二十一章
二十一章
私はある日、隼人の事務所を訪ねた。
「隼人、いる?」
「おーう……」
隼人は気の無い返事を返してきた。彼は事務所のソファで横になって週刊誌を読んでいる。
「あんたねえ、私がお客だったらどうするの」
「階段を上ってくる足音聞いただけで、お前だってことくらいわかるよ。で、今日は何の用だ。また事件の依頼か。だったら断るぞ」
「なんでよ」
「お前の後輩の工藤優子、あいつ事件が解決したら一晩付き合う約束だったのに、なんだかんだ理由をつけて逃げやがったからな」
「あらそう」
「だから、しばらく警察の依頼は受けないことにしたんだ。信用できねえからな」
その言葉に私は少しグサッと来た。耳が痛い。そんな私の様子に隼人も気づいたようだ。
「どうかしたのか」
「いや、なんでもないの。それに心配しないで、今日は事件の依頼をしに来たんじゃないから、ちょっとした事後報告」
「事後報告?」
「三日前にね、速水蘭が警察に自首してきたの」
「……」
「あんまり驚かないみたいね」
「俺は感情が表に出るタイプではないんだよ、それで?」
「彼女、今回の事件全て知っていたんですって、それどころか今回の事件は彼女がお膳立てを整えて、色々と画策した事だと自供してきたの。なんでも数年前に彼女のお姉さんが江上透に殺されて、その仇討ちとかで彼に殺人を犯させて警察に殺人犯として逮捕させようとしたんですって。それで少し凹んでいるわけ。彼女の自供が本当で、彼女のお姉さんが死んだ事件が他殺で、しかもその犯人が江上透だとしたら、警察の誤捜査が今回の事件のきっかけとなったわけでしょ。私が直接当時の事件に関わったわけではないけど、警察の人間としては思う所があるわけよ。それに今回の事件でも、まんまと江上透の罠にはまっちゃって、私も彼が江上佐知子を殺した犯人として信じて疑わなかった。今回の事件は本当に反省点が多いわ」
「まったくだ。だらしがねえぞ警察は」
「はっきり言うわね」
「本当のことだからな。数年前のその速水蘭のお姉さんの事件で、江上透を捕まえていれば今回の事件はそもそも起きなかった。それは確かだろうからな。警察にも責任の一端はある」
「……」
「何だ」
「あんた、やけに詳しいわね、速水蘭のお姉さんの事件の事知っているの?」
「ノーコメント」
「……そう、別にいいけど、ただ1つだけ腑に落ちない点があるの。速水蘭、彼女何で今になって自首してきたのかしら。それにこれは勘だけど、彼女本当は事件の後、自殺する気だったんじゃないかな……隼人はどう思う?」
「さあな、死んだお姉さんにでも何か言われたんじゃないか」
「そんなわけないでしょ」
「それより速水蘭のお姉さんの事件について江上透は何て言っているんだ。自供したのか」
「残念だけど完全否認」
「……だろうな」
「でも、殺人が事実なら絶対に立件して見せるわ。彼のしたことは許せないもの」
「―――で、速水蘭、彼女はどうなんだ。今回の事件で彼女は何かの罪に問われるのか」
「そうね……、彼女のしたことが本当なら、同情できる部分が大きいとけど、何かしらの罪には問われるでしょうね。でも殺人罪が適用される事はないはずだわ。彼女に仕向けられた形とはいえ、実際に殺人の計画を練って実行したのは江上透と青柳響子なのだから」
「確かにな」
「―――それで、ちょっと耳寄りな話があるんだけど……」
「やっぱりか、事件の事後報告だけで来るわけないと思った。悪いけど受けないぜ、警察の依頼は」
「さっきも言ったでしょ。警察の依頼じゃないわ。今回の私はただの仲介者」
「仲介者だぁ?」
「そう、仲介者、依頼人は別。ある人物が執拗に脅迫を受けていると警察に相談があってね。まだ被害が無いんで警察は動けないけど、優秀な探偵を紹介してほしいと言われたの」
「それで俺に」
「そ、自他共に認める優秀な探偵でしょ」
「そうだな……、ていかんいかん、お前の策略に乗るとこだった。受けないぞ、俺は」
「ガードの対象がこんな美人でも?」
私は隼人の前に写真を差し出す。隼人はその写真を見ると態度が変わった。
「うほっ!」
「彼女は柏木恵子さん。柏木財閥のお嬢さんよ。それで今年の明星大学のミス明星に選ばれた人、彼女がガードの対象、どう、これでも依頼は―――」
気がつくと隼人がいない。奥の方でバタンバタンと物音が聞こえてくる。私はそれで彼が何をしているのか想像がついた。相変わらず隼人はこの手に弱い。扉が開くと、そこにさっきまでだらしなく寝っ転がっていた隼人はもういない。いつものストローハットを被り、スーツを着てばっちり決めた隼人がいた。そして彼は言う。
「さあ案内してくれ水上刑事、脅迫を受けているか弱き女性を、ストーカーの魔の手から救いに行かなければならん」
そう言って率先して事務所を出て行く。毎度の事ながら隼人のこの変わり身の早さは呆れるが、これが朝倉隼人という人物なのだろう。
今回の事件では私は自分の無力を思い知らされた。本庁のエリート刑事を集めた特捜課の刑事。そんな私のプライドが粉々に打ち砕かれた事件だった。でも私は負けない。いつか祖父や父の様なりっぱな刑事になるんだ。速水蘭のように、警察に不信を抱かせるような刑事になってはならない。
「おーい、何してんだよ、早く行こうぜ」
下から隼人の声がかかる。私は隼人を追って駆け足で階段を降りて行った。




