第三十二話;狂い行く運命
・・・爆音が響き渡る中、ラウンは花壇に歩み寄り小さな花を手に取った。
誰かに踏み潰されて、へし折れ、衰弱した小さな花を・・・。
すると、遠くの方から黒い影が近づいてくる。
黒い、破れたコートを揺らして・・・一歩、また一歩と近づいてくる。
クローゼだ。
クローゼがラウンに手を向けるが、ラウンはじっと花を見ている。
そして、手を挙げる代わりにラウンは口を開いた。
『おれは・・・なんのために戦ってきたんだろうな・・・』
ラウンはそっと花を地面に置いた。
そしてクローゼの方に体を向けるが顔は闇に沈めている。
『おれは姫の側にいれれば戦いなんてどうでもよかった・・・。ただ、姫を支えたくてこの戦場に立ったけど、おれのせいで姫につらい思いをさせてしまっている・・・。』
ラウンの脳裏にあのクリスの悲しそうな顔がよみがえる。
ラウンは思わず拳を震わせた。
クローゼはそんなラウンをじっと見つめている。
『お前は・・・何のために戦場に立つ?』
ラウンはそっと聞く。
それは‘敵”としてでなく、同じ・・・姫に仕える者としての問いかけ・・・
クローゼは、一瞬困惑したかのように固まったが、ふんっと鼻で笑った。
『・・・いきなり何を聞くかとおもったら・・・。わたくしは、もう一度あの頃に帰りたいだけです・・・』
あの頃・・・?
『幸せだったあの頃に戻るために、仇を討つために・・・わたくしはこの戦場に上がりました。だからリリース様とわたくしは手を組んだ・・・』
光の人間を殺し、闇だけの国を造るために・・・。
『人を殺す事でどうやれば幸せが手に入るんだ・・・』
ラウンはきつくクローゼをにらみ付ける。
それと同時にポケットから手のひらに乗るくらいの小さなカプセルを取り出した。
『やっぱりおれとお前は和解出来ないよ・・・』
ラウンはそのカプセルのピンを抜く。
そしてフードをかぶり、クローゼの足元にそれを投げた。
『これ・・・――』
次の瞬間、まばゆい光がクローゼを飲み込む。
閃光弾が・・・放たれたのだ・・・。
光はすぐに消えたが辺りは混乱状態へ落ちる。
周りにいたたくさんの邪魂たちは訳もわからず互いを攻撃し合い、クローゼは目を使えないのか座り込んでしまった。
ラウンはフードを取り、クローゼに手を向ける。
≪姫を助けるんだ・・・姫のためなんだ・・・≫
クリスを助けたい・・・でもだからといって人を殺したくない。
ラウンの中で二つの心が交差する。
しかし、その直後腹部に何かが突き刺った・・・。
黒く、にごった・・・闇の剣。
『私の・・・部下になん、の用だ』
リリースの息切れが真後ろに聞こえる。
とても苦しそうで、今にでも倒れてしまいそうだ・・・。
なのに、リリースはクローゼのためにここまで来た。
・・・部下をラウンから守るために・・・
『ひ・・・め』
ラウンは、見る見る赤黒く染まり、力なくその場へ崩れ落ちた・・・。
はっ・・。クリスは思わず顔をあげた。
ついさっき、ものすごい光がカーテンから漏れてきたのだ。
≪閃光弾・・・≫
『・・・ラ、ラウンッ!!!』
クリスは思わず駆け出す。
肩の痛みがひどく、走る事は出来ないがクリスは走っているつもりなのだ。
外では、邪魂達のうめき声聞こえる。
もしかしたらラウンに危機が迫っているのかもしれない・・・
一刻も早くラウンの元に行きたいのに足が言う事を利かない・・・
クリスは割れた窓から外を見た。
すぐ真下には花壇が見える。
前も・・・ここからリニアさんを見ていた・・・。
しかし、そんな記憶がよみがえる前にクリスの目はある一点に釘付けになる。
すぐ真下にいるのはリリースとクローゼだ・・・しかし・・・
そこに横たわる赤黒い血の塊。
『・・・ラ、ウン?』
クリスは思わず呆然とつぶやく・・・。
ずっと、ずっと一緒だった・・・見間違うはずがない。
でも、信じたくない。
リリースはクリスに気づく余裕もないのか・・・血だらけで横たわるラウンに止めを刺そうと手を伸ばす。
クリスは無我夢中で飛び降りた。
『ヤメロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
『‘セシル”』
・・・空中でリリースのそんな声がきこえた。
ラウンの体は紙切れのように司令部内へと飛ばされ、中でものすごい破裂音がする。
クリスの足が地面についたとき・・・
ラウンの姿はなく、さっきの‘セシル”で司令部が引火し、火の手が回る。
『ラウンッ!!ラウン!!!』
クリスは炎を割って入ろうとするが、ものが崩れ・・・炎の威力が増し、中に入れない。
クリスはどうする事も出来なく、ただ立ち尽くしていた・・・。
ただ、呆然と・・・――
クリスの目から、戦いの火が消える。
表現できない悲しみと絶望がクリスを飲み込んだ。
≪ラウ・・・ン≫
‘『わ、わたしはラウン・カーウィンと申します・・・』”
―― 八年前、自分とラウンが・・・
‘『ぎゃああああああ』”
―― 出会わなければ・・・
‘『私とあなたは違います!!あなたは魔力が強くても心はボロボロすぎる』”
――ラウンはこんな目にあわなかった・・・
‘『もういいですよ。姫が寝るまで側にいます』”
――いつからかずっと一緒だって夢みてたのに・・・・・
‘魔力が魔力を呼ぶ”‘魔力は不幸を呼ぶ”
自分の過酷な運命に・・・今頃気づいてしまった・・・・
≪私に近づく者はみんな死ぬ・・・≫
≪リニアさんも、父さん、母さんも・・・≫
≪そして、ラウンまでも・・・≫
クリスはすっと立ち上がった・・・。
強い憎しみと悲しみがクリスの体を乗っ取る。
『―・・・――・・・・!!!!』
クリスの口から人間の声とは思えぬ叫びがもれる。
思考が途絶え、手足の感覚が消える・・・。
体全身が脈を打ち、闇を消そうとしている。
≪殺セ・・・跡形モナク滅ボシテヤル・・・≫
クリスは狂った・・・自分でもわかってる。
だが・・・
止められないッ!
