第二十四話;雨の後で
ザァァァァァァァ・・・・
雷を伴う雨の中でクリスは血に染まったリニアの手をぎゅっと握り締める。
その表情は濡れた髪に隠れて見る事は出来ない。
『バカな女ね・・・自ら死を選ぶなんて・・・』
リリースの声はどこか哀れんでいるように聞こえる・・・
クリスは何も言わない・・・。
すると慌しい足音が聞こえてきた。
軍人達とディオが外の異変に気づき駆けつけたのだ。
『あ、あれは闇の姫・・・!?』
『バカいうな!!闇の姫は姫と同じ6歳だぞ!?6歳で敵軍にせめて来るなんて聞いたことがない!』
軍人達がリリースを見て戸惑いを隠せない様子だ。
ディオはそんな軍人達を手を出し静める。
そして血だらけになったリニアとその隣でピクリとも動かないクリスを見た。
『犠牲者が出た模様、闇の姫を囲め・・・』
ディオの命令に軍人達がざわつく。
『し、しかし相手は子供ですよ!?そ、そんな事・・・』
『犠牲者が出ているんだ、相手だってそれぐらいの覚悟があってここに来てんだろ。かまわん・・・殺せ・・・』
ディオの言葉に軍人達が一斉に顔を見合す。
しかしディオの言葉は姫・クリスの命令だ・・・逆らう訳にはいかない。
軍人達がリリースを囲もうとした時だ・・・。
『来るな・・・』
そんな低く冷気を漂わせる声が雨の音と共に聞こえてくる。
クリスがリニアの手を離し、ゆっくり立ち上がった。
『ディオ、勝手に何を言ってんだ・・・私はお前らに殺せとは言っていない』
クリスの6歳児とは思えない言葉使いに一同が黙り込む・・・。
クリスはドレスを引裂き動きやすいようにしてリリースを睨みつけた。
クリスの瞳にリリースの冷たい瞳が映る・・・。
殺しをためらわない冷酷な目・・・
どこか共通を感じるリリースの気・・・
だけど自分はこんな奴と違う・・・!!
『こいつは私が殺す・・・!!!もしお前らの誰かがリリースを殺して殺してみろ。お前らみんな死刑を言い渡すぞ・・・・』
クリスは剣を構えながらその場全員に聞こえるように言った・・・。
もはやその発言に返す言葉すらない。
リリースの仮面に隠れる口元がにやっと笑う。
『望むところだ・・・』
リリースがクリスに向かって駆け出す。
クリスキッと睨みつけ、駆け出した。
キーン・・・
光の剣と闇の剣と激しくぶつかり合う。
≪私のせいだ・・・≫
闇の剣をかわしながらもリニアの笑顔が脳裏に浮かび上がる。
≪私が・・・こんな奴に同情なんてするから・・・≫
クリスが歯を噛み締めながらリリースに攻撃を仕掛ける。
ディオはそんなクリスの様子をただじっと見つめた。
≪リニアさん・・・は・・・リニアさんは・・・≫
クリスの手にあのリニアから生気が薄れていく感覚が蘇る。
クリスは必死に涙をこらえた。
『あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
光の剣がリリースの首元めがけて突き進む。
リリースはさっと体制を立て直そうとするが仮面に光の剣が当たる。
パリーン・・・
リリースの仮面が地面に落ち、音を立てて割れる。
軍人からは、おぉという歓声が上がった。
『くっ・・・!』
リリースは顔をフードで隠しながらすっと後退した。
『き、貴様・・・闇の姫の仮面を剥がす事がどういう事か分かっているのか・・・』
『人の命よりそんな安物の仮面が大切なの・・・・?』
クリスはリリースの問いを無視して反対に問いかける。
クリスにだって分かっていた。
闇の姫の仮面を剥がす事は闇の国全体を敵に回した事になる。
つまり戦争の・・・始まりだ・・・。
『今日の所は引いてあげる・・・その時は覚えていろ・・・!!』
リリースは顔を隠しながらコートをひるがえしすっと消えた。
消え際にリリースのきれいな黒髪がチラッと見えたが顔までは見えなかった。
クリスの手から光の剣がすべり落ちる。
ディオはそんなクリスに上着をかけてやった。
『姫様・・・ご苦労様です。お怪我はございま・・・―』
ポタ・・・
ディオの手に雨とは違う生ぬるいしずくが落ちた。
クリスの身体が震え、嗚咽があふれ出す。
『うっ・・・うぅ・・・リ、リニア・・・さん・・・が・・・あいつに・・・』
クリスは目元を手で押さえ、必死に涙をこらえようとする。
ディオは上着をクリスの顔が隠れるように深くかぶせるとそっとクリスを抱き寄せた。
『雨が強くなってきました・・・戻りましょう・・・』
すっかり雨がやみ、きれいな月夜が見える・・・。
クリスはベットに顔をうずめ、止まらない涙を必死にこらえていた。
ついさっき、リニアの遺体は親元に引き取られた。
リニアの家族の悲しみがこちらにまで伝わって来た時、クリスは耐え切れなくてその場を逃げ出してしまった。
