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#5




 美空は幸弥と共に郁巳の気配を追って、鳴雪山を登っていた。不思議と体が軽かった。今までのように積雪に足を取られることもなかった。雪妖の妖力のおかげなのだろうか。


 家を出てから市内を転々としていた郁巳だったが、その後火の手は一度も上がっていない。安堵する美空だったが、逆に郁巳の体調が心配になった。


 黙っていると、焦燥感が襲ってくる。


「あの、幸弥さん、ひとつ聞いてもいいですか?」


「はい、何なりと」


「私のお母さんはどんな人だったんですか?」


「一族の誰からも愛される美しい方でした。昔から人間に興味を持たれていた霞様は人里に下りては豪雪様に叱られてばかりいました」


 幸弥の眼差しが霞への想いを物語っていた。霞は幸弥にとって憧憬の的だったのだろう。そんな母を少し羨ましいと思った美空だった。


「美空様は霞様によく似ておられます」


「私、お母さんの顔も知らないから、そう言ってもらえるとすごく嬉しいです」


 美空は幸弥の言葉に破顔で応える。


 山頂に近付くにつれ、吹雪の勢いが増してきた。火事になって以来、螺雪が他の種族を近付けないように吹雪で防御癖を作っているのだと、幸弥が説明してくれた。


「美空様、失礼いたします」


 幸弥はそう言って美空の体を引き寄せ、横抱きにした。


「あ、あの……」


「ここを抜けるまで辛抱してください」


 しばらく進むと洞窟が見えた。


「あの中に少年がいます。入りますか? あそこには豪雪様もいらっしゃいます」


 郁巳を止めるのが当初の目的だったが、どうやら長である豪雪と対面することになりそうだった。決断の時が迫っていた。


 美空が頷くのを確認すると、幸弥は歩を進めた。


 洞窟の中はひんやりとした澄んだ空気に満たされていた。そして、どこか懐かしい気がした。


「あのもう大丈夫ですよね?」


「も、申し訳ありません!」


 幸弥は狼狽しながら美空を下した。どちらかといえば沈着冷静なタイプだと思っていた幸弥のそんな姿を見ていると、自然と笑みがこぼれる。しかし、その笑みはすぐに消え去る。


「くそっ! なぜ融けないんだ?」


「愚かな人間だな。その程度の力で我らが作った氷柱を破壊できると思うたか?」


 風に乗って声が聞こえてきた。一人は郁巳だが、もう一人は聞いたことのない男の声だった。


 美空は先を急いだ。何本かの分かれ道があったが、美空は迷うことなく目的地へと進んでいく。自分の中に流れている雪妖の血がそうさせるのだろうか。


 行き着いた美空が最初に見たものは、一本の氷柱の前に立つ一人の雪妖だった。白い着物のような衣服を身に纏っている。幸弥とよく似た中性的な顔立ちをしている。幸弥の外見が十歳ほど年を取ったような感じだ。足元には郁巳が倒れている。


「もしかして、あの人が長?」


「いえ、あの方は副長の螺雪様です」


 美空が小声で聞くと、幸弥も小声で返してきた。


「霞様? いや、そんなはずはない。霞様は私の前で炎に包まれて死んだはず……」


 美空を見た螺雪は驚愕の呟きをもらした。そして、美空の後ろに立つ幸弥の存在に気付き、不快を露にする。


「そうか。あの時の赤ん坊は霞様が作った人形だったというわけか。幸弥、赤ん坊を逃がしたのは貴様か? 」


「はい。霞様の命で」


「貴様よくも汚れた者を我らの聖地に招き入れたな。この罪は重いぞ」


 螺雪はのどの奥から唸るように声を絞り出す。


「螺雪様、聞いてください。もはや豪雪様の妖力を継承できるのは美空様しかいません」


「世迷言を。人間との間に生まれた者が長の妖力を継承できるわけがなかろう」


 螺雪の言ったことは正論かもしれないと美空は思った。長になることを望んだとしても、人間の血が半分混ざった自分では妖力は継承できないかもしれない。第一、頭髪の色が変色しただけで、幸弥のような妖力はまだ一度も使えていない。


