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 ……あ、チャキ? 私、私。

 ……毎度様です。ごめん、いま大丈夫?

うん、そう。

 ……チャキ、部活終わったんでしょ。

 うんうん。

 あ、そうなの?

 ……そっかそっか。

 うん。

 ……いや、会ってないって。

 ……チャキそればっかだよね。そんなに聴きたい? 私の話。

 ……チャキの話も聞かせてよ。聞きたいよ。

 ……うん。えへへ。

 ……でさ、お腹すかない? そう、軽く。軽く軽く。

 ……いや、あたし貧乏だもん。ちょろっとさ、寄ってかない?

  うん。ちょこっと。ほんのちょこっと。

  じゃあさ、チャキが場所決めてよ。

 ……うん。どこでもいいよ。

 ……私? いま? えっと、どこだここ。

  地名ったって、あー、うー。

 わかんない。学校まで? 二〇分くらいかな。学校まで行く?

 ……いいよ、うん。わかった。

 うん。じゃあ、うん。また近くなったら電話するね。はーい。うん。バイバイ。


 私はローソンの前にいた。学校から自転車で二十分くらい。店の前は、C経路っていう道路。正式名称じゃなくて、通称。CってことはAとBもあったらしいんだけど、町が大きくなったからなくなった、って聞いた。

 いつもどおり、猛烈な寄り道。

 私の場合、飛行機と違って搭載燃料の心配があんまりいらないし、喉が渇いたら、幸せなことにこうやってコンビニエンスストアがある。もちろん町を出て、どこまでも続く畑と、そこを貫く碁盤目の農道に入ったりしたら、大変だ。集落があっても、コンビニがあるとは限らない。最近はけっこう、集落のまんなかに、昔ながらの商店が鞍替えしたコンビニエンスストアがあったりするんだけど、まあようするに、私が暮らしている町は、空の玄関口とか北の護りとかカッコイイ言葉で飾ったとしても、ただの田舎。

 で、目の前の道路は、めずらしいことにコンクリートで固められている。ぱっと見、駐機場みたい。道幅は普通の道路とかわんない。けど、たまーに、ここをめずらしい車が走る。

 私はローソンのゴミ箱の横で、サイダーを飲んでいた。

 チャキは言う。

(よく炭酸飲めるよね、あんた。しかも500)

 飲めない方が変なのだ。これは価値観と好みと体質の違いだ。コーヒーを飲む人間の方が、私から見たら異常なんだよ。そもそも人間の味覚で、「苦い」ってのは、「これは毒だ」って認識なんだから。

 ちなみに、「酸っぱい」は「腐ってる」。でも私、酸っぱいものは結構好き。甘さ満点のミカンより、ちょっと堅くて酸っぱいミカンの方がおいしいと思う。これも価値観と好みと体質の違い。

 また話がそれちゃった。

 私はゴミ箱の横で、サイダーの500ミリリットル入りペットボトルを、座り込んで飲んでいた。暑かった。毎日暑い。太平洋が遠くないはずなのに、あまりその恩恵である海風が吹かない。吹いて欲しいと思うときに限って吹かない。そういうもんなのかな。

 目の前のC経路は、夕方、家路につく車だとか、軽トラックが走ってる。で、ここをたまーに通るめずらしい車っていうと、それは戦車だ。

 コンビニで立ち読みしてたら、やたらと地響き立てて、トラクターの化け物みたいな音を響かせ、ふと顔を上げたら戦車だった、なんてことは、このあたりの人たちなら慣れたものかも知れない。でも私はこのあたりの住人じゃないから、初めてあれを見たときは、戦争が始まるのかと一瞬びっくりした。

 飛行機は大好き。

 エアライナーも、好き。

 でもどっちかって言うと、戦闘機が好き。

 戦う兵器、人殺しの道具って顔をしかめる人も多いし、通の角を曲がれば自衛隊関係者と出会うようなこの町で、戦闘機は戦争の道具だへったくれと、至極まじめな顔をして離す教師が担任だったこともある。ああいう人間は、人間の心の機微にうとい私が見ても異常だ。時と場所を考えて言葉は口に出すべきで、だから彼は(彼って、その担任ね)、この町に赴任したからには、通ってくる生徒達の親や家族がどういう職業なのか、足りないシナプスをもう少しつなぎ合わせて考えるべきだったのだ。

