第三十七話;託された物
気がつくと、夜が明けていた・・・。
外では鳥達が、再び光が差した事に喜ぶかのように鳴き喚いている。
<・・・・・・だまれッ>
・・・鳥達は一瞬驚いたように首をひねると、そそくさと飛び立った。
愛はベットの上で身をこわばらせ、震えている。
‘鳥”には分かったのだ。
愛の心の声が、ただならぬ殺気が、迷いを帯びた乱れた魔力が、
‘人”ならざる気がッ――
愛はハッと息を呑み、ふとんに潜り込んだ。
今は鳥の声も、諒の事も、春花の笑顔さえうっとおしい。
特に、春花は・・・愛が何者であるか知らない。
何も知らずにッ言われた事をただ信じている。
愛は溢れそうになる感情を押さえ、目を閉じた。
なぜ朝が来るッ――
なぜ時間が迫るッ――
なぜ放っておいてくれないッ――
なぜ・・・‘化け物”に優しく微笑む――――ッッ
諒はとある病室の前で、うろちょろしている。
その姿は非常に滑稽で・・・周りの目が少し痛い。
周りの目が痛いのなら早く入ればいいだけの話だが、どうにも心の準備が・・・。
と、言うのもここは春花の病室で・・・いわゆる『呼び出し』をくらった訳だ。
春花からの呼び出し・・・呼び出しされるような事は(たくさんあるが)・・・まさか病室へ呼ばれるのは尋常じゃない。
第一、春花にとって諒は『親友を持て遊ぶ害虫』。
今まで何度駆除しかけたか分かりたくもない・・・・ッ(現実逃避)
<し、しっかりしろ‘おれ”ッ!!>
<これだから貧弱男だの‘その他もろもろ”だの言われるんだぁぁ>
<相手は女ッ!!姫でもあるまいし、何を恐れてぇ――>
「なんだ・・・もう来たの?」
・・・。
「いぎゃおうえぇぇぇばぁぁぁ!!!」
諒は突然の春花の登場で、奇声を漏らし後ずさる。
いくらなんでも、ビビリすぎだ。
春花はハァッとため息をつき、部屋に入る。
春花が中に入ったので、諒も慌てて続いた。
「適当に座って・・・」
「あ、まぁ・・・はい」
諒は見舞い用に使うイスに落ちつか無そうに座る。
部屋はさすが女の子というぐらい整頓されている。愛の部屋とは雲泥の差・・・いや、本人を前に言ったら真っ先に死刑だろう。
「あ、あのさぁ・・・お、おれなんかやった、かなぁ?呼び出しって事は・・・――」
諒がもごもご言っていると、いきなり何かがへばり付いた。
紙切れのような・・・いや、薄い封筒だ。
中に何かが、入ってる・・・。
春花がさっき諒に投げつけたのだ。
諒が何気なく見ようとする。
ドスッ
何かが頭の毛をかすった。
何か、風が通った。
・・・真横に、果物ナイフが刺さってるッッッ!
「何・・・見ようとしてんのかなぁ??」
春花、殺し屋の笑みィッ。
諒、放心。
諒、放心。
諒、放――。
「ごぶえぇおぎやややややややや!!!!!」
正気になると共に、ものすごい奇声が。
だいたい春花はどこでこんな事を覚えてくるのか・・・・。
諒があまりのショックに壊れていると、春花が歩み寄って来る。
諒・・硬直。
「それ、愛に、渡して・・・」
「は、はぁ!?じ、自分で渡せよッ!!!」
諒が戸惑いながら封筒を返そうとするが・・・・。
春花の頭から角が生え、鬼化すると共にものすごい殺意オーラ全開になっている。
「わ、わ、渡す!!渡すからぁ!!!」
諒は半泣き状態で、春花を静める。
情けないぞ、諒・・・。
「出来たら、目的地に着いてから渡して」
「も、目的地!?・・・えっ、お、おう・・・」
諒はまたキレられたくないのでぎこちなくうなづいた。
<なんで、おれも行くって知ってんだ・・・?>
<ま・・・いっか>
諒はそそくさと封筒をしまうと立ち上がる。
これ以上いると更に脅しをかけられそうだ。
諒の手がドアノブに触れる。
「桜井、諒・・・」
春花がかぼそい声でつぶやく。
諒は思わず立ち止まったが、振り向く勇気はなかった。
「ありがと、ね・・・。今まで・・・愛の側にいてくれて・・・」
・・・―――。
諒は驚いたように振り向く。
春花の顔は髪に隠れて見えないが、震えている。
何といえばいいのか、分からない。
「愛ってさ・・・強がりで、嘘をつくのが下手というか・・・。だから・・・」
春花の瞳が、諒を見る。
「あんたが・・・これからも、支えてあげて。私は・・・もう、‘無理”だから・・・」
春花はにこと笑う。
本当はつらいくせに、また笑ってる・・・。
「し、新藤・・・」
諒は複雑な気持ちでいっぱいだった。
昨日の事は愛からよく聞いていないが、おそらく重要な事は聞かされてないだろう。
それでも、春花は悟ったのだ。
――もう、二度と・・・会えないと・・・
諒は再び背を向け、歯を噛み締める。
「あぁ・・・。約束するよ・・・」
諒が行こうとするが、ピタッと止まる。
・・・強力な、光の力が近寄ってくる・・・。
これは、間違いなく愛が・・・こちらに向かっているッッ。
<やッべぇぇ!!!!>
諒は焦るようにドアから離れた。
こんな所を見られたら、‘春花になにを話した”だのとうるさく問われるに決まっている。
「わ、悪い!!おれがここに来たの内緒なッ!!」
諒は春花の肩に触れるとさっと窓を開けた。
「え、ま、待ちなさい・・・よっ?」
春花が止めに入ろうとするが、諒はさっと飛び降りる。
・・・・。
「バカだなぁ・・・ここは‘四階”なのに・・・・」
・・・・。
――うげぇぇぇぇぉがぁぁっぁぁぁぁ
諒の悲鳴が下へと尾をひくように伸びていった・・・。
哀れだぞ・・・諒。
すると愛がゆっくり部屋に入ってきた。
浮かない顔をして、どこか悲しみを漂わせている。
「愛・・・」
「なんか・・・さっき諒とか来てた?」
・・・。
「ううん。なんか、下等生物があがりこんでただけ・・・」
・・・春花、ひどい。
愛はそっと微笑む。春花も思わず苦笑いした。
「それより、今まで寝てたの・・・?せっかくいっぱい話そうとおもってたのにぃ」
「ごめん・・・ごめん。ちょっと、考え事してて・・・・」
愛はベットに座り込み、春花を見る。
<本当は、春花の笑顔を見れなくて・・・会いに来なかったのに・・・>
<私はまた、嘘をつくのか・・・>
愛は思わず顔を反らし、手を震わせた・・・。
お昼がすぎた頃、愛と諒は病室に戻っていた。
窓から風が差し込み、カーテンがゆらゆら揺れている。
「今日のことだけど・・・」
「うん」
「あっちの世界からディオが光の力を放って空間を歪ませる・・・。そこで、愛も力を・・・」
「うん」
「光の力が放たれ、ましてや光の姫の力なら空間は歪み、その時・・・‘異界のはざま”が開く」
「・・・うん」
「クローゼは傷もひどいし、意識がないから・・・事が落ち着き次第、あっちに連れて行って裁判にかけるよ・・」
「う、ん」
「・・・・。じゃあ、今日の夜・・・八時頃が予定だ」
「・・・・」
二人の会話は底知れない闇の中へと落ちていった・・・




