第三十四話;姫のこころ
・・・愛は一人、屋上で考え込んでいた・・。
諒のこと、春花のこと・・・これからのことを。
辺りはもくもくと曇り出し、ポツポツと雨が降ってくる。
だが、愛は中に入ろうとしない。
ザァァァァァァァァ――・・・・
雨が愛の体に染み込む・・・。
<私はなんなんだろ・・・>
<‘幸せを望むと犠牲が出る”、そんな事で生きててなんの価値があるんだ>
<やっぱり、私は・・・>
「化け物だ・・・・」
愛はぼそっとつぶやく。
人を好きになる事も、自分の好きな所で暮らすことも・・・
望めぬこの運命。
今までは記憶がなかったから、諒とも普通に接しられた。
今まで記憶がなかったからこそ、春花と笑えてた。
だけど・・・今は・・・――
どちらも、出来ない。
‘自分”という存在があやふやなのだ。
時に‘クリス”へ人格が戻ったり・・・つらくなると‘愛”の人格に戻りそうになる。
もう・・・ごちゃごちゃだ。
「なんで思い出すんだよ・・・ずっと、ずっとこの生活が送りたかったのに・・・どうして、どうし、て――」
愛は涙を呑む。
雨と涙が混ざり、悲しく、生ぬるいしずくとなる。
なんで自分ばかりこんな目に合うのか・・・
誰に聞けば分かるのか・・・
そんな疑問ばかりが愛を締め付ける。
愛が一人泣いていると誰かが、屋上に上がってきた。
・・・諒が、傘をさしながらタオルを持ち愛に近づいてくる。
愛は慌てて涙を拭いた。
「・・・泣いているんですか?」
「な、泣いてなんか・・・」
愛が下を向きながら言うと諒はそっとタオルを愛の頭にのせる。
そして、黙って傘の中に愛を入れた。
愛は・・・そんな諒を見るとぎゅっとタオルを握る。
「なんでここにいるんだよ・・・」
「姫を探しに来たんじゃないですか・・・」
諒はすぐに答える。
愛はそれ以上なにも言わなかった。
顔をうずめ、じっとしていたかった。
諒もそれを察したのか何もいわない・・・。
長い沈黙が二人を包み、聞こえるのは傘に落ちる雨の音だけ。
「ねぇ・・・姫様」
最初に口を開いたのは諒だった。
「おれと昔、初めてけんかしたの覚えてますか?」
「初めて・・・ケンカ・・」
愛は思わず復唱する。
・・・いつも、口ゲンカはしていたがあまりしていなかった気がした。
しかし、諒が司令部に来てすぐの頃・・・確かにあった。
あの・・・テディーベアーの事で。
「あの時はほんと死ぬかと思いましたよ。でも、あれがあったからこそおれも姫様も互いを分かりあおうとした・・・ぶつかってもいいから、もっと思いやろうとした・・・」
諒はにっこり笑う。
愛は呆然と諒を見つめる。
「コケたっていいじゃないですか、嫌われてもいいじゃないですか。自分が強く信頼する人は、そう簡単に離れていきません。キズナを糸でたとえたら切れたって縛れば元に戻るし、いっその事コブがいっぱい出来るほど切れた方がそのキズナは丈夫だと私は思います」
諒は近くに落ちていたシーツのほつれた糸を使い、実践する。
糸を手で引きちぎり、もう一度しばる。
一つのコブが出来、諒は切れないものと思い満面の笑みで引っ張る。
しかし・・・。
・・・プツ。コブの境目できれいに切れた。
諒・・・硬直・・・。
「あ、あれれ・・・お、おかしいなぁ。切れないはずなのにぃぃ・・・」
あはは。
諒は気まずい時間をごまかそうと引きつった笑みをこぼす。
暑くも、雨で濡れてもいないのにだらだらと変な水(?)がたれる。
愛はその様子を見て、思わずふきだした。
「ふふっ、ははは・・・」
諒は不思議そうに愛を見る。
「姫が笑った・・・。ほんとに記憶あるんですよね?ほんとに姫様ですよね?」
諒は愛の肩を掴む。
愛はうなずきながらも目に涙をためながら笑っている。
諒は驚いたように愛を見るが、自分もつられて笑い出す。
・・・よく考えたら、自分は諒の前で笑った事がないのかもしれない。
‘愛”として笑ってたり、影で笑ってたことはあっても・・・諒の前でちゃんと笑ったこと、なかった。
笑顔を忘れていたのだ。リニアの死以来・・・声をあげて笑うことを・・・。
そう、今の自分は一人じゃない。
ラウン・・・いや諒もずっと自分の側にいてくれる。
学校に行けば、美術部の後輩・・・クラスの女友達だっている。
そして・・・隣で笑ってくれる春花もいる・・・。
昔はいなかった、大切な仲間がここにいる。
愛はそっと立ち上がった。
「ようするに・・・悔やむヒマがありゃ、春花の所に行けと言うんだろ・・」
―― 春花との友情をここで終わりにしたくない。
―― ずっと、ずっと友達でいてほしい・・・
そして・・・
嫌われても、すべってもいい・・・
でもせめて春花には自分のすべてをしってもらいたい・・・
受け入れてほしい・・・
「お前のおかげで気分晴れたよ・・・。春花に謝ってくる・・」
愛はそっと微笑む。
心と外の雨が・・・やんだ。
「ありがとう・・・‘諒”・・」
愛の素直な心が諒へと届く。
諒は照れくさそうに顔を赤めた。
「やっぱ・・・姫に‘ありがとう”は性に合わないよ・・・」
「こ、こいつ!!人が素直になればぁ!!」
愛はごきっと諒を殴った。
でも、いつもはぶっ飛ぶほど殴るのに、今は優しくわき腹をとんっとたたく。
贅沢は・・・言わない。
諒とはこのままこの関係が続き、ずっと側にいてもらえればそれでいい。
そして春花とも・・・
「そうだ・・・」
愛の足が止まった。
諒はその後ろですぐに止まる。
「なんです?」
諒は愛の横顔を覗き込んで思わず固まった・・・。
一筋の涙が・・・愛の頬に流れている。
「後一日だけ・・・ここにいたら、私達は本来いるべき世界に帰らないか・・・?」