『あ、あああ・・・』
クローゼは怯えたように後ずさる。
リリースはさっと前に出る・・・。
『部下の死に・・・人格を忘れたか・・・』
リリースは苦笑いするがあきらかに動揺している。
『クローゼ・・・』
『は、はい』
『この戦いは・・・誰かに仕組まれたものだ。どこかの馬鹿も私の人格を消して事を大きくし、ラウンが姫を守るために死を選ぶ事も、ルーンベルトが狂う事も計算積みだったと私は考える・・・』
リリースはクローゼに闇の剣を渡した。
クローゼは呆然としている。
『このまま、奴らの思いどうりにさせるか・・・!』
リリースが駆け出した。
クローゼが後ろで声を荒げるが、リリースは聞いていない。
≪闇ノ姫ガ来ル・・・≫
≪殺セ、スベテヲ滅ボシテヤルッ!!!!≫
クリスがリリースに手を向けた。
憎しみと闇の力との反発が更に力を狂わせる。
しかし、クリスが放とうとした瞬間リリースが飛び掛ってきた。
リリースは馬乗りの状態になるとクリスの頬を何度も何度もなぐる。
クリスも声を漏らしながら反撃しようとするがその手はむなしく宙を掻く。
『このッ・・・』
リリースはクリスの首をしめた。
『馬鹿ルーンベルトが・・・。私が正気に戻るよう強いショックをかけさせてやる!!』
リリースは大きく息を吐くと、クリスの体に闇の力を送り出した。
辺りに黒い光と白い光が入り混じる。
『ああ、あああああああああ』
クリスが絶叫する。
クリスの体内で闇の力が拒絶反応を起こし、激痛が体に襲った。
しかし苦しいのはリリースも一緒だ。
リリースも自分の力をクリスに送っているわけで、長時間であれば死にいたることもある。
ものすごいエネルギーが二人の周りを渦巻く。
周りの木々を倒し、邪魂も、軍人達の哀れな遺体すら灰としている。
もう、クリスにもリリースにも何が起きているのか検討もつかない。
しかし、そのエネルギーの流れが突然変わった。
頭上で何やらバチバチと音がする・・・
黒き、渦が二人の真上で渦巻いている・・・。
リリースは、ふっとクリスに寄りかかった。
力を限界まで送りすぎて気を失ってしまったのだ。
≪私は・・・・何を――≫
クリスは動く事も出来ず、ただボウーっとするしかない。
しかし体が宙に浮いた・・・・
どうする事も出来ない、だけどこれは吸い込まれている。
黒い光の塊にどんどん近づいていく。
リリースより遥かに強い別の気の塊が・・・――
バチッ・・・。
次の瞬間、クリスの光の力とものすごいエネルギーがぶつかり合った。
『あ、ああ』
体が痛い・・・張り裂けてしまうかのように・・・
体から白い光が飛び交う。
過去の出来事がフラッシュバックとなってよみがえる。
怖い、痛い、やだ、助けて・・・
クリスは手探りで助けを求めるが誰も居ない。
しかし、クリスは見つけた・・・。
少しはなれたところでぐったりしているリリースを・・・
クリスは必死に手を伸ばし、リリースのコートを掴んだ。
自分の元へ引き寄せると、力強く抱きしめる。
ほぼ無意識だった・・・。
だけど反射的にリリースを守ってしまう。
・・・・エネルギーの流れが強くなった。
クリスは思わず顔をしかめる。
過去の記憶が・・・どんどん消えていく・・・
ラウンのことも・・・リニアの事も・・・
自分のことさえも・・・。
・・・次にクリスが目を開けたときは自分は‘鈴崎 愛”という名で
春花という親友を持ち、世間のいう平凡で幸せな毎日を過ごしていた・・・