第三十九話;迷いの心
――苦し・・いッ
――ヤダ・・・やめろ・・
・・・深海にも似たその空間は、想像も出来ないエネルギー体で出来ている。
視力は闇に飲まれ、超人的魔力はエネルギーと反発を起こし・・・――
残された道は・・・体をバラバラにされて死ぬか、記憶を失い別世界に飛ばされてしまうか
――・・・その空間を人はこう呼ぶ・・・。
‘異界のはざま”――ッと
・・・なつかしい、部屋の匂いがした。
外では軍人達の声が響き、それに伴って家政婦達の世間話が聞こえる。
・・・・。
しばらくベットの中でボーっとしていた愛だが、思わず飛び起きた。
――が、なぜかものすごい頭痛がする。
「―――っ」
愛は手で頭を押さえながら辺りを見渡す。
・・・‘昔”と変わらないクローゼット・・・幼い頃に遊んだオモチャ・・・白い、軍服・・・幼い愛と諒の写っている写真・・・・
ここは、‘司令部”だ・・・
あきらかに、前暮らしていた部屋だ・・・。
「な、なんで・・・」
愛は驚きを隠せない。
ついさっきまで、異界のはざまを通っていたはずなのに・・・なぜ司令部にいるのか。
その時、突然ドアノブが動く。
愛は反射的に手をドアに向けた。
「おっ?気がついたか?」
諒が、優しく微笑む。
愛はため息をつきながら手を下ろすが、諒の服に目を奪われた。
――白い、軍服を着ている・・・。
「そんな目で見るなよ・・・。久しぶりに軍服も悪くないぜ?」
諒は笑いながら愛の肩を叩く。
愛は思わず目を反らした。
<まただ・・・>
<すぐに強がって笑う・・・>
<諒も・・・春花もッッ>
・・ベットの中で愛の手が震える。
もう誰の笑顔も見たくなかった。また春花を思い出すのがつらい・・・。
「・・・。てぇっ!」
諒は慌てて愛の肩から手を離した。
そしていきなり片膝を床につく。
「な、なんだよっ」
愛は思わず身構える。
「さ、さきほどの暴言および暴力、すみませんでしたッ!もう、‘鈴崎 愛”として接しなくていいのに・・・」
諒がぼそぼそと何か言っている。
愛は思わず苦笑いした。
<何を今更・・・>
<それに・・・――>
愛はそっと諒の手をにぎる。
「今までどおりの接し方でいい・・・。せめてお前の前では・・・一人の人間でいたい・・」
「えっ!?お、おう・・・」
諒がぎこちなくうなずく。
諒の顔は見れなかったが、きっと赤くなっている・・・。
しばしの、沈黙が流れた。
「あの、さ・・・」
諒の声が上から降ってくる。
「うん」
「あ、愛は・・・もし、おれが―――」
<―――えっ?>
ガチャ
突然、ドアの開く音がした。
諒は思わず愛から離れ、その者を見る。
「ディオっ!しししし仕事は終わったのかぁ?」
諒は平然を装うが、あきらかに動揺している。
ディオはそんな諒を無視して愛の方へ歩み寄った。
「ご気分の方はよろしいですか・・・?」
ディオは微笑みながら愛の目線に合わせる。
愛は「まぁ・・・」と口を濁す。
「昨日はお疲れ様です・・。と、言うより・・・異界のはざまを無理矢理通ったらしいですね」
「はぁ・・!?」
「ラウンから聞きましたよ?通り方も知らないくせに‘異界のはざま”を開いて記憶を失いかけたと・・・」
・・・。
ディオの言葉に愛は顔をうつむかせる。
正直、異界のはざまで何が起きたのかは覚えていないのだ。
なんだか、ぶっつりと記憶が切れている。
「こっちに来てからは大変でした。ラウンと姫を負ぶって・・・――」
「えっ」
愛は諒を見た。
諒は苦笑いしながら手を左右に振っている。
「・・・わ、悪かったな」
「いや、姫らしくてよかったですよ。・・・本当によくご無事で・・」
