最終回前半;捨て切れぬ友情
・・・――‘愛”が、‘春花”に剣を向けるッ
――‘クリス”が‘リリース”に剣を向けるッ
これが神の用意したもっとも最悪なシナリオ・・・。
「愛!!剣を下ろすんだッ!!」
諒が愛の手を掴んだ。
・・・愛は顔を闇に沈め、静かに泣いている。
「お、お前ら‘友達”だろ!?こんな、こんな事って・・・」
・・・・。
そうだ。確かに‘愛”と‘春花”は友達だった・・・。
だけど・・・―――
「私は、‘光の姫”だから・・・」
こうつぶやく事しか出来ないッ。
もう、周囲のざわつく音すら耳に入らなかった。
悲しみが、すべての感覚を奪い去る。
そんな愛に諒が何か言おうとした時だ。
「・・・そういう事なんだよ・・」
いきなり春花が笑う。
春花の手に、稲妻が走った。
「お子様はその辺で寝てな・・・――‘セシル”ッ」
・・・次の瞬間、諒が黒い光に弾き飛ばされる。
今まで下を向いていた愛の顔が勢いよく持ち上がった。
「ラウンッッッッッ!!!!!」
愛の声が爆音でかき消される。
草の焼けた匂いだけが、鼻につく。
信じられないくらい宙に舞っていた諒の体が、ようやく外壁に当たって止まった。
「ゥ・・・・」
諒はズリズリと壁を滑り落ちると、そのまま気を失ってしまう。
その額からは赤い血が流れ、顔を汚していた。
愛の目が、思わず見開き、固まる。
「ラ、ウン・・・」
「これで・・愛一人になっちゃったぁ・・・」
春花は髪を振り払い、一人笑みをこぼす。
その笑みは、冷酷さを思わせる、狂気の笑み。
「ここに来る前に軍人はある程度‘片付けた”・・・通信機も壊した・・・側近である‘ディオ”とか言う奴も斬った・・・‘ラウン”も当分目を覚ますまい・・・。この司令部に軍人がいるとしても、誰も愛に加勢しないし・・・」
春花の目が、殺意に燃える。
愛は黙っていた・・・手を、血が出るほど握り締めながらッ。
「‘愛”、遊ぼうか・・・。どうせこの‘遊び”が終わっている頃には―――」
春花の姿が消えた。
テレポートしたのだ。
「どっちかは‘死”んでいるけどね」
「・・・!!」
愛の手が反射的に後ろへ向けられた。
キィィィ・・・ンン・・
金具のこすれあう音が耳の中で響く。
春花が闇の剣を押し付けてくると共に、愛も光の剣で応戦する。
「り、リリース・・・」
愛が泣き出しそうな声でつぶやく。
しかし、今にもあふれ出しそうな何かを抑えて愛は思い切り春花を蹴った。
蹴りは腹部に当たり、春花がわずかにひるむ。
―――今が、チャンスだッ
<私は‘光の姫”だ>
<闇の姫を殺すんだ>
<例え、春花が・・・――>
<春花が・・・リリースだとしても、私は・・・ッッ>
愛が春花へ駆けていく。
光の剣の切先が、春花に向けられている。
「・・・・。‘愛”、私を殺すの・・・?」
突如、春花の弱々しい声が響いた。愛の顔が極限に引きつる。
想像してしまった・・・
この後、春花が光の剣に刺され、赤黒く染まる姿を―――ッ
「バぁぁカッ」
突然、そんな声がした。愛はすぐ様我に帰った。・・・その事に動揺して、光の剣が地面に落ちている。
しかも、剣が自分の手から離れている事自体に気付かなかった。
「‘セシル”ッ」
・・・・次の瞬間、愛の腹部に強い衝撃が走った。
口の中に血の味が広がる。
「―――ガァッ!」
愛の体が弾き飛ばされた。
その時に見えたのは、自分の腹部に食い込む‘黒い光”…ッ
愛の体は何回か天地の反転を見た後、焼け焦げた地面で何とか止まる。
「ぅぐ……ぁ」
愛がうめき声を上げる。それもそのはずだ。
白いコートが破れ、腹部からは出血している。
腹を押さえる愛の手が、血だらけになるほどだ。
「私がお前に命ごいなんてすると思ってんの…?」
春花がくすくす笑いながらこっちに来る。
愛は苦痛に顔をしかめるばかりだ。
しかし…そんな春花の足が止まった。
足元に何かが落ちている。
――‘二人”で撮った、思い出の写真。
春花の白い手が、‘それ”を拾い上げた。
愛は、思わず血だらけの手で春花に手を伸ばす。
「か、返…してッ」
かすれた声がその場に響く。
恐らく、さっきの衝撃でポケットから落ちてしまったのだ。
しかし、そんな愛を見た春花は、思わず一人笑みを浮かべる。
「ハイ…どーぞッ」
ビリッ
…致命的な音がした。愛は傷の痛みも忘れて硬直してしまう。
バラバラになった写真が愛の目の前に落ちた。
‘二人の笑み”が、壊れる。
「うざったいんだよォ…」
春花がつぶやく。
それと同時に春花は思い切りその破片を踏みずけた。
愛は呆然と写真の破片を見つめる。
「敵が側に潜んでる事も知らないで…馬鹿みたいに遊びほうけて。涼蘭の事も上っ面の情報に流されて、‘真実”すら見えない…。あの時、涼蘭が何に恐れていたのか今なら分かるだろ?‘私”に手を出し、殺される事に怯えてたんだよ…ッ」
春花の目がぎらつく。それでも愛はその写真を見ていた。
