第三十五話;友のこころ
・・・春花がゆっくり屋上へ歩み寄る。
哀しげな足音だけが、周囲に響き渡っている。
しかし春花はドアの前まで行くが、なかなかドアを開けようとしない。
それどころかドアの前で行ったり来たりだ。
<・・・・なんで、さっき愛を無視しちゃったんだろ>
<謝るつもりで行ったのに、これじゃぁ・・・>
ハァ・・・。春花は思わず深いため息をもらす。
これでは謝るにも謝れず、二人の仲が余計こじれるだけだ。
それだけは何とか避けたい。
・・・すると春花はゴクッとつばを飲み、腹を決めた。
<・・・謝ろう>
<今度こそ、逃げずにッ・・・>
春花の細い指がゆっくりドアに触れる。
素直になればきっと愛も分かってくれる・・・
しかし――・・・
「『後一日だけ・・・ここにいたら、私達は本来いるべき世界に帰らないか・・・?』」
突如、愛の深刻な声がした。
春花は思わず固まってしまう。
<・・・誰かと話してる・・・>
<いや、そんな事よりも・・・>
<‘帰る”って・・・――>
春花は謝りに来たのも忘れて、じっと耳を澄ませた。
言葉にならぬ恐怖がこみ上げてくる・・・。
「『私はある意味、リリースには感謝している・・・。奴が私の暴走を止めなければ、私はこの世界には来れなかったし・・・春花にも、他のみんなにも、会えなかった・・・』」
―― 何を話しているのか・・・よく分からない。
でも、愛は落ち着きすぎている。
これが‘愛”なのか。
愛の声をした別の者じゃないのか。
春花の背筋が凍る・・・。
「『化け物あつかいされていた私にとって、ここの世界の人達は宝物だった・・・。出来る事ならずっと一緒に暮らしていたい・・・しかし、その者達が私のせいで・・・光と闇の戦いに巻き込まれるというなら・・・――』」
愛の声が止まる。
春花はすぐに悟った。
・・・愛は今、つらいくせに、泣きたいくせに、そんな感情を押さえて・・・――
「『私は、帰る事を選ぶよ・・・。もう春花を・・・みんなを傷つけたくないんだ・・・』」
――・・・笑ってるッ。
春花はそんな愛の様子に耐え切れなくなり、その場から走り去った・・・。
・・・それから少し経ち、愛は春花の病室の前にいた。
春花がどんな反応するかが怖くて、なかなかドアを開けられない。
しかし――・・・
<言おう・・・>
<私の、本当の気持ちを・・・>
愛は深く息を吐き、ドアをノックした。
心臓が高鳴る・・・。
「は、春花・・・。私・・・。愛、だけど・・・」
声が震えてくる。
この中に春花がいる・・・
春花はこの中で愛の声を聞いている。
どういう気持ちで聞いているのか・・・不安になってくる。
だが、いつまで経っても応答はない。
寝ているのか・・・無視されているのか。
愛はそっと引き戸を引いて見た。
―――― ブゥワァァァァァ・・・ッ
開けた瞬間、夏の生ぬるい風が全身を通り過ぎた。
愛のほどいていた髪が、いっきに後ろへなびく。
そして、そんな愛の瞳に映ったのは・・・――
開けっ放しの窓・・・その風になびくカーテン・・・どこにもいない春花・・・
ゴミ箱に捨てられた、春花のスケッチブック
愛は思わず拾い上げ、中身を見た。
中に描かれた絵は見るも無残に破かれ、元がなんの絵だったのかも分からない。
だが、最後に残された一枚だけは・・・残ってる。
・・・前に、愛がふざけて描いた、‘春花と愛のイラスト”・・・
「・・・・・春、花ッ」
愛はその絵を手で握り締め、病室を飛び出した。
なんで走っているのか、自分にも分からない・・・だけど。
春花が、自分の前からいなくなってしまうような、言葉にならぬ恐怖を覚えた。
リリースに負わされた傷が痛んだが、それすら忘れて廊下を駆け抜ける。
気のせいであってほしい・・・
そう思い、すがる思いで病院の靴箱を見るが――
「な、・・・ない」
春花の靴が、ない・・・
病院から逃走したのだ。
愛は無我夢中でスリッパのまま病院を抜けた。
「春花ぁぁぁぁ!!!春花ぁぁッ!!」
愛が叫ぶ。
見る限り、春花の姿はなかった。
愛はあてずっぽに道を曲がった。
辺りはだいぶ日が沈み、道には買い物に来たおばさんで溢れ返っている。
「ど、どいて・・・ください!!」
愛はなんとか掻き分けるが、人がいすぎて前に進めない。
スリッパが誰かに踏まれ、脱げてしまう。
だからと言って春花の気を辿ってテレポートしたくても、春花のような普通の人では周りに居る人の気と大して変わりないので無理だ。
それでも・・・
「どッッッッけぇぇぇぇ・・・!」
愛は人を突き飛ばし、裸足で駆け抜ける。
「春花ぁぁぁぁぁぁ!!!」
・・・失いたくなかった。
「返事してぇぇぇ!!」
・・・もう、自分の大切な人がいなくなるなんて・・・
耐え切れなかった。
人ごみが・・・すいてきた。
だいぶ走ったおかげで、人ごみを抜けられたのかもしれない。
