。これは江上信一郎さんの普段の生活は出来る限り質素にという方針に我が家も習ったからです。それほど江上信一郎さんは夫も慕って尊敬していた人物でもあるんです。ただその後を継いだ江上透さんは、その1人娘である佐知子さんと結婚する前から女癖が悪いことで有名で良くない噂もありました。まして殺人事件の容疑者ということになると、夫の企業に対する風評被害も馬鹿になりません。ですから江上グループとの関係を断ち切らねばならないかと、先日夫ともその話をしたばかりで……」

「旦那さんはなんと?」

「とりあえず事件が解決するまでは江上グループとの関係はこのままで行くと言っていました。つまり犯人がわかるまでは……」

「そうですか」

「すいません。ちょっと奥さんの話の中で気になった事があるんですが」

 隼人がまた話しかけてきた。

「はい、なんでしょう」

「江上透の事で昔良くない噂があったと言いましたね。その噂とはなんです?」

「え……女癖が悪いという噂じゃないの?」

「いや、奥さんの話だと女癖の悪さとは別に悪い噂があったと言っていた。他に何か悪い噂があったんだろ。違いますか奥さん」

 佐上さくらは少し考えていたが話し始めた。

「これは……飽くまでも噂に過ぎないのです……。本当の事かどうかはわかりません」

「構いません」

「江上透が佐知子さんと結婚する前に、彼の周りである事件があったそうなんです」

「事件?」

「はい」

 そして彼女は一息入れてこう告げる。

「彼と付き合っていた女性が死んだんです」


*          *          *


その時だった。突然玄関のドアが開いた。

「さくら、いるか」

 旦那の佐上康弘が帰ってきたようだ。こんな時間に帰ってくるのは佐上さくらにとっても意外だったらしく驚いていた。ただ彼が帰ってきたのはこちらとしては間が悪い。彼は警察を快く思っておらず非協力的だ。彼にもまた当然聴取を行わなければならないが、素直に聴取に応じてくれるとは思えなかった。佐上さくらは席を立ち、玄関に行くと夫を出迎える。

「あら、あなた。仕事は?」

「これからまた行くよ。ただ仕事に必要な手帳を家に忘れたみたいでな。それを取りに戻ったんだが……」

 彼は居間に入ってきて私たちの顔を見るや、突然不機嫌になった。想像していた通りの反応だ。

「なんで警察がいる! 警察には知っている事はもう全て話したはずだ」

 そこで私は佐上康弘にこれまでの事を軽く説明した。捜査本部は事件の立て直しを図り、また聴取を含めて捜査をやりなおしている事。そして探偵にも助力を頼んで捜査に参加させている事を話した。

「―――で、こちらがその探偵というわけか、ふん、警察も落ちぶれたもんだ。自分たちだけでは犯人が挙げられんとは」

「返す言葉もありません。それで恥ずかしながら、また警察に協力をお願いしたいのですが」

「私はもう警察に話すことは何もない」

「あなた!」

 部屋を出て行こうとする夫を奥さんが呼び止める。

「警察に協力しましょうよ。殺人犯がまだ捕まらずにこの近くにいるのかも思うと正直ゾッとするわ。それに江上グループにはこれまで散々お世話になったでしょう。そこのお嬢さんが亡くなったんです。私たちに協力できることは協力しましょうよ」

 妻にそう言われて佐上康弘は考え込む。佐上康弘はタカ派というイメージがあり、亭主関白の様な雰囲気があるが、こう見えて愛妻家の様だ。奥さんには弱い。そこが青柳家とは決定的に違うところか。青柳家では奥さんの方が強いが、青柳響子は亭主の青柳康弘に何か言われて考え方を変えたりはしないタイプだろう。

佐上康弘は仕方ないと言った感じでソファに座る。

「今は仕事中で抜け出してきたんだ。あまり時間はとれない。15分ぐらいなら話をしても構わない。ただし……」

 佐上康弘は私の目をじっと見据える。

「子供には今後聴取しないでくれ、子供はまだ8歳と6歳で事件とは何も関係がない。だが警察が来ると怯える。子供たちに今後関わらないというのであれば、素直に警察の聴取に応じよう。どうだ?」

「わかりました。お約束します」

 子供たちは確かに事件とは関係ないだろう。子供では深夜に江上家の家に行く事も出来ないし、しかも子供の身長では江上佐知子の頭を鈍器で殴ることは不可能だ。だから子供は初めから容疑者としてマークしてはいない。一応事件発覚時、いくらか子供からも話を聞いたが、事件に関係のあるような話も聞けなかった。子供からは聴取しなくても大丈夫だろう。

「なら早い事してくれ、まあ以前と同じ事しか聞けないとは思うが」

「ではアリバイについて確認したいと思います。1月8日の午前1時から2時までの間、あなたはどこで何をしていましたか」

「家で寝ていたよ。証人と呼べるものは家族だけだ。しかし、警察にしてみれば身内は証人として認められないそうだから実質アリバイは無いことになるのかな」

「それでは江上家について何か気づいたことはありませんか。何でも結構ですので」

「これは前にも話したと思うが、江上家とは仕事の付き合いがあるだけで、プライベートな付き合いはない。江上透と飲みに行ったこともないんだ。だから江上家で知っていることはほとんどない。これは妻も同じだろう。ただ個人的には先代の江上信一郎は人間的にも尊敬している人物であったが、後を継いだ江上透ははっきり言えば私は好かない。経営者としての腕は認めているがね」

