〜エピローグ〜
・・・。
・・・――。
沈黙の中、神殿に一人の少女が立っている。
白いドレスを着て、髪を一束に結う少女。
‘クリス・ルーンベルト”・・・いや、‘鈴崎 愛”。
愛はただ立っていた。‘あるもの”を見つめて・・・――。
それは・・・――
透明の石の中で眠る、‘春花”。
その周囲には封印の札が貼っており、闇の力を完全に封じていた。
愛は黙って見つめていた。
感情を忘れたかのように、ただ・・・見つめている・・――。
「また、ここに来てたのか・・・」
入り口の方で、聞きなれた声がした。
諒だ。
諒は珍しく正装していて、まるで別人のように見える。
「ラウン、か・・・」
愛は思わず目を反らした。
それにも、訳がある。
「・・・涼蘭の裁判、終わったのか・・?」
どことなく、哀しげな声だった。
・・・この言葉に諒はわずかに顔を曇らせる。
そして、うなずいた。
「あぁ・・・。なんとか死刑はまぬがれた。ただ・・――一生を牢で過ごす事になる・・・。それが、死刑免除の条件だった・・・」
諒が愛に封筒を差し出す。
それは、愛が書いた裁判所宛の‘罪軽書”・・・。
少しでも罪が軽くなるように・・愛が手を回したのだ。
「やっぱり、私は無力だな・・・」
愛は哀しげに笑うと封筒を受け取った。
そして、手をかざす。
――封筒の周りに光が飛び交う・・発火し、消えてしまう・・・。
愛は、手に残った灰を払うと諒に問うた。
「私は、涼蘭にも・・・春花にも恨まれているだろうか・・・」
ずっと、気になっていた。
あれから・・・‘一ヶ月”経っている今でも・・・この先、ずっと――。
しかし、諒は目を反らし冷たく吐き捨てる。
「・・・んな事知るか。お前がやった事だ・・・お前の意思で決めたんだろう」
「・・・そうだけど」
愛は言葉を濁す。
諒は続ける。
「春花も、涼蘭も救いたかったんだろう・・・?春花は・・哀しい結果になったけど、涼蘭は救えた・・。死んでしまったのと違って・・・生きていればなんとかなるよ」
諒は優しく微笑む。
愛もつられてかすかに微笑んだ。
確かにそうなのかもしれない。
生きていれば、なんとかなる。
辛い事は、いつまでも続いたりしない・・・。
そう、信じている。
「そういえば・・ディオの様子は・・?」
愛は何気なく聞く。
諒は首を横に振った。
「まぁ・・怪我は――。‘あの時”で『治ってた』し・・・だけど、右腕の変形がなかなか治らなくって・・仕事もしないで部屋にいるよ・・・。一体、ディオって何者なんだろう・・・」
諒の声がどことなく響く。
しかし――・・・愛はため息をこぼした。
「さぁな・・・」
愛がつぶやく。
「誰にだって秘密の一つや二つあるさ・・・いつか、ディオが自分から話してくれる時を待つよ。それに・・・あの時、ディオが暴走していなければ・・私が春花を殺していた・・。どちらにしろ・・止めは私が刺していたけど―――」
愛の言葉に諒は黙り込む。
‘闇の姫”は‘光の姫”しか封印できない・・・
これは魔力を持つ者なら常識だ。
『封印』・・・正確には、姫から魂を抜き・・・闇の力を浄化させ、その器を光の力を宿す石に埋め込む。
つまり、ここにいる‘春花”はただの殻なのだ。
魂もない・・蘇る事もない・・。ただの人形・・・。
それなのに、そうだと分かっているのに、愛はついこの神殿に来てしまう。
その訳は、なんとなく諒にも愛にもわかっている。
「これから・・・どうすんだ?」
諒がため息交じりに聞く。
愛の背中が悲しみから這い上がる。
「闇の国へ正式に停戦を申し込みにいくよ・・・あっちも姫が封印されたんだ。お互い和解で成立する・・・。まぁ、私はディオの後に着いて行くだけだ・・問題は起こさないだろう。その前に―――」
愛が振り向いた。
その顔はまだ春花の事で悲しみが抜けないが、決意に溢れている。
「私は‘クリス・ルーンベルト”という名を捨てるよ・・・」
「名、を・・?」
「私は‘鈴崎 愛”としてこれからを生きていく・・・そうすれば―――」
愛はそっと‘春花”を見た。
諒はきょとんっとしている。
『春花を・・・‘リリース”という存在から、私だけでも解放してあげられるから・・・』
秋風吹く、今日この頃・・・。
あれから・・・諒も愛にならって‘ラウン・カーウィン”の名を捨てたのも言うまでもない。
愛の部屋には、春花に破られた写真が飾ってある。
セロハンテープで不器用に補修された、思い出の写真・・・。
もう二度と春花と話せなくても、愛の心にいつもいる。
完璧な人間関係はない・・・
今なら、そう言える気がする。
どんなに憎しみ合い、傷付け合ったとしても・・・きっとどこかで友を叫ぶだろう。
<春花・・・>
<春花は、私の最初で最後の親友だよ・・?>
愛は何もない青い空を見つめた。
何もない・・・晴天。
すると、強い風邪が愛の体をすり抜けた・・・。
辺りに、白い花が舞う。
まるで愛の気持ちに春花が答えるようかのに白き花吹雪を書き残していったのだった・・・
[運命の歯車(終)]