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十三章


十三章


 翌朝、捜査本部は江上透を任意同行して取り調べをすることになった。捜査員が行くと、江上透は意外にも素直に任意同行に応じたという。取り調べは本部長自らが行う事となり、他2人の刑事が取り調べに同行した。1人は何かメモをとっている。私と長島刑事、優子は隣の部屋のマジックミラーでその取り調べの様子を見つめている。ただ隼人はここにはいない。取り調べの内容は後で教えてくれと言っていたが、どうもこの取り調べ自体、何故か彼はあまり興味が無さそうだった。御手洗君もここにはおらず、今日も1班と人達と合同で捜査を行っている。私たちが見守る中、本部長は淡々と江上透に尋問を行っていた。

本部長は、昨日の捜査で韮崎市のホテルで江上透が赤いスーツとコートを着てホテルに行った事、そして近隣の住民が夜中にホテル方向から走り去っていく、江上透の車と同じ車種の車を目撃し、しかもその車を運転していた人物が、江上透が着ていた服と同じ赤い服を着ていたと証言したことなどを話した。江上透は目を瞑りながら静かに本部長の話を聞いている。

ちなみに岩上鉄工所に確認をとった結果、会議に出席していた江上透の服装は普通の黒のスーツ姿だったそうで、赤いスーツとコートは着ていなかったそうだ。ただ大きなバッグを持っていたという。おそらくそのバッグの中に、赤いスーツなどの着替えが詰まっていたに違いない。つまり彼は岩上鉄工所での会議に出席した後、赤い派手な服に着替えたということになる。ただ、それが何を意味するのか今の時点では分からない。この尋問で何か分かれば良いが……

ただ昨日のお爺さんの証言で、少なくとも江上透のアリバイはほぼ崩れたと言っても過言ではない。まず間違いなく、犯行当時、ホテルにずっといたという彼の証言は嘘だろう。だがそれでも、江上透はホテルを抜け出したことを素直に認めるとは思えなかった。お爺さんの証言で分かったことは、黒のBMBに乗って走り去ってゆく赤い服を着て、髪の長い人物を見たということだけだ。その人物が江上透本人だと判明したわけではない。しかし、そのお爺さんの見た人物が、江上透であった可能性は限りなく高い。深夜に江上透と同じ車種の車に乗り、赤い服を着た髪の長い人物が、江上透ではなく、全く別の人物である偶然などほとんどないからだ。ただ、江上透が素直にそれを認めるかどうかは別問題だ。しかも、彼の今までの行動から考えてみれば、素直にそれを認めるとは思えない。しかし、彼の返答は私の予想と違い、意外なものだった。

「そこまで調べたのなら仕方がないですね。認めましょう。私は事件当日の夜、ホテルを抜け出しました」

 呆気なく認めた。こちらが拍子抜けするくらいだった。

「ホテルを抜け出し、家に帰って江上佐知子、つまりあんたの奥さんを殺した事を認めるんだな」

 本部長の傍らにいた刑事がそう江上透に質問した。しかし江上透はこう答えた。

「勘違いしないでいただきたい。私はホテルを抜け出した事を認めると言ったんです。断じて家に帰って妻を殺してなどいない」

「ではホテルを抜け出した理由は?」

「あなたがたも知っているでしょう。私には速水蘭という愛人がいるということを。その愛人に会いに行っていたんですよ」

なるほど、そう来たか……。

本部長はまた質問する

「ではなぜ初めからそう答えなかったんですか」

「彼女を事件に巻き込みたくはなかったからです。妻が殺されれば真っ先に疑われるのは私だと分かっていたのでね。彼女の元に行っていたとわかれば彼女にも迷惑がかかるでしょう。それは避けたかったんです。彼女は意外に繊細なタイプですから。しかしこうなってしまっては仕方がない。正直に話さなければならないようです」

(繊細なタイプ……彼女が……?)