「彼は経営者として有能なんですか」

「有能だ」

 彼は即答した。

「江上透には悪い噂もあり、人間的にはあまり褒められた人ではないが、それでも先代の信一郎さんは、1人娘の佐知子との結婚を許し、江上グループの後継者として彼を家族に迎え入れた。彼の能力を買ってのことだろう。事実彼は人間的にどうであれ、経営者としては私よりも遥かに有能だ」

「すいません。それで1つお聞きしたい事がります」

 隼人が今度は質問する。

「先ほど奥さんにもお聞きしたのですが江上透の悪い噂について。昔、江上透と付き合っている女性が死んだという事ですが、それについて何か知っている事はありませんか」

 すると佐上康弘は妻の方を向いた。

「そんなことも話したのか」

「ええ、でも話そうとした時にあなたが帰って来たので……」

「……」

 佐上康弘は黙って渋い顔をする。

「お聞かせ願いないでしょうか」

私からもお願いした。これは新しい情報だ。今はとにかくどんな情報でもいいから欲しいところだ。佐上康弘はこちらに向き直りその件を話した。

「実は前回では事件とは関係のないことだと思って話さなかったが、江上透には結婚前に悪い噂があった。彼と付き合っていた女性が死んだという噂がね。真偽のほどは知らん。江上透が東京大学の出身であることはご存じだと思うが、彼はその時から女癖が悪く、付き合っていた女性の数は三桁とも言われていた。何せバイトでホストをしていたらしいからね。そしてその頃に付き合っていた女性の1人が亡くなったという噂があった。なんでも自宅で首を吊っていたとか」

「自殺ですか……」

「そのように聞いているが私はよくは知らない。事件のことを詳しく調べたわけではないからな。ただその件もあって江上透には女性問題で悪い噂がつきまとっていた。自殺で死んだ女性も彼が殺したんじゃないかと当時噂もされていた」

 江上透にはそんな過去があったのか……。だが、5年も前の事件がはたして今回の事件と関わりがあるだろうか。

「わかりました。この件についてはこちらで調べてみましょう。他には何かありませんか?」

「うーん……」

 佐上康弘は腕組みをして考えはじめた。

「特に何もないかな……」

彼がそう呟いた時、玄関のドアが開いた。

「ただいまー!」

元気の良い声だ。どうやら子供たちが帰って来たらしい。

「すいません。少し席を外します」

 そう言って奥さんは部屋を出ていった。わずかに話し声が聞こえてくる。どうやら奥さんは子供たちを私たちに会わせたくないらしい。来客中なんで2階に行くように子供たちに言っているのが聞こえる。暫くして階段を上っていく音が聞こえると、奥さんが部屋に入ってきた。

「すいません。お待たせしました」

「子供たちがお帰りですか」

「はい」

「では私たちもそろそろお暇した方がよろしいですね。話は十分に聞けましたし、これ以上旦那さんを足止めしているのも迷惑でしょうから。行こうか隼人」

 そう言って私と隼人は立ち上がる。

「もしも何か気づいた点があるのならご一報ください」

「わかりました」

「それじゃあ失礼します」

 私と隼人は一礼して家を出た。ふと振り返ると旦那が車に乗って出かけていく姿が見える。多分これから会社に戻るのだろう。


*          *          *


私たちが駐車場まで行くとある人物が車の前で待っていた。御手洗君だ。彼は隼人と一緒に捜査するのが嫌で、山梨県警の人達と一緒に殺された江上佐知子の身辺を調べていたはずだ。それが何故ここにいるのだろう。何か事件に進展があったのだろうか。

「御手洗君どうしたの?」

「水上さん達を迎えに来たんですよ」

「迎えに?」

「本部長が呼んでいます。一度捜査本部に顔を出すようにって」

「捜査に進展でもあったの?」

「いえ、特に進展と呼ぶほどのことはないようです。ただ本部長はおそらくこっちの探偵に会いたいんじゃないかと」

 ああ、そういうことか。言われてみれば隼人を一度も警察本部に連れて行っていない。午前中に江上の家に行った後、県警に寄りはしたが、御手洗君を警察の前で降ろしただけで本部には顔を出していない。そう言えば本部長は隼人を連れてきたら本部に顔を出すように言っていたっけ。捜査に集中していてすっかり忘れていた。本部長はおそらく隼人に実際に会ってみたいのだろう。そして隼人の口からこの事件の見解を聞いてみたいのだ。だが隼人は面倒くさそうにに答えた。

「いいよ、警察なんてお固い場所に行くのは」

「そう言うだろうと思ったから俺がここに来たんだ。絶対に連れて来いって」

 仕方ないここは一度警察に戻った方がいいようだ。

「隼人、行きましょ。本部長に挨拶ぐらいはしといた方がいいわ」

 隼人はまだ面倒くさそうだったが、しぶしぶ車に乗り込む。そして私たちは一時警察署へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