第三十八話;ありがとう、さようなら・・・
愛は、一人病室で座っている。
<今日の八時で・・・>
<もうこの世界と縁を切るッ・・・>
愛は部屋の隅に置いてある光の剣を手に取った。
もう、昔のような過ちは許されない・・・
今度こそ、リリースの息の根を止めるのだッ。
例え・・・この命が滅びようとも・・・――
「愛ィィ?入るよ?」
突然春花の声が扉の向こうから聞こえてきた。
愛は慌てて光の剣をベットの下に隠す。
・・・春花がひょこっと顔を出した。
「何隠したのォ?ラブレター?」
「そんな訳ないじゃんッ・・・わざわざ病院にまで来るバカいないよ」
愛は思わず苦笑いする。しかし、その笑みがすぐに消えた。
<あ・・・もう、終わりなんだな・・>
あまりにも皮肉だ。
・・・春花と過ごした日々が、こうしている間にも終わりに近づいているなんて・・・。
すると春花は愛の隣に座り込み、だらしなく足をぶらぶらさせる。
その姿はまるで子供だ。
「ねぇ・・・」
春花が静かに問う。
「愛は・・・‘私が死んだら、泣いてくれる”・・・?」
・・・一瞬、何を言われたのか分からなかった。
何かの間違いだと信じたかった。
でも、春花はじっと愛を見ている。
<し、死んだらっ・・・て>
「は、るか・・・まさか・・・」
「や、やだなッ。そういう意味じゃないぉ!!」
春花が笑う。
でも、さっきの問いはまるで・・・――
愛は不安な気持ちで春花を見ていると、そっと肩を叩かれる。
「本当に、なんでもないって・・・。ただ聞いただけ・・・」
「で、でも・・・」
「だけど、あえて言うなら・・・」
春花の黒い瞳が、眼鏡の反射で見えなくなる。
「私は・・・愛が本当の意味でいなくなっちゃったら、きっと・・・――」
「―― えっ」
「なんでもないッ!!今日の花火大会の事だけど、六時半に駅前に来てね・・・。色々準備するでしょ・・・?」
春花はそれだけ言うと病室を出ようとする。
愛は黙ってその背中を見つめていた・・・。
外では木々がさわさわと音をたてる・・・。
「・・・・。愛」
春花はドアを開けた。
「絶対・・・‘死なないで”ッ」
愛は小さい頃の夢を見た・・・。
まだ、リニアが生きていて・・・幸せだったあの頃の――
愛は剣術の練習をしながらリニアと話している・・・。
『私ね!!うーんと強くなるの!それでリリース倒して、皆を守るんだぁ!』
愛が身振り手振りで話す。
するとリニアは口に手をあてて笑った。
――懐かしい、あの笑みを。
『それはそれは・・・頼もしいですね』
リニアの言葉に愛は思わずクスっと笑った。
リニアにほめられる事は嫌いじゃない。
『しかし・・・――』
リニアの笑みが狂気を伴ったものに変わる。
リニアの顔が、手が、体が、血だらけで・・・痛々しい傷があらわとなる。
視界が、血で染まるッ――
『‘私は・・・リリースから守ってくれなかったんですね”・・・』
愛の手から・・・光の剣がすべり落ちた・・・。
・・・がバッ。愛がベットから飛び起きた。
「ぁ・・・・あ・・・」
声が出ない、そのかわりに涙と悲しみが止まらない。
息が切れ、冷や汗がどくどくと流れている。
それに光の力がざわていているようにも感じ取れた。
<ゆ、夢・・・?>
辺りを見渡して、やっとの事でそう思えた。
でも・・・あの血だらけのリニアが頭に焼き付いている。
愛は顔をしかめ、体を震わせた・・・。
<なんで、なんで・・・>
・・・息切れが、止まらない。
しかし、その時・・・誰かが愛に触れた。
愛の脳裏にあのリニアがよぎる・・・。
「来・・・るなああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
愛の口から絶叫に近い声が漏れた。
ベットの下にあった剣を器用に取り出し、ものすごい勢いで背後の者に向ける。
・・・・ガッ。
鈍い音がした。光の剣が上にかがげられたイスに突き刺さっている。
「・・・あ、い」
諒は驚いたようにイスをおろす。
愛の手から剣が落ちる・・・。
「ごめん・・・」
愛はぼそっとつぶやいた。
もう少しで、諒を叩き斬るところだった。
「・・・・うなされてたぞ?」
「・・うん」
「大丈夫か・・・?」
愚問だった。
愛の体はまだ小刻みに震えている・・・。
そこで、ようやく記憶が戻ってきた・・・。
春花がいなくなった後、少し仮眠をとっていたのだ。
「あの、さ・・・」
諒が目を反らしながら聞いてくる。
「リニアって、誰なんだ・・・?その、さっき寝言で言ってたというか・・・前にも、小さい頃に・・・」
「・・・静かにしろッ」
愛は諒の言葉を切り、じっと意識を集中させる。
<おかしい・・・>
<夢から覚めたはずなのに・・・なんでこんなに光の力がざわついて・・>
愛はベットから起きて、窓を開けてみる。
・・・夕焼け空に浮かび上がる、不自然なしんきろう。
時より鳥の首を絞めたような音が耳をついた。
これは――・・・ッ
<空間が歪み始めてるッッ>
さっきのおかしい夢がこのせいなのかは謎だが、それより・・・
――なぜ、八時に起こるものが今頃起きている!?
「今何時だ!!?」
愛は思わず声を荒げる。
「六時、六時だ・・・」
諒も驚きを隠せない。
きっと諒とディオの連絡で、なんらかの不慮があったのだろう。
愛は焦りを隠せない。
六時半から春花と‘約束”していたのに・・・
――このままでは別れさえ言えない。
でもあっちでは、ディオが空間を歪ませていてくれている。
長くは無理だ。
今日帰るのをあきらめるか・・・春花との約束を守るか・・・
隣では諒が愛の指示を待っている。
――『行って・・・来なよ』―
記憶の中の春花が話しかけてくる。
――『私は・・・止めないから』―
愛は歯を噛み締める・・・。
――『‘約束”・・・だよ』―
涙で視界が歪む。
――『絶対・・・死なないでッ・・・』
『私はリリースから守ってくれなかったんですね』―
春花とリニアが重なる。
愛は前髪を握り、体を震わせたッ・・・。
「く、そおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
愛の叫び声が夕焼け空に飲まれていく・・・。
・・・駅前で、浴衣姿の春花がじっと待っていた。
<遅いなぁ・・・>
春花が時計を見ると、もう六時半すぎている。
まぁ、最後の最後まで遅刻する愛の性格も嫌いじゃない。
春花は軽く笑みをこぼしながら、壁に寄りかかった・・・。
<・・・気長に待つか>
その時、病院の方向から一筋の白い光が天に伸びていた・・・。
<ひ、かり・・・?>
・・・病院の屋上に何か置いてある。
メモ用紙のようなものだ。
そして、一言書いてあった・・・
‘ありがとう・・・ごめんなさい”・・・とッ――