私は彼女に会いにキャバクラに行ったさい、ドレスからのぞかせる長い脚を組みながら私たちと話す彼女の姿を思い出していた。

「つまりこういうことですか、ホテルを抜け出したのは、愛人に会いに行くためだった……と」

「そうです。蘭にも話を聞いてみるといい。私がそう答えたと言えば彼女も、本当の事を話してくれるはずです」

「わかりました。その件については確認をとりましょう。ではその件に付いてもう少し詳しくお話をお聞きします。速水蘭、彼女の家に着いたのは何時頃でしたか」

「はっきりと覚えていないが1時45分頃だったと思います」

「あなたが着いた時には彼女はもう家に?」

「いや、私の方が早く着いて勝手に家にあがらせてもらっていました。合鍵を渡されていたのでね」

「彼女が帰宅したのは?」

「私が部屋にあがってから5分ほどしたら帰宅したと思います」

「あなたがその部屋からホテルに戻った時間は?」

「5時くらいだったかな、徹夜したようなものだから次の日の仕事は眠くて辛かったのを覚えていますよ」

「ではあなたが犯行時刻に、速水蘭の部屋にいたという事について、何か証明できるものはありますか?」

「うーん……」

 江上透はしばらく考え込んでいた。

「残念ながら証明できるものはないな。もちろん蘭は証言してくれると思うが、確か親しい間柄の人物の証言は認められないんですよね」

「そうです」

「なら残念ながら証明することはできないな」

「そうですか。では違う質問をします。あなたはホテルのフロント係や車の目撃者が語った通り、当時赤いスーツとコートを着用していた。それは間違いないですね」

「ああ」

「それは何故ですか。出張先の岩上鉄工所では普通のスーツで会議に出席していたことがわかっています。それから何故そんな赤い派手な服に着替えたんです」

「そんなことは決まっている。愛人に会う約束があったから。それが理由です」

「どういう意味です?」

「これから愛人と逢引しようとするんだ。それなりに着飾っていくのは自然なことだろう。ちなみにその赤いスーツとコートはホストのアルバイトをしていた時に購入したものでね。彼女は赤が好きだと言うので、その赤いスーツなどを着て彼女に会いに行くのは習慣になっていたんだよ。彼女も私に会う時はそれなりに着飾って会っていてくれていたしね」

(そういえばキャバクラで彼女に会った時にも、彼女は赤いドレスを着ていたな……)

私は彼女の姿を思い浮かべた。本部長の尋問はさらに続いていく。


*          *          *


 私や優子、長島刑事は本部長の尋問を、隣の部屋でマジックミラー越しに見ていた。

「素直に犯行を認めるとは思ってなかったが……」

長島刑事がそう呟く。

「ええ、赤いスーツとコートを着ていた理由も一応筋は通っています」

 私は答える。

「愛人のマンションに行っていたというこの話ですが、やはりこれも嘘のアリバイなんでしょうか」

優子が私たちに聞いてくる。

「ああ、多分そうだろうな……、少なくとも奴は一度犯行時刻にはホテルでずっと寝ていたと証言した。そのアリバイが嘘だった以上、今回の証言も十分疑わしい」

 まったく同感だ。おや、本部長が席を立った。そして隣にいる捜査員に何か耳打ちした後、何かを受け取って取り調べ室を出ていく。すると本部長は直ぐにこちらの部屋に入ってきた。

「本部長、お疲れ様です」

優子が挨拶する。

「ああ、……」

しかし本部長の声には元気がない。お疲れの様子だ。

「疲れているようですね」

「まあな。尋問を私が直接行うのは久しぶりだからね、慣れない事をしたんで疲れるさ」

本部長が疲れているのは、もちろんそれだけではないだろう。

「本部長、彼が言っていた犯行当日に愛人の部屋に行っていたというのは本当でしょうか」

 優子が本部長にも質問する。

「今の時点では分からない……が、前に江上透の話したアリバイが嘘だった以上、愛人の部屋に行っていたという今回のアリバイも疑ってかかるべきだ」

長島刑事と同じことを本部長も言った。

「で、どうします本部長。これからの捜査方針。今までと同じやり方でいきますか」

長島刑事が尋ねる、

「3班と4班は引きあげさせて1班と合流させる。そして江上透の事件当日の足取りを掴むことに全力をあげよう。聞き込みも江上透の写真ではなく、今度は赤い服を着た者を見かけたかどうかでも聞き込みを行う事にしよう。そうすれば新たな目撃者が出て来るかもしれん」

