第三十三話;再会と現実
・・・・。
愛が、ゆっくり目を開ける・・・。
すぐに目に入ったのは、自分の体に巻かれた包帯と、点滴台・・・。
恐らくここは病院なのだろう。
消毒の匂いが鼻をつく。
愛は激痛に顔をしかめながらもゆっくり起き上がった。
辺りは暗く、夜だ。
頭がぼうっとしている。
しかし、そのぼうっとしている時に目に入ってきたのは・・・
愛の足元で、ベットに寄りかかりながら眠る諒。
諒の髪はボサボサで、今までずっとここで見守っていたかのように見える。
<思い出し、た・・・>
愛の目に涙がたまる。
<今の私はクリス・ルーンベルトでもあり・・・>
<鈴崎・・・愛なんだ>
愛は嗚咽も漏らすまいと涙をこらえ、口を押さえる。
だけど・・・――
ラウンは生きていた、ずっと側にいてくれていた・・・。
涙が止まらないッ。
愛が震えているとその震動で諒が目を開けた。
諒は寝ぼけまなこで愛を見上げる。
「あ・・・い?愛!?」
諒が飛び起きた。
そして、いきおいよく愛の肩を掴む。
「お前、大丈夫か!?丸三日ずっと寝てたんだぞ!!リリースはどっかいっちゃうし、涼蘭<すらん>は重傷だし、愛だって血だらけで・・・。だいたいだなぁ!!いつもいつもお前は後先を考えないというかバカでどうしようも・・・――」
諒が固まった・・・。
愛の目からボロボロと涙がこぼれている。
その涙は絶え間なく流れ、諒の手に落ちた。
諒・・・固直。
「わあぁぁぁぁ!!?ごめん、ほんとごめん!!うそです!ぜんぶウソです!!!」
諒・・・動揺しすぎ・・・。
しかし、愛はただ首を横に振る。
「ち、違――」
「血がどうした!?」
・・・。
ブチッ。愛の中で怒りの血管が切れた。
どうして諒はいつもこんなに鈍いのだろうか・・・
「このッ・・・バカたれがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
愛の鉄拳が諒の頬に貫く。
諒はなぜ殴られたのかもわからず、そのまま倒れた・・・。
諒は頬をさすりながら、愛を不思議そうに見てくる。
肩を揺らしながら愛はきつく諒をにらみつける。
涙が頬を伝う。
「私がどれほど心配したと・・・・」
愛が涙に声をからすが、諒は全然状況理解が出来ていない。
「心配したの、おれの方なんすけどぉ・・・」
諒はクローゼにつかまった時の事で愛が怒っていると思っているらしい。
諒は必死になだめようとヘラッと笑ってくる。
その笑顔は昔と同じ、優しい笑顔・・・。
すると愛は思わず諒に抱きついた。
愛の涙が諒の服をぬらす。
「あ、あ、あ、あ、愛!?」
諒がおぼつかない手で愛の肩に触れようとした瞬間、愛が耳元でつぶやく。
「ラウンの・・・バカぁ」
諒の顔が固まり、そして驚いたように愛を見た。
「・・・・姫、様」
諒の口から自然と出た言葉・・・。
愛はその言葉を聞くと、諒の服をより強く握りしめた。
「姫、様?姫様!!!!」
諒も愛を抱きしめる。
愛の体が強く引き寄せられた。
温かい・・・・
あの時と何も変わっていない、ラウンのぬくもり。
「もう・・・一人にしないで・・・」
愛は涙ながらに言う。
いつまでもこうしていたい・・・
二人は改めて再会したことで、他のことまで気が回らなかった。
他の事というのは、この病室の前に立っている人物の事・・・。
・・・春花は病室の取っ手に手をかけていたがその手を静かに下ろした。
春花は二人に気づかれないよう、静かにその場を去る。
その後姿は、どこか悲しみに沈み・・・複雑な心情を滲み出していた。
・・・次の日、愛は涼蘭の所へ行った。
行くといっても涼蘭は集中治療室に入っており、ガラスごしでしか見られないが。
愛は眠る涼蘭をじっと見る・・・。
そして、涼蘭の言っていた言葉を思い出した。
『あんたに私の家族も友達も私の暮らしてた村もすべて消されたんだ!』
涼蘭は確かにそういった。
しかし自分はそんな命令を出した記憶はなんてない。
第一、闇の人間を無差別に殺すなんてありえない事だ。
当時、自分と同じ権力を持ち、そんな事が出来るのは一人しかいなかった・・・・
「ディオ・・・」
愛の顔が険しくなる。
あの襲撃の時だって、ディオはいなかった。
怪しんで当然なのではないか・・・。
愛は涼蘭を見つめながら、じっと考えこんでいると・・・
・・・いきなり、愛の頬に冷たい物が当たった。
思わず「ひゃ」と声をあげてしまう。
慌てて後ろを向くと、諒がにっこり笑いながら冷たいココアを差し出してきた。
愛は睨みつけながらもそっと受け取る。
「どうしたんです?」
「・・・色々と考えていた。クローゼ、いや涼蘭のこととか・・・ディオのことを・・・」
「ディ、ディオ・・・!?」
諒の口から飲み物がこぼれる。
あきらかに変な意味の方を取っている。
「お前と話していると疲れる・・・」
愛は呆れてため息をつき病室に戻ろうとする。
諒も慌ててついてきた。
「ちょっと、姫様ッ!!」
諒がそういった瞬間、愛はギロっと諒を睨みつける。
「ウ・ザ・い!!!」
・・・。
諒・・・砂と化す・・・。
愛はそのまま行こうとするが、ぴたっと止まった。
「ラウン・・・・」
「は、はい?」
「もう敬語は使わなくていい・・・。ここでお前が改まると周りが怪しむし、何より・・・」
愛の足は再び進む。
「もう、私は光の姫失格だ・・・」
愛はぼそっという。
諒にも聞こえないくらい小さな声で・・・。
・・・この世界に来たからといって自分のしたことが許されるものではない。
部下のことで人格を失った事も・・・いやそれ以前に多くの人々を死なせてしまったことも・・・
この手で、とっさにリリースを守ってしまった事も・・・。
きっと、あの空間がこの世界と向こうの世界をつなぐ通路なのだろう。
‘異界のはざま”
諒は、一番最初に会った頃そういっていた。
<あの時、私がリリースをかばったからリリースは覚醒が早かったんだ・・・>
<そして・・・私も生き残ってしまった>
みんな死んでしまったのに・・・。
愛が思わず顔をしかめる。
しかしすると、自分の病室の前で誰かがうろちょろうろちょろしている。
春花だ・・・。
春花の体の包帯だらけで、時より足をひきづっている。
春花は病室に入るべきか入るまいか悩んでいるようにも見えた。
愛も愛で声をかけられない。
・・・春花がこっち向いた。
愛は思わず目を反らす。
春花もさっと目を反らして、足早にこちらに向かってくる。
すっ・・・
二人はなんの言葉を掛け合うこともなくすれ違った。
息苦しい間が、二人の間に流れた。
愛が一人残される・・・。
今思えば、記憶が思い出したことによりいろいろな事がいえる・・・。
今までは大切な人だと信じていた諒・・・
だか彼は自分の部下だ。けして好きになってはいけない・・・・
そして、もう一つ
いずれかは春花と別れなくてはいけないということだ・・・・
自分は異界の人間だ、いつまでもだだをこねる訳にもいかない・・・
愛は歯を噛み締め、思い切り壁を殴る。
つらい現実が愛を飲み込んだ瞬間だった・・・・。