最終回後半;光の中で…
……。
瓦礫の中で、諒の手がわずかに動く。
目が…ゆっくり開いた…――
諒は苦痛に顔をしかめながらも体を起こす。
…辺りは、不気味なほど静かだ。
周囲の破損は酷いが、‘あの日”よりはあきらかにましだと思う。
「くそ…ふざけやがって……」
諒は袖で額の血を拭きながら悪態をつく。
しかし…――次の瞬間、言葉を失った…
――愛が、血の海に座っている…。
声にもならぬ、声を漏らし…泣いている…。
そんな彼女の膝に抱かれているのは…――
赤黒く染まった、‘リリース”こと…‘春花”だった。
「うぅ・・・は、春、花・・・」
声が震えて、名前しか出てこない・・・。
愛の頬を伝う一筋の涙。その涙はあごを伝い、地面に広がる血の海に溶け込む・・・。
春花は弱々しく息を吐き、愛に手を伸ばしてきた。
「あ、い・・・。怪我は――」
「ば、馬鹿ぁッ!!なんで、なんで・・・こんな事を!!」
愛の怒りが爆発した。
黒いコートを握る手が、生暖かい物で汚れる・・・。
もはや愛の手も春花の手も、赤いペンキの中に手を突っ込んだみたいだ。
しかも、血の匂いで鼻が利かない。
「だって・・・私の、大切な・・・『友達』を、‘死”なせたく・・・なかった」
春花が泣きながら話す。
口からは血が漏れ、時より苦しそうにむせ込む。
愛は、何を話せばいいか分からない。
「春、花・・・」
「‘愛”は・・・私が・・・。憎いよね・・・すべてを奪い去った、私が・・・」
春花が、体で大きく呼吸する。
もう目が虚ろで、その目に愛は映っていない・・・。
愛はだた首を横に振る。
もう、頭が真っ白だ。
「い、今助けるから・・・ッ少し待っ――」
愛が立ち上がろうとするが春花は静かに首を横に振った。
その顔はわずかに微笑んでさえいる。
「もう、いいよ・・・。このまま・・・私を、死なせて・・・」
春花の声はほぼ息をするのと変わらない。
そんな春花を見ると、再び涙がこぼれてくる。
「いやだよ・・・。春花は、私とずっと一緒だって・・・約束したじゃん・・・」
愛は、泣き顔を見られたくなくて顔を反らす。
そんな事をしたって・・・泣いているのは分かるのに・・。
「だけど、ね・・・」
春花が、苦笑いする。
額から冷や汗が流れた。
「この、‘黒い軍服”を・・・着て・・・。‘闇の剣”を持つ以上、私は『闇の姫』・・・だから――」
血だらけの手が愛の頬に触れる。
涙はその血に飲み込まれ、変わりに赤き血が頬についた。
愛は黙っている。
「愛は・・・きっと信じてくれない・・よね。あっちの世界で・・・愛と過ごしてきた日々は、とても・・・楽しくて、大切な‘思い出”だった・・・。それは・・・‘リリース”としての・・・闇の感情がよみがえって・・・こうしてる今も―――」
愛の顔が、ゆっくりと持ち上がった。
涙がくっきりと形を取り、側にある髪さえ巻き込む。
驚く愛に対し、春花は優しく微笑んだ・・・。
弱々しく・・・いつ途絶えてもおかしくない笑みを。
「今日は、‘愛”に殺され、に来たんだよ・・・?」
「な、何言って――」
愛は春花の言葉の真意を聞きたくなかった。
これ以上、春花の声を、聞きたくなかった。
「私は・・・もう‘疲れた”よ・・。」
愛の思考が、春花の言葉によりさえぎられる。
「愛といっしょに・・・『当たり前の、毎日』も過ごせたし・・・‘闇”に生まれた私にとって・・‘最後の幻”だった・・・。それ、に・・私は、異界のはざまで死ぬべきだった・・。私は生きている限り・・・関係のない人を、殺めてしまう・・・。だ、だから――」
突然、春花は盛大にむせこんだ。
口から、大量の血が噴出す。
白いコートにもわずかながらに跳ねた・・・。
「は、春――ッ」
「わ、たしの・・・最後の願いを・・・聞いて」
春花は青白い顔で、愛の腕を掴んだ。そして無理やり這い上がり、愛の肩に自分の頭を預ける。
起き上がったよ同時に、血が蛇口をひねるかのように流れた。
愛は動けない。
「私を・・・‘殺して”・・・」
春花はかすれた声でつぶやく。
愛は思わず身を凍らせた・・・。
春花はこう言っていても・・・心は闇の中で震えている。
怖い
帰りたい
死にたくない
死なせたくない
なぜだか分からない・・・でも聞こえる。
春花の心の声が。
「そ、そんなの・・・」
「愛」
春花が笑う。
「‘悲しみの涙は出すだけ出して・・・幸せの笑顔は、心にためておけ、いつか必ず・・・悲しみを笑顔に変えられる・・・”私の大好きな、言・・・葉・・・・」
―――。
突然、春花の全体重が愛にのしかかる。