『リニアさんのバカ・・・!リニアさんにはお父さんとお母さんがいるのに・・・大切なものを持っているのに・・・なんで何もない私を助けるの・・・』
クリスの目から涙がこぼれる・・・。
クリスはリニアの優しい笑顔・・・いやたったひとりの友達を失ってしまった。
これもすべて・・・自分がリリースなんかに同情したせいだ。
クリスが悲しみにひたっていると突然ドアがノックされる。
クリスはビクッと震え上がり、さっとベットに丸くなった。
『姫様・・・ディオです。ここを開けてください・・・』
ドアの向こうからディオの声がするがクリスは身を硬くする。
『どっか行って!!!今は出たくない・・・―きゃア!!』
突然クリスの身体が浮いた・・・。
ディオがテレポートして部屋の中に侵入したのだ。
『なぜ戦いの時あんなにカンがよろしいのに他の事になると鈍くなるのでしょうか・・・』
ディオはハァとため息をつきながら、クリスを抱きなおす。
『やっ!離してよぉ!!』
『・・・‘イースト”・・・』
クリスがじたばたと暴れる中ディオは無理矢理テレポートした。
すっ・・・
二人が来たのは昼間リニアが花壇に何か隠していた場所・・・
ディオはクリスを降ろすとその箱に近づき、何やらあさり出した。
『姫様・・・リニアに何か命令しませんでした?』
『べ、別に・・・』
『そんなはずはないですよ』
ディオはあさりながらクリスの言葉を否定する。
『‘私に遊びを教えて”・・・そういったらしいじゃないですか。』
ディオの言葉にクリスはハッと思い出した。
初めて・・・リニアに出会った日、クリスは確かにそういった。
『リニアはその命令を受けたから城の経費を使わせてほしいなどと言って来ましてね・・・。城の経費は意外と少ないんだと言ったら自腹きってこんな物を買ったらしくて・・・』
ディオはそういうと箱の中から花火を取り出した・・・・。
雨に濡れ、ぐちょぐちょになりとうてい遊べない・・・。
『こ、これ・・・』
『姫様と遊ぼうとしたらしいですよ・・・‘夜に遊べる物”という事で・・・』
クリスはそのぐちょぐちょになった花火を受け取りぎゅっと抱きしめた。
どんな時でも自分を思ってくれたリニアが嬉しかった・・・
それと共にリニアと花火がしたかったという思いが溢れる・・・
しかし濡れた花火が現実をつきつけた・・・・。
『リニア・・・さん・・・』
クリスはあふれ出しそうになる涙をこらえる・・・。
ディオはそっとクリスにある物を渡した・・・・。
きれいな袋に入った・・・クリスが抱きかかえられるほどのちいさなテディーベアー。
『リニアの部屋から出てきました・・・・』
ディオの言葉を聴きながらもクリスはある事に気づく。
テディーベアーと一緒に入っている小さな手紙・・・
クリスは袋の中からその手紙を取り出した。
‘姫様へ”
‘このたびはお誕生日おめでとうございます。
花火は楽しんでいただけましたか?
姫様に喜んでもらえれば幸いです。
このクマちゃんは私が仕事で出張してる時、私だと思ってください。
姫様は何が好きなのか分からないので適当に選ばせていただきました。
気に入らなかったらすみません。
私は姫様と出会えて幸せでした・・・これからも姫様の側にいられる事を
心より願っております。
また、花火やりましょうね?
リニア・フレンテ”
『リ、リニアさんのバカ・・・私は、私はクマなんかよりリニアさんが生きて・・・ずっと、ずっと側にいてくれればそれで良かったのに・・・』
クリスの目から涙がぽろぽろと落ちる。
テディーベアーの入った袋に涙が伝った。
誰よりも大切だったリニアさん・・・・
誰よりも生きてほしかったリニアさん・・・
もう・・・側にいないリニアさん・・・
今、自分の手にあるのは濡れた花火とテディーベアーしかない・・・
クリスは座り込み大声で泣いた・・・・。
涙と嗚咽が止まらない・・・
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・ン』
・・・雨の後の大雨・・・
その後もクリスの心の雨はやむ事はなかった。
[数ヵ月後]
『姫様、お食事の準備が・・・―』
『いらん・・・』
『呪文のお勉強のお時間ですが・・・―』
『そんなもの・・・私一人で出来る・・・』
クリスは家政婦の言葉を無視して外に向かう。
あれからクリスは変わった・・・
少し前までは子供のような場面もあったがリニアの死以来、クリスは子供の姿をした大人のようにひにくれた少女になってしまった。
クリスからすればもうこれ以上自分の弱味を作りたくないのだろう。
また誰かを深く信頼してそれを失うのが怖いだけなのかもしれない・・・。
それは幼いクリスの不器用な周りへの気遣いだ。
『・・・姫様・・・』
家政婦達はそんなクリスの背中を哀れむように見つめた。