 かわいそうな彼は、そのやる気満々な反戦平和主義授業の第二回目から、かなり直接的なボイコットに遭う羽目になった。私も参加した。ようするに、そいつの授業になったら、みんなで教室をこれ見よがしに出て行くのだ。教師が来る前に、ではなくて、教師が教壇についたら、それを見計らってみんな続々と席を立つの。

 ロビン・ウィリアムズが主演の古い映画で、寄宿舎に暮らす男の子達の物語があった。私はそれをチャキと図書館で観た。理想主義の教師と、純粋培養の生徒達。なにかを「創る」「表現する」ってことに目覚めて、「自由」を手にする悲喜こもごもを描いた物語だったけど、私はその映画のラストシーン、私が大のお気に入りになった、ちょっとなよっとした坊やが思いきって机の上に立ち、ロビン・ウィリアムズを呼ぶシーンで、悲しむべきことに感動できなかった。私たちがあの反戦平和主義教師にやったことを、なんとなく思い出したからだ。

 どこの世界に戦争をしたいって思う人間がいるんだろう。

 とある春の日、このローソンで私は立ち読みをしていて、ふと地響きに顔を上げたら戦車がいて、戦争が始まったのかと思った。でも戦争じゃなかった。

 戦闘機が空を飛んでいても、まあ慣れってこともあるかもしれないけど、カッコイイ、飛んでみたいって思うほかは、特に感情がない。けど、戦車は違った。どっからどう見ても戦車は戦車にしか見えず、あれを耕耘機だとか除雪車だと思うような頭の温かい人間がもしいたら、本気で脳の構造を疑うべきだ。

 剥き出しの敵意。

 戦車を一言で言えばそんな感じだった。

 私は「この春絶対オススメのトップス」特集を忘れて、雑誌を持ったまま、たぶん口を半開きにして、信号待ちをしている戦車を見ていた。

 戦闘機よりもリアルに、戦う道具だっていう雰囲気がプンプン伝わってきた。できれば私は物陰に隠れたいと思った。こういう感覚を平和教育っていうんじゃないかなぁとなんとなく思うんだけど、どうかな。

 話が猛烈にそれちゃった。

 で、気付けばサイダーのボトルは空っぽで、夏の日を浴びてテラテラしてるコンクリートの路面を見ながら、チャキとの電話のことを考えていた。

 なんで私がベースレグどころかダイバートにも等しい、私の家から遠く離れたローソンに時折出没するのかというと、ここでサイダーではなくコーラを買う人間の家が近いからだ。

 広司のバカたれの家は、このすぐ近く。

 セブンイレブンもあるんだけど、戦車を見たインパクトが忘れられなくて、私はローソンに来る。本当はセイコーマートがいいんだけど、残念ながら、広司の家からいちばん近いコンビニは、ここだ。

 そういえば、あの日私が戦車を見たとき、あのあと広司に私は興奮してそれを話した。

 ねー、私戦車見ちゃったよ。

 町んなか走ってるんだよ。

 戦争が起こっちゃったのかと思ったよ。

 ねー、どう?

 私はちょっとした自慢のつもりで話していた。だって、そうでしょう? 町の中をゴーゴーと走る戦車を見るなんて、なかなかあることじゃないでしょ?(当時の私の感想)

 したら、広司のバカタレは、

(あーそう)

 これで終わった。

 私はそんな広司の反応が猛烈につまらなくて、猛烈に残念だったんだけど、よく考えたら、私はいつも、やれF-15だ、ブルーインパルスだ、アグレッサーだといいだけまくし立てるわけなんで、広司にしてみれば、そういう話の一環だと思って、

(あーそう)

 という至極真っ当かつ当たり障りのない返答をしたのだ。

 でも私にとって、F-15がセンタータンク1本にAAM-4を2本って装備で、ランウェイ36Rからステージ5のフルリヒートでハイレートクライムを食らわされるより、ローソンで立ち読みしてたら戦車が目の前を通過したってことの方が、人生的には一大事だったのだ。