「ちょうどいい。人間、その娘を殺せ。そうすれば、この女を解放してやろう」


 螺雪は背後の氷柱を示し、郁巳を蔑むような目で見下す。氷柱には、長い両手に無数の鳥目を持つ、長髪の女性が封じ込められていた。妖怪、百々目鬼である。


 郁巳は舌打ちすると立ち上がり、ふらつきながら美空に向かって歩き出す。かざした右掌から炎が出現する。螺雪の攻撃を受け凍傷したのか体中の水泡が痛々しい。


 幸弥が美空の前に出る。氷の弓を作り迎撃に備える。


「お前はさっきの。その髪の色……お前、雪妖だったのかよ? まあどっちだっていいか。どうせ死ぬんだし」


 郁巳が一瞬躊躇したように見えたが、すぐに敵意を剥き出しにしてくる。


「美空様、お逃げください」


「幸弥さん、戦っちゃだめです!」


 美空は氷の弓を掲げた幸弥の腕を下ろさせる。二人が戦うことだけは避けたかった。


「郁巳くんもやめて!」


「俺は母さんを助けるためなら何だってする! そのためなら妖怪だって人間だって殺してやるよ!」


「だめだよ。殺すなんてこと簡単に言っちゃ」


「俺は人間が嫌いだ。殺すことに何の抵抗も感じない」


「そんなことない。郁巳くんは人間嫌いなんかじゃないよ。幸弥さんから聞いたよ。襲っていたのは妖怪の家ばかりだったんでしょう? それって妖怪なら火事になってもうまく逃げ出すと思ったからでしょう?」


「それはあんたの勝手な思い込みだ。人間は愚かで残忍な生き物だ。その人間に媚びへつらう妖怪も、みんな死んじまえばいいんだ」


「私はすべての人間が愚かだなんて思わない! だって、お父さんは雪妖のお母さんを心から愛していたし、私のことも男手ひとつで大切に育ててくれた」


「あんた、幸せに育ったんだな」


 美空の必死の説得を、郁巳は鼻であしらう。


「俺は実の母親に殺されかけたんだぞ。その時助けてくれたのが、そこにいる妖怪の百々目鬼だったんだ。俺は母さんがいたから今まで生きてこれたんだ」


 ふらり火の妖力が暴走した時、混乱した状況で郁巳が言ったセリフを思い出した。


 さすがの美空も返す言葉が見つからなかった。


 郁巳が作り出した炎の塊が、美空目掛けて飛んでくる。


 幸弥が氷の矢を放つ。


 二つの妖力が反発し合い、爆風が起きる。


「俺の邪魔をするな!」


「そうはいかない。美空様は命に代えても守ると、圭太郎さんと約束した」


「二人ともやめて!」


 美空は果敢に幸弥と郁巳の間に割って入った。


「美空様、そこをおどきください」


「バカな女だな。自ら標的になりに出てくるなんて」


 郁巳が第二波を放つ。


「美空様!」


 幸弥が氷の矢を放った。炎の塊を粉砕し、郁巳の左手を貫く。続けて放った矢が右手をも貫いた。


「ぐっ!」


「僕を甘く見ないでもらおうか。もうこれで炎は出せないはず。そうなれば君は普通の人間と何ら変わりはない」


 垣間見せた幸弥の凍てつくような瞳に、美空は畏怖した。やはり幸弥も長い歳月を生き続けた妖怪なのだと実感した。


「しょせん人間など役に立たぬということか」


 螺雪は郁巳を侮蔑し吐き捨てると、無数の氷の刃を作り出した。


「ならば、もうこれは必要ないな」


 宙に浮いた無数の氷の刃が、百々目鬼を封じ込めた氷柱に向かって一斉に加速して飛んでいく。


「やめろーっ!」


 満身創痍の郁巳は動くことができず、ただ泣き叫んでいた。


 気が付くと体が勝手に動いていた。


 美空は螺雪と氷柱の間に立ちはだかった。研ぎ澄まされた鋭利な刃物のような氷が全身を切り刻んでいく。鮮血が飛び散り、激痛が走る。


「美空様!」


 倒れる美空を幸弥が支える。


「どうしてこんな無茶を?」


「自分でもよくわからない。体が勝手に動いたっていうか」


 美空は呆然とする郁巳を見つめた。


「ごめんね、郁巳くん。私にはこれくらいのことしかできないから」


「あんた、おせっかいだってよく言われるだろう?」


「ビンゴ」


 郁巳の皮肉に、美空は微苦笑した。








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