「そうそう!記憶失わなくてよかったんだからさッ!!」
諒とディオがヘラッと笑う。
愛は苦笑いしていたが、ある事を思い出した・・・。
愛の笑顔が消える。
<聞く・・・べき、なのだろうか・・・>
<‘あの日”の事を・・・>
こうしていても頭によぎるあの疑惑。
ディオが下手すると、光の国の反逆者かもしれないと言う疑惑だ。
愛は目を反らし、表情を曇らせる。
「なぁ・・・ディオ・・・」
「はい?」
「お前・・・そのぉ・・・」
「はっきり言ってください・・」
・・・愛は、黙り込むばかりだ。
ディオは不思議そうにこっちを見ている。
「・・・・・いや、考えすぎた。なんでもない・・・」
愛はそれだけ言うともうディオの顔をみなかった。
<いくら疑惑がかかっているからって・・・>
<こんなの聞けない>
すると、いきなりディオの気配が遠のいた。
愛は思わず目を見開く・・・。
「姫の具合を見てやってくれ・・・。私は仕事に戻る・・・」
「お、おう」
諒がうなずくと、ディオは足早に部屋をでる。
愛は思わず顔をしかめた。
ディオは愛が何を聞こうとしたのか気づいたのかもしれない。
ディオは言わば、愛を育てあげた・・・里親のようなものだ。
正直、こんな疑いをかけるのは――・・・。
「あ、あのさ・・・」
諒が愛に向かって話しかける。
「ディオ・・・疑ってんなら、あいつはシロだぜ?」
諒の言葉に愛は思わず振り向く。
すべて・・・見透かされていたのだ・・・。
自分が、ディオを疑っている事を・・・。
「・・・・なんで、そう言える?」
愛は静かに問う。
別にきつく問いただす気はなかった・・・ただ純粋に、聞いたのだ。
「ディオが‘あの時”現場に来れなかったのは・・・家政婦達を遠くへ避難させていたからなんだ。裏も取れてる・・・。それに、あの時重体だったおれを助けてくれたのもディオだ。・・・‘光”を滅ぼそうとする人間が、そんな事するか・・・」
諒は言ってしまってから後悔するようなそぶりを見せる。
仮にも愛は光の姫だ・・・その人物に意見を言うなんて・・・。
「べ、別におれはお前の疑いを否定する訳じゃない・・・けど。もももももし、ディオを疑ってんなら――――」
「・・・・れ」
「えっ」
「一人に・・・させてくれ・・・」
愛は声を荒くした。
別にそんなつもりじゃなかったのだが、声が自然とそう出てしまった・・・。
諒は気まずそうに目を泳がせると、すっと歩きだす。
「わ、分かった・・・。ゆっくり・・・休めよ?じゃ、じゃあ」
諒は机にさりげなく何かを置くと、足早に部屋を出る。
愛は黙って下を見ている。
過去の事が、頭に焼き付いて離れない・・・。
・・・そもそもディオと諒と愛は、光の国の‘三大戦力”とも呼ばれている。
なのに、あの日は・・・ディオの姿はまるで見られなかった。
いくら家政婦達を避難させるためとは言え、その省で・・・―――っ
・・・愛はギリッと歯を噛み締める。
<許せる・・・のか>
<‘許せ”というのか・・・>
<あんな・・・悲惨な結末を>
<忘れろと・・・?>
愛はイラつくように拳を握りしめるがピタッと止まった。
机に何か置いてある・・・
薄い、封筒だ。
おそらく手紙だろう。
<さっきまで・・・>
<なかったのに>
愛はベットから降りると、それを手に取った。
そして、ゆっくり開ける。
「誰が置いていっ―――」
―――・・・・。
長い時間が流れた。
愛の頬に、一筋の涙が伝う。
机に一枚の写真が舞い落ちる・・・
・・・春花と二人で撮った、思い出の写真。
もう、戻れない・・・あの、日々――
「春、花・・・」
愛は、ぎゅっと手紙を握り締めた・・・。