「可愛い」
昔から可愛いと言われていた。
自分では目がぱっちりしてるのと丸顔ってなだけだと思うのだが。鼻ペチャだしね。
だけど、可愛いと思う。誰にも言わないけど。言った途端可愛いじゃなくてウザイと言われるだろうから。小学生低学年とか、それぐらいの時は嬉しかった。可愛いと言われ優しくされるのが当然だと思ってたし、なによりも嬉しかった。
高学年はやっかみの対象になることが多くて疲弊した。
中学になったら上手く立ち回るようになった。もう、嬉しいなんて思わなかった。逃げて、逃げて、逃げまくった。【綺麗】な人を盾に逃げた。
中学も後半になったら、立ち回る必要が無くなった。みんなの目は『綺麗』な子へと移ってたまにしか目をかけられない。もう、あのときの嬉しさは思い出せなかった。むしろたまに『可愛い』と言われるのが怖かった。
高校は、どうなるだろう?もう、始まって1ヵ月。そろそろ判る時だ。
少なくとも、私は『可愛い』と言われるのが、怖い。憎い。嫌だ。
だから、『可愛い』と言う奴は、排除する。
私が、殺す。
「・・・綺麗。」
「あぁ?なんか言ったかァ?コラァ。エェ?」
『何か言ったか?』に余計な言葉をくっつけながらその【綺麗】は喋った。
「何も、言ってません。スミマセン。あの、スミマセン。本当に、スミマセン。」
「はっきり言えやコラァ!馬鹿にしてんのかァ?コラァ。アァン?」
「ス、スミマセェン!」
綺麗だけど言葉が汚い!私は一生懸命、走り去った。
あの顔が頭から離れない。なんと綺麗な顔をしていたのだろう。・・・男だというのに!
ポンッ
「キャッ!」
「有菜さん。」
振り返ると【綺麗】が立っていた。さっきの男じゃない。クラスメイトの【綺麗】だ。名前は、東 琉歌と言う。この人だけ、私の事を『有菜さん。』という。皆がみんな私の事は、あだ名か「有菜」というのに。
「琉歌さん!?わぁ、びっくりしたぁ。」
だから、私も『琉歌さん』だったりする。クラスメイトはみんな『東さん』だけれども。ここは意地だ。
「ごめんね。そんなに驚くとは思わなかったの。」
綺麗な顔を申し訳なさそうに歪ませる。歪んでも、綺麗だ。こっちは言葉も綺麗だ。近づこうと思ってた矢先だから、嬉しくて仕方がない。もう必要はないと分かっていても中学の時に身についた、引き立て役に進んで回るという癖が抜け落ちないのだ。
「いや、何か、ヤンキーっぽい男に絡まれて。敏感になってたワケ。」
「大丈夫?」
「うん。元はと言えばこっちが悪いんだし。」
それから私はこの【綺麗】を逃したくなくてぺらぺらとさっきの事を語った。
「なんかね、私がぼけーっと歩いてたらその男の足踏んじゃったみたいでさ、とっさに御免なさいって言ったんだけどね、なんか、『喧嘩売ってんのか!』みたいなこと言われて、・・・んで、怖かったものだから走り去ったわけ。・・・顔は、綺麗だったんだけどねぇ。」
そしたら、【綺麗】は急に変な顔になって(それでも綺麗だった)何か考え込むような仕草をすると、唐突に生徒手帳を取り出し、挟まっていた写真を私に突き出した。
そこには確かにさっき見た【綺麗】が写っていた。しかし、私が見た【綺麗】より少し幼い様だから、昔の写真なのだろう。
「有菜さんが見たのは、この人?」
「う、うん。」
「そう。その男には近づかない方が良いわ。」
それだけ言うと【綺麗】は確固たる足取りで離れて行った。まるで、近づくなと言わんばかりに。だから、私は聞き逃してしまった。何故、あの少ない情報で分かったのか。何故、近づかない方がいい男の写真を彼女が持っているのだろうか。
何よりも、私は【綺麗】を取り逃がしてしまったのが悲しかった。
有菜さんの名字は福谷です。