……なるほど

「これまでは聞き込みで江上透を見たか、若しくはその車を見かけたかで聞き込みを行ってきた。しかし今度は赤い服を見かけたかどうかで聞き込みを行う。これならばヒットする可能性は前よりも高くなるだろう。それにホテルから自宅までのあらゆる場所に設置してある防犯カメラの映像も全てチェックするんだ。どこかに奴の姿が写っているかもしれん」

「警察としては、ほぼ江上透を容疑者として断定して捜査を行うということですね」

「そうだ」

「では2班は?」

「2班はこれまで通り、江上佐知子の身辺調査に当たらせる。江上佐知子が誰と会う約束をしていたのか、江上透が犯人であるならば、その約束した相手はこの事件とは無関係かもしれないが、それでも、やはり気にかかることには違いない」

「では私と長島さんは引き続き江上佐知子の身辺調査を行います」

「ああ、頼む」

「とりあえず1時間後に緊急捜査会議を行おう。そこで他の捜査員たちにも詳しい事情を説明する」

「わかりました」

「では本部長、私と隼人も会議に出席します」

「いや、待ってくれ、君と朝倉探偵には別にお願いしたい事がある」

 本部長はそう言うと懐から1枚の紙を取り出し、私に手渡した。

「その紙にはさっきの私が行った江上透の尋問で、彼が自供したことが事細かく書いてある。他の刑事にメモをとらせていたんだ」

 紙を見ると、確かに先ほど江上透が自供した内容が書かれている。速水蘭の部屋に着いた時刻や部屋を出た時刻、赤い服を着ていたことなど、他にも細かいことが書いてある。

「これを持って早見蘭に会いに行き、江上透の証言の裏をとって来るんだ」

「そして証言の矛盾を見つけて来いと……」

「察しがいいな、その通りだ。江上透が犯人であるならば当然さっきのアリバイの証言は嘘ということになる。それも愛人である速水蘭との間で事前に示し合わせたアリバイであるはずだ。ならば、おそらく彼女もまた江上透と同じ内容を自供するはずだ。しかし嘘のアリバイであるならば、そのアリバイの証言は、人によって僅かな食い違いがあるかもしれない。その食い違いは、君の言ういわゆる矛盾だ。その矛盾を速水蘭の証言から見つけて来てほしいんだ。そうすれば奴のアリバイを崩すきっかけになる」

「わかりました」

「頼むぞ。これはわずかな証言の矛盾にも気づくような注意力のある優秀な捜査員にしか頼むことができない。君と朝倉探偵なら適任だ」

「最善を尽くします。」

私はそう言うと部屋を出た。江上透の尋問は、他の捜査員が引き続きまだ行っているが、おそらくこれ以上続けても無駄だろう。昼頃におそらく彼は釈放されるはずだ。私は歯がゆい気持ちでいっぱいだった。


*          *          *


 廊下に出ると、隼人は部屋のすぐ脇にいた。

「尋問は終わったのかい」

「まだ続いているわ」

「で、察するに奥さんを殺したという自供は得られなかったみたいだな」

「お察しのとおりよ。ところで隼人はなんで取り調べを見なかったの」

「大体結果が予想出来ていたからな」

「へー、じゃあ江上透が何て答えたのか言ってみなさいよ」

「ホテルを抜け出した理由は愛人の家にでも行っていたとでも答えたんじゃないか。赤いスーツとコートを着ていた理由も愛人に会うから着ていたとかなんとか言って。多分赤は速水蘭の好きな色というのが理由だろう」

「!……」

 驚いた。

「なんだ、図星か?」

「あなたもしかして私たちの話を聞いていた?」

「いや、でも多分そう答えるんじゃないかと予測はしていた」

 ……さすが隼人というべきか。

 そこで私は本部長の命令で、これから速水蘭の家に行くことを伝えた。

「つまり、俺たちは江上透の証言の裏を速水蘭からとってくるわけか」

「ええそう」

「それじゃ早く行こうぜ。速水蘭に会いにさ」

 気のせいだろうか、心なしか隼人はウキウキしているように見える。

「あんたまさか速水蘭に会いに行けるからって喜んでいるんじゃないでしょうね」

「そっ、彼女美人だもんなー。俺のファンだし、それにまたあの綺麗な足を見れるかと思うと嬉しくてさ」

 どんなに頭が冴えてもやはりこういう所は隼人だった。


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