しかし、愛は息を切らしながら電柱に手をついた・・・。
ずっと走ってきたせいで傷が痛み、息を吸うのもしんどい。
息を切らしながら足を見ると・・・まめが出来て、黒く汚れている。
・・・汗が、アスファルトへと流れ落ちた。
よく考えれば、無謀な事をやっていたのかもしれない・・・
あの春花がぼけぇーっとこの辺を歩くとは考えられないのだ。
もし、自分が春花の立場だったら・・・見つからないところへ身を隠すのだが・・・。
<あ・・・・そういえば>
愛はハッと思い出す。
・・・―― 病室に捨てられていた春花のスケッチブック。
あれは春花の大切なものだったはずだ・・・いつも、部活の時も普段の時もバックに必ず入ってた。
それが、あんな形で捨てられていたというのは尋常じゃない。
何か、大切なものをぐちゃぐちゃにするほどの哀しい事があったのだ。
哀しい、なにかが・・・――
「そう、だ・・・美術室」
愛が思わずつぶやく。
愛が前にリニアの死を引きずり、ずっとテディーベアーを持っていた。
‘幸せだった時間を一人になった今でも思い出せる”ように・・・。
もし、春花も同じ立場なら・・・‘幸せだった時間”を取り戻そうとしているのではないか。
自分の持つ、スケッチブックが・・・ちっぽけに見える場所。
後輩や、愛とみんなで過ごした‘美術室”。
自分達の楽しかった思い出が、スケッチブックよりも詰まってる‘美術室”。
<あそこしか・・・ないッ>
愛は再び走ろうとするが傷や足が痛み、歩くのもおぼつかない。
<せっかく、場所が予測できたのに・・・>
<この状況で魔力が使えるか・・・?>
愛が顔をしかめながら路地裏に入り込み、テレポートしようとした時だ。
「愛っ!!」
突如、誰かに名前をよばれた。
愛が振り向くと、諒が息を切らしながら自転車にまたがっている。
「ら、ラウン!?」
「屋外であっちの名前を使うな!!周りが怪しむだろう!!?」
・・・。
記憶を思いだしてから、最近聞きなれた言葉づかいを聞くとなんか腹立たしい。
しかも、その言葉は愛が諒に言った言葉だ。
さらに言えば、タメ語・・・。
まぁ、自分が敬語を使わなくていいと言ったのだが・・・。
「お前なぁ!何、病院抜け出してんだよ!!春花に謝りに行くって・・・どこまであるいてんだぁ!?」
「そ、その春花がいなかったんだよ!だから・・・探してたんじゃん」
愛の声は先に進めば進むほどかぼそくなる。
諒はそんな愛を見て、はぁっとため息をついた。
「んで?行くあてあんの?」
諒の問いかけに愛は小さくうなずく。
それから諒の視線は愛のボロボロの足に行き、再びため息・・・。
「そんなんになる前になんでおれを呼ばないんだよ・・・」
「は、はぁ?」
愛が顔を上げると、諒は無理やり愛を抱き上げて自転車の後ろに乗せた。
「な、なにしてんだ!?お、降ろ・・・」
「しっかり掴まってろっ!!」
諒自身も乗り込むといきなり猛スピードでこぎだした。
愛は我を忘れて、諒の腰に手を回す。
風で・・・周りの音が聞こえない。
「行き先はどこ!?」
諒が聞いてくる。
「が、学校・・・」
それに震えながら答える愛・・・。
諒の心臓の音が、背中ごしに聞こえてくる。
<うわ、ヤバッイって>
顔が熱い。
きっと赤くなってる。
「姫が困ってると・・・どうしてもほっとけないんだよなぁッ」
カァァァァ・・・
愛の顔が更に赤くなった。
<お世辞だッ!!こいつがこんな事を本音でいうはずがない>
<とっ・・・いうか>
「もう少しスピード落とせぇぇぇぇぇ!!!!」
愛の怒鳴り声は、赤い夕日に飲まれていく・・・・。
・・・愛の息ぎれが、学校の廊下に響いている。
もう、校内に生徒はいなく・・・鍵当番の先生もいない。
愛は廊下をなんとか歩き、そして・・・美術室のドアを開けた。
・・・。
夕日が、美術室を赤く照らしている。
・・・。
その中で、誰かが驚いたように顔を上げた。
・・・。
うつろな目に、愛の姿が映る。
「あ、あ・・・い」
春花がかすれた声でつぶやいた。
愛は静かに美術室に入り、春花と机三つ分の距離のところで立ち止まる。
「春・・花」
愛もそっと春花の名を呼ぶ。
・・・今、夕日の下で・・・二つの心が交差した。
久しぶりの後書きです!!最近になって私の後書きが作品のシリアスさを台無しにしてることに気づき、書くのをやめてしまいました(恥)
最近になって私の元に二人の方から感想をいただき、大変感謝しております☆
その他の多くの読者様にも、私の作品を数多くの小説の中から手に取っていただき感謝してもしきれません。たくさんの読者様に見守られているのに、どうしても私自身のパソコンを持っていないため投稿がまばらですが夏休み中に終わるよう努力します!
後、予定では多くて7〜8話。最後まで、お付き合いくださいませ!!それでは、たくさんのご感想お待ちしております。
by ざしきのわらし