第十五話;邪悪な心
「あ、あのぅ・・・」
「なんだよ」
愛がおずおずと聞くと諒は見向きもしないで返事してくる。
そんな諒に対し、愛は周りを見渡しながら歩いている。
「やらなきゃいけない事って何?」
愛の言葉に諒がピクっと止まった・・・。
「お前ここに来てもまだ分からんねぇのか?」
諒はハァと大きなため息をつく。
ただ今の現在地はこの間クローゼ達と戦闘になったあの倉庫街・・・
愛にはここで何をやるかなど分かるはずもない。
「ここには人もいないし、この倉庫も後は取り壊すのを待つ身なんだ。」
「そ、それがどうかした?」
まだ分からない愛に諒はプルプルと振るえだす。
「ここで!呪文の練習すんの!!!!!」
諒の怒鳴り声が愛は思わず耳を押さえた。
「呪文の・・・れ、練習?」
「あたり前だろ!?おれが戦っている間はお前が一人になっちゃうのは避けられない。だからせめて攻撃呪文と防御呪文、あと瞬間移動の呪文ぐらいは・・・−」
・・・。
あれもこれもと増えていく呪文の数々・・・。
諒のボソボソと言った言葉の中で少なくとも10以上の呪文はあった。
それを今日中にすべてやるつもりの諒に愛は思わず引いてしまう。
「ご、ごめ〜ん私やっぱ用事が・・・」
そろ〜りと逃げ出そうとする愛だが、がしっと肩を掴まれる。
「逃げんな・・・」
諒の顔が鬼化している・・・。
<ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!>
「さぁて・・・」
諒が愛を隣に立たせて、説明し始める。
「いいか?おれがまずあの倉庫の前にある箱を消すからよく見てろよ」
愛は倉庫の前にある箱を見つめた。
この薄暗い風景の中、箱は本当に小さな点ぐらいしか見えない。
<この薄暗い中で、しかもあんな遠くに置いてある箱だなんて無理だよ>
失敗して気まずくなるだけでは・・・と思う愛に対し諒の顔には余裕の色さえ読み取れる・・・。
諒はすっと手を前に出した。
「‘セシル”!!」
しゅッ・・・諒の手から白い光が飛び出した。
その光は薄暗い夜を明るく照らす・・・。
そして・・・少し離れた所で爆発音がする。
愛はそこから目が離せない・・・。
煙の中に見える・・・かすかな炎・・・箱が見事に壊れ地面でぷすぷす燃えている。
「す、すごっ・・・」
「だろ?まぁこんなの朝飯前だけどな」
諒は鼻を高くしてえっへんっとばかり胸を張った。
愛はただ呆然と立ち尽くしている・・・。
<あんなの私が出来る訳ないじゃん・・・こんなの絶対無理・・・>
「・・・き?鈴崎ってば!!」
諒が呼んでることに気づき、愛は慌てて顔を上げた。
「は、はひ!?」
「次お前だよ。失敗してもいいから隣に置いてある箱、撃ってみ?」
諒は隣に座り愛を見上げている・・・。
愛はチラチラ諒を見ながらぎこちなさそうに手を前に上げた。
手のひらが溶けてしまいそうなほどに熱い・・・。
<きっと・・・出来ない・・・。でも・・・>
愛はじっと箱を見つめる・・・。
暗闇の中で、倉庫の前にある箱は何か黒いものがうずくまってるようにも見える。
愛にはそれが一瞬リリースに見えた・・・。
<リリースが私をみてる・・・>
リリースの手がゆっくり愛に向けられる・・・。
<私を見て・・・笑ってる・・・>
『死ね・・・』
リリースのそんな声が聞こえたかと思うと目の前に炎に包まれた城の風景が重なった・・・。
<殺してやりたい・・・殺してやりたい・・・>
愛の中に尋常じゃない感情が溢れてくる・・・。
今までの自分の感情などどこかに消えてしまったみたいだ。
<殺してやる・・・>
<あとかたもなく消してやる・・・>
手の熱が狂ったように熱い・・・。
どす黒い感情が愛の体の中を駆け巡る・・・。
<消えろ・・・!!>
愛がそんな事を思った時だ・・・。
手から光が爆散した・・・。
愛は思わず自分の出した光から目を背ける。
狂った光はどこまでもどこまでも伸びていき、ものすごい爆発音が響いた・・・。
愛が恐る恐る目を開けると目の前に箱はなかった。
否―この周りにある物すべてがない・・・。
さっきまで倉庫街にいたはずなのにそこにが巨大なクレーターが残されているだけだ。
愛はチカラなく座り込む・・・。
「わ、私・・・私・・・」
愛が呆然とつぶやいていると諒がいきなり愛の襟首を掴んできた。
その表情は怒りに震えている・・・。
「お前何やってんだ!!!もし、もしも人がここにいたら死んでたぞ!?自分の立場をもう一度よく考えろ!!!」
諒の言葉に愛はただ固まるしかない・・・。
愛は信じたくなくてひたすら首を横に振っている・・・。
たった今・・・自分でも分からないリリースへの憎しみがこの事故を引き起こした。
自分の中に眠る邪悪な心・・・。
人を平気で殺そうとした自分の心・・・。
それはある意味リリースと同じ心なのかもしれない・・・。
目の前で怒鳴りつける諒の姿も何か違うものに見えてくる・・・。
「私・・・化け物だ・・・。人を殺す・・・邪悪な化け物なんだ・・・。」
「す、鈴崎・・・」
涙ながらに語る愛に諒の手が自然と離れた・・・。
愛の体は地面へと崩れ落ちる・・・。
しかし・・・そんな二人を見つめる人影がクレーターの向こう側に立っている・・・。
長いかみのけを持つ少女・・・
高倉 涼蘭・・・
涼蘭は愛を見てくすっと笑うと・・・そっとその場から消えた・・・。