第四十話;運命の歯車
――それは、こんな内容だった・・・・
愛へ
今まで、ありがとう・・・。愛のおかげでいろんな物が見えたよ。
これからは、もう側にいられない・・・だからこそ側に唯一いてくれる‘桜井 諒”を大切にして。なんでも相談して、一人で抱え込んじゃダメだよ?
・・・愛って、本当に‘嘘”が下手だから・・すぐ顔にでるけどね・・。
私もこれからの事については、覚悟を決めたから。心配しないで・・・
いつかまた・・・私と愛が笑い合える事を願います・・・――
春花より
あれから・・・三日が経っていた。
相変わらず外では木々がこすれ合い、おだやかな音を出している。
愛はそんな様子を書庫から見ていた・・・。
本を枕にし、照光がもれる窓をただ見ていた。
そして・・・手のひらを照光に差しのばす。
指の隙間から、光がもれた。
「・・・・」
その光が目にしみて、わずかに顔をしかめる。
そして・・・そっと‘自分”に問いかけた・・・
「・・・私は、今までに何を失って・・・何を得たのかな・・・」
愛の声は、誰もいない書庫に響き渡っている。
――幼い頃からの疑問だった・・・。
自分は一番最初に‘両親”を失い、次にリニアを、そして・・・数え切れない人々を失った。
自分がずっと一緒にいたい、と願った人はすべて―――・・・
得られたものなど、ないッ・・・。
愛は側に置いてある白いコートを手に取った。
そして、胸ポケットから春花との写真を手に取る。
この頃の、自分は何も知らずに‘笑っている”・・・。
やがて・・・写真がかすんで来ると共に、目が熱くなる・・・。
<春花は・・・>
<全部、分かっていたんだ・・・>
愛は唇を噛み締める。
・・・どれほど、失えば・・どれほど失う事に慣れれば・・・
もう、手離さずに済むのか・・・。
<私には・・・もう―――>
―――ウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ――
・・・突然のサイレンに愛が飛び起きる。
廊下ではバタバタと走る音がする。
愛は反射的に白いコートを羽織り、書庫を飛び出す。
呆然とした。軍人達は一斉に下へ降っていく。
いつもより数が多い。つまり敵が本当に近くまで来ていて、直ちに攻撃・攻防態勢に入らなくてはいけないという事。
愛は腰に光の剣を固定すると、軍人を押し分け上の階へ向かう。
<あれだけの軍人が現場に行くんだ・・・>
<上から状況を確かめて、いっきに消すッ!>
愛は屋上へ駆け込んだ。
そして息もつかずにフェンスにしがみ付く。
「ア・・・・」
・・・・愛の顔が、引きつった・・・。
――敵は、‘たった一人”だ。黒いコートを身にまとい、仮面をつけた少女。
リリースだッ。リリースも愛を追ってこっちに帰って来てたのだ。
屋上からでは黒い点のように見えるリリースを、白い影が取り囲む。
あっという間に、何重にもなった白い群集がリリースに銃を向けた。
愛は息を飲む。
<だ、だめッ・・・>
<早く離れないと、みんな・・・――>
愛は‘逃げろ”と叫びたかった。なのに、声が出ない・・足が震えているッ。
・・・リリースが、闇の剣を引き抜いた。
黒く輝く、この世ならぬ剣・・・。
「ザコに興味はない・・・。私は‘ルーンベルト”に用があるんだが・・」
声が聞こえる。
「‘キセル”・・・」
・・・次の瞬間、黒い光が渦巻いた。
黒い雷を伴い、光が爆発的に膨れ上がる。
周りにいた軍人は一瞬で見えなくなり、屋上にいた愛もそのエネルギーに弾き飛ばされる。
「―――ぅがッ!」
壁に当たってなんとか止まった体が、激痛を伴いキリキリと痛んだ。
痛みが背中から全身へと広まる。
「――ッ」
愛は体を抑えながら立ち上がる。
膝が、笑っている・・・。
再びフェンスにつかまるが、言葉を失った・・・。
・・・庭は見事にえぐれ、リリースを取り囲んでいた軍人達が・・・――
いないッ
否、‘消滅”した・・・の方が合っている。
<う、うそだ・・・>
<こんな・・・事って・・・>
愛は激しい恐怖と怒りを覚える。
さっきの呪文は、今まで愛だって使ったことがなかった・・・。
高度な技術がいると共に、自分もこの呪文の影響を受け、死ぬ例は少なくない。
だからこそ・・・‘怖かった”。使いこなせて・・・死さえ恐れないあいつが・・・。
リリースは、ゆっくりと司令部に歩み寄る。
<む、無理だ・・・>
愛の手が震える。
<あいつは・・・私より強い・・・。きっと勝てない・・・>
愛の体は、小刻みに震えている。
・・・・すると、誰かがリリースの前に立ち塞がった。
ディオだ。ディオが険しい顔つきで、リリースを睨みつける。
「姫に、近づく事は許さない・・・。」
ディオは静かに、しかし揺るぎなく話す。
愛は思わず目を、耳を、疑った・・・。
<な、んで・・・>
<なんでなんでなんでなんでなんで・・・ッ>
愛は拳を握る。
――今、ディオから伝わってくるのは・・・死への欲望。
ディオは、死のうとしている・・・。
そして、‘死”して愛に詫びようとしているッ。
これが・・・ディオの考えた、‘過去のけじめ”だった。
<ディ、ディオッ!!!>
「‘イースト”」
愛はすっとテレポートした・・・。