手が、血の海へと沈む。
愛は固まった・・・そして、顔がゆがんでいく・・・。
戦の顔が剥がれ、15歳の少女となっていく。
「うそでしょ・・・?お、起きてよ・・・春花。・・・早く起きてよぉ・・・」
愛が呆然とつぶやく。
涙がぼたぼたと春花の顔に落ちた。
・・・だけど春花は、目を開けない・・・
命が薄れていくのが、感じられる。
「誰か・・・助けて、よ・・・。春花が、死んじゃ・・う・・・」
愛が泣く。
しかし、だれも来ない・・・
誰も助けてくれない・・・
しかし―――
「・・・?」
愛の目が見開く。
涙と血に染まった視界に飛び込んできたのは・・・諒。
諒は静かに歩みより、春花の脈を取る。
「ラ、ウン・・・」
「まだ・・・脈がある」
諒はぼそっと言った。
それと同時に愛が諒の肩を掴む。
春花の血が、諒の軍服にまでついた。
「春花を、助け、て・・・ッ。早く、タンカを・・・」
愛がかすれた声ですがる。
しかし、諒は動かない。
黙って・・・目を反らす。
「ラウンしか、頼る人がいないの…春花を・・・助けるためならなんでもするから・・・ッ」
愛が悲痛なおもむきで再び声を荒げた。
すると諒は、落ちていた光の剣を差し出す。愛の顔が引きつった・・・。
「‘闇の姫”は・・・‘光の姫”しか、『封印』出来ない・・・」
愛の中で・・・何かが崩れた。
…愛は、その場に座りこむ。
血が、さらに愛の白いコートに染み込んだ。
心が萎れていく・・・。
<そうだ・・・>
<私が光の姫である以上・・・・>
<春花が闇の姫である以上・・・>
<私は彼女を、救えない>
<救っちゃ、いけないんだ・・・>
‘それ”が、愛と春花の背負う‘運命”。
親友を殺さなくては・・・光の国は救われない・・・。親友を救えば・・・光の国に平和は来ない。
一国の姫として、親友として、決めなくては・・・いけない。
「ごめんな・・・」
諒が静かに愛の頭をなでた・・・。
「おれには、どうする事も出来ないんだよ・・・。せめて・・愛ぐらいの力があれば、お前につらい思いさせなくてすんだのに・・・」
諒はひたすら謝る・・・。
力の足りない諒には・・・これしか出来ることがない。
愛が、涙を流す・・・。
――春花は、自分に頼んだ・・・
―――殺してくれ・・・と・・
愛は赤く染まった春花を見た。
今でも思い起こせる・・春花の笑顔。
あの日、指きりした・・・白く細い指。
暗闇を抱える・・・黒い瞳。
きっと、春花は・・・‘春花”として死にたかったんだろう。
そして・・・それを、愛に託した。
宿敵である‘ルーンベルト”に・・親友である‘愛”に・・・すべてを終わらせてほしかったのだ。
謝罪と、感謝を込めて―――。
・・・愛は、立ち上がる。
そして、一言つぶやいた。
「剣を・・・」
後ろに回された愛の手に、光の剣が渡される。
諒は複雑な気持ちで、愛を見た。
愛は、震えている・・・。
震えながらも、しっかりと剣を握っている。
愛は・・・そっと春花の頬に触れた。
「私には・・・助けられそうに、ないや・・・」
愛は自虐的に笑った。
しかし、声は笑っていても・・・目からは涙がこぼれる。
春花のコートにいくつもの雫が落ちた。
そんな愛に諒が声をかけようとした時だ。
愛はギリっと歯をかみ締める。
それと同時に光の剣が地面に突き刺さった。
――光が、まるで蛍のように飛び交い始める・・・。
「あ、い・・・」
諒は呆然とする。
今、この空間にはありえない強さの光の力に満ちていた。
暖かく、優しい日の光・・・。
愛がゆっくり顔をあげる。
「‘レイズ・パリセア”」
唱え、た。
光が、辺りを飲み込む。
あまりの光に目を開けられない。
開いたとしても、何も見えないだろう。
視界が・・・真っ白に染まる。
・・・―――。
愛は、自分が立っているのかも分からない。
ただ・・・分かるのは、次第に薄れ行く闇の気配と、春花の生気。
『愛・・・』
誰かが呼んだ。
愛はそっと目を開ける。
何も見えない・・・でも、聞こえる。
『今まで、ありがと・・・』
・・・愛の顔が引きつった。
口元が震え、涙が零れる。
「ずるい、よ・・・」
静かにつぶやく。
光の中で・・・春花を想いながら――。
「私は・・・‘ありがとう”も、‘さよなら”も・・・言えなかったのに・・」
愛の悲痛の心は、真っ白な光に飲み込まれていく。
これが、最後・・・。
‘最後”・・・なのだから。
光闇暦―983年、『光の姫・‘クリス・ルーンベルト”、闇の姫・‘フィア・リリース”の封印に成功した』