写真はもう、泥で汚れている。
「本当に馬鹿だったなぁ…滑稽にもほとがあるよッ」
…愛の拳が、ぎりぎりと握られる。
今、‘春花”への憎しみが…紙が墨汁を吸うようにじわじわと膨れ上がる。
「これだから…リニアとか言う家政婦も、側近も、ラウンすら失うん…―――」
ガッッ
…突如、春花の顔に勢い良く拳が食い込む。
その反動で思わず倒れこんだ。
愛が…春花を殴ったのだ。
すると愛は倒れた春花にのしかかり、ひたすら殴り続ける。
嗚吐を漏らしながら…何度も、何度もッ。
春花の顔が赤く腫れ、口からは血が漏れている。
「こ……のォッ!」
春花が愛を跳ね飛ばす。愛が地面を転がった。もう…腹部の痛みすら忘れている。
「わ、私は…ッ」
愛が、ゆっくり手を春花に向ける。
春花も口に垂れる血を袖で拭くと、息を切らしながら手を向ける…。
「‘リリース”が、憎い。お前は私の大切な物を奪い去った…。だけど―――」
愛の頬に涙が伝う。
愛の脳裏には、あの幸せだった頃が回想されている。
分かっているのか…いないのか…春花は黙ったままだ。
「お前がどう思っていても…‘春花”とは、『ずっと一緒にいたかった』……」
愛の手に火花が散る。術の影響で、手が熱い。
愛は涙でいっぱいな瞳を思い切り閉じるッ。
「『‘セシル”』」
二人同時に叫ぶ。
白い光と黒い光が、一筋となり両者に向かって行く。
―――弾けたッ!!二つの光が押し合い、反れ合いながら光を増して行く。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
愛が叫ぶ。
白い光がわずかに黒い光を押した。
春花は黙っている…。
両者の光は辺りを照らし、周りを灰に変えた。
愛も春花も一歩も引かないッ。
しかしその直後、光が爆散した。
恐らく、強い力が長期に及んでぶつかりあったせいだろう。
「――…うッ」
二人は爆散したエネルギーをまともに受け、弾き飛ばされる。
熱風が顔に当たったせいで、少し芝に当たるだけで痛む。
愛は、地面の土を握りなんとか起き上がった。
体中が痛み、骨が軋む。白いコートは破れ、腹部の血と泥で汚れ、ボロボロだ。
春花の方も黒いコートが破れ、口からは血が流れている。
…愛は、呆然と座り込み…涙を流す。
「……――せないよ」
か細い声でつぶやく。
「殺せないよ…。私には‘春花”を殺せない…殺したくない…ッ」
・・・―――。
愛は、吐くように泣いた・・・。
それが、愛の本音だ。
愛の本当の気持ちだ。
……春花は顔を反らし、拳を握りしめた。
「…キレイ事言ってんじゃねぇよ…。光の姫に情かけられるなんて虫酸が走る…」
春花の言葉に、愛は歯を噛み締める。
そして、側にあった光の剣を掴んだ。
――やはり、これしか……
ボコッ
…突如、鳥肌の立つような気味の悪い音がした。愛は、思わず後ろを振り返る。
…ディオの体が、大きく脈を打っている。
春花に斬りつけられた傷口が、ボコボコと肉が弾け、塞がって行く。
「ディ、オ…」
愛には、何が起きているか分からない。
すると、ディオが起き上がった。
体の脈打ちは、止まらない。
「闇ノ姫…殺ス…」
ディオが立ち上がった。しかし、その目線は春花ではない。
愛だッ。
愛は何となく悟った。
<ディオは…今…>
<魔力が暴走しているッ>
…かつて、自分がそうだったように…。
しかし、だからといって…―――
―― ちゃんと敵味方は判断出来る…。
―― 『右手』が、‘鬼”のように変形しないはずだ…ッ。
ディオが来る。
愛はその光景に動く事が出来ない。
<そ、んな…>
<ディオは、ディオは―――ッ>
ザシュ…ッ
…何かが刺さる音がした。
愛は虚ろな目で、息を吐き出す。
…春花が目の前にいる。春花が愛に背を向けている。
春花の足元に、血が垂れている。
ディオの‘右手”が、春花の脇腹に刺さっているッ
「ま、ったく…‘人間の感情”って奴か…」
春花が苦笑いする。
…愛を、ディオからかばったのだ。
愛は声が出せない。
目の前の光景に、足がすくんでる。
「邪魔だ…ッ」
春花はディオの手に、自分の手を当てた。
「‘セシル”…」
…――ディオが、右手を残して司令部へ吹き飛ばされた。
遥か遠くの方で、物の壊れる音が聞こえる。
愛の思考が、蘇る…。
「春、花…?」
…風の中に、血の匂いが混ざってる。
春花が、よたりながら振り向く。
脇腹に突き刺さる、‘右手”…。
滴る真っ赤な血…。
春花は青い顔したがらもその右手を抜いた。
血が…更に出てくる。
「は、春…花…」
「―――…愛」
春花がそっと微笑む。その笑みは、愛の知ってる温かい笑み。
「ごめん…ね…」
春花が、その場に倒れこんだ。
愛には、こんな光景が信じられない。
「ウソよ…そんな、そんな…」
愛は春花に触れた…。
愛の心が、一気に崩れる。
「ッ…ヤアァァァァァァァァッッ!」
愛の絶叫が、哀しく焼け後を包み込んだ…