「ほぉ・・・ルーンベルトの身代わりになるつもりか?・・・私は‘本物”の化け物を斬るのは初めてだ・・・しかし――」
リリースはすっと目を閉じる・・・。
こちらに向かってくる諒の気配と、テレポートしてくる愛の気を感じ取ったのだ。
リリースは微笑する。
「・・・どうせ、お前は‘死ねない”んだろ?」
闇の剣が振りあがる。
と、同時に愛はリリースの後ろ・・・諒は司令部の中から出てくる。
「やめろぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!!」
愛と諒が同時に叫んだ。しかし・・・――
駆けつけた愛の頬に、赤い血が跳ねた。
ディオが目の前で倒れる。
肩から腰にかけて斬りつけられ、血が・・・噴出す。
「・・・ア・・・ぁっぁ」
愛が後ずさる。
リニアの死が回想される・・・。
夢で見た、血だらけのリニアが笑っている・・・。
笑って、笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑っ――――
『私は、リリースから守ってくれなかったんですね・・・』
「ぃっ――――やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
愛が頭を押さえて絶叫する。
ディオの血が・・・地面を汚す。
視界が赤色に染まる。
愛は思わずその場に嘔吐した。
胃がねじれてしまいそうで、冷や汗が止まらない。
「・・・そーいえば」
リリースが振り向く。
仮面に血が、ついている。
「昔も、お前をかばって死んだ奴がいたなぁ・・・」
リリースが近づいてくる。
声が、笑っている。
「そうそう・・・。確か‘リニア”とか呼んで・・・―――」
ザッ。突如、愛の前に誰かが立つ。
諒が息を切らし、リリースに手を向ける。
・・・リリースは鼻で笑った。
「思い出した・・・。こいつみたいに私の前に立って、わざと斬られた愚かな人間だったな」
愛の体がビクッと震える。
しかし、諒は揺るがない。
「ラウン・・・もう、いい。早く・・・逃げ―――」
「いやだ!!!」
「お前だけでもッ逃げ―――」
「黙れッッッ!!」
諒が怒鳴る。
「お前を守ったディオの身になれ!!それに、新藤に頼まれているんだッッ死なせるわけにいかないッ!」
・・・愛は思わず黙り込む。
「現実から逃げるなッ!お前は・・・光の姫だろッ!?過去の過ちは、もう死ぬまで引きずるしかないんだ!!いいかげん割り切れよッ!!」
<そ、そうだ・・・>
愛の手が腰に止めてある光の剣へと伸びる。
<私は・・・春花に言われたじゃないか・・・>
――『絶対死なないで』、と・・・
愛が立ち上がる。
震えが、止まっている・・・。
光の剣が・・・リリースに向けられている。
<私は・・・>
<‘光の姫”だッ・・・>
愛の目つきが、戦いの目へと変わる。
愛が戦わなくては、世界は滅んでしまう・・・だから、愛は春花と別れた・・・。
春花が・・・皆がいつまでも笑い合えるように・・・。
すると、リリースが狂ったように笑い出した。
その様子に愛も諒も寒気を覚えずにはいられない。
「・・・‘友情”なんて呆気ないものだ。ついこの間まで友人だったのに、お互いそれぞれの刃を平気で向ける・・・」
「いきなり、何を・・・―――」
愛は思わず顔をしかめた。
何を言いたいのか、さっぱり分からない。
それに、自分がつい最近までリリースと‘友人”だったなんて考えられなかった。
だいたいリリースと愛は・・・・―――
「やだなぁ・・・もう忘れちゃったの・・・?‘愛”・・・」
愛の顔が苦悩に歪む・・。
仮面ごもった声だか、よく聞けば・・・‘彼女”の声に似ている。
‘リリース”が、ゆっくり仮面を外した・・・。
‘リリース”の目と、愛の目が交差する。
「私は前に言ったはずよ・・・?涼蘭のことで口論になった時に・・・」
‘リリース”が笑っている。
愛を見て、笑っている。
「『人を簡単に信用しすぎ』・・・と。もう忘れちゃったかしら・・・?」
‘リリース”・・・いや、‘春花”が愛に闇の剣を向ける。
愛は、動けない。
何かの間違いだと思いたかった・・。
「な、なんで・・・」
「なんで?簡単よ・・・」
春花はバカにするように微笑んだ。
「‘鈴崎 愛”があっちの世界での架空人物であるように、‘新藤 春花”もあんたと同じように架空人物なだけ・・・」
春花の笑みが止まった・・・。
そして、目つきが変わる。
「私は第十二代目闇の姫、‘フィア・リリース”・・・。愛の、宿敵よ・・・!」
愛の目に、黒いコートを来た春花が映る・・・。
剣を向けて・・・殺意に燃える春花が・・・。
『愛?』
優しく微笑んでいた‘春花”・・・。
『ルーンベルト・・・』
あざ笑う、‘リリース”・・・。
二つの顔が入り混じる。
信じていたのに・・・たった一人の親友を・・・。
「こ、こんなことって・・・ありかよ・・・」
諒がうめく・・・。
しかし、その目はすぐに隣に立つ愛へと移った・・・。
・・・愛が震える手で、春花に光の剣を向けている。
「あなたとは・・・いい思い出として、心にしまって置きたかった・・・ッ」
愛の目に、流れる一筋の涙・・・。
今、運命の歯車が・・・急速に動き出す・・・ッ