(あーそう)

 のあと、とどめを刺すように広司は少年サンデーを読み始め、私は奴の隣で手持ちぶさたの局地に陥った。仕方ないので、気を引こうと広司に密着ししたり、奴の肩に頭をのっけるという、私らしからぬ行為をしてしまった。結果、広司の沸点はあっけなく訪れ、少年サンデーは床に転がり、その後はご想像にお任せ状態である。

 チャキに言わすと、私は気まぐれで、好き嫌いが激しくて、ようするにニャーよりずっとネコみたいな性格なんだそうだ。

 食べ物屋をやってる割に、チャキの家にはネコがいる。食材に恵まれているからか、チャキの家のチコという名前のトラネコは、太ってはいないけれどやせ細ってもおらず、人にこびを売らない、しなやかなにらみ方をする。チャキの目に似ている。チャキも人にこびを売らない。ひたすらゴーイングマイウェイである。私なんかよりずっとチャキの方がネコだと思うんだけど、そのチャキにネコっぽいと言われるということは、たぶん私は犬よりネコなんだろう。

 犬はグループで生活する動物。

 ネコは単独で行動する動物。

 飼い犬は、飼い主をリーダーだと見なして、忠実になる。

 飼いネコは、飼い主がいるのに野性を失わない。でも、お腹が空いたり退屈なときは、それこそ考え得る限り最高のかわいさで、飼い主に迫る。

 以上もいつぞやチャキに言われたこと。

 私にことを言ったのではないと思うけど、ジンジャーエールを飲みながら(あれはたぶんどっかのファストフードの店だ)、私はだまっていた。あー、当てはまるかなぁと。

 広司は好きだ。

 だから付き合ってる。

 付き合いはじめたのは、去年の学校祭のとき。

 やっぱり同じクラスで、学校祭のクラス展示を一緒にやることになり、なんとなくしゃべるようになって。

 最初、私は広司の声がいいと思った。最初に好きになったのは声。

 それから背中。中学ではバレーボールをやってたとかで、たくましい背中をしていた。だから後ろ姿が初期のイメージだ。

 みんなは信じないかもしれないけど、私は結構異性に対しては奥手な方で、自分から積極的に仲良くなるなんてできないタイプ。だけど、広司の場合は違って、なんか感じるものがあったんだと思う。閉鎖された「クラス展示の準備作業」って空間も関係してるかもしれないけど、学校祭の前夜祭では一緒にフォークダンスを踊ることになり、後かたづけでは、大量のゴミを私が仕分けして、広司がゴミ捨て場まで運んで、最後は一緒に帰った。帰り道、広司に告白をされた。生まれて初めてだったから、これは何か悪い夢だとか、だまされてるとか、そんな冷静に考えることもできず、少女マンガみたいに私は真っ赤になって頷いたのだ。それがきっかけ。

 広司と私では、価値観が違う。

 でも似てるところもある。

 私は空っぽになったサイダーのボトルをゴミ箱に入れた。

 そう、私はサイダーが小さい頃から好き。夏でも冬でも、いつでもどこでも、これがあると嬉しい。

 で、広司のバカタレはコーラが好き。

 お互い不健康だけど、炭酸好きってのはポイントだ。

 これで、私が緑茶以外はまったく飲まなくて、広司がコーヒー党だったらもう終わりだ。

 小さいことだって?

 確かにそうだよね。

 だけど、こういう小さいことも大事。

 私はそう思う。

 でも、決定的に私と広司で趣味が合わないのは、飛行機だ。

 広司も、F-15とMiG-25の区別がつかない。

 男の子でこの町に生まれ育ってるから、飛行機を好きになる(か、あるいは大嫌いになる)要素は持ってるはずなのに、広司は同じエンジンがついていても、地上を走る乗り物に興味があるようだ。私は地上をタイヤで走る乗り物がよく分からない。トヨタの車と日産の車の区別がつかない。

 で、お互い暗黙の了解になったのが、

 私は飛行機の話を無理して話さない。

 広司は車の話を無理して話さない。

 これ。

 でも、私は飛行機、広司は車、その話題を取っ払うと、けっこう黙ってる時間が増えてしまう。

 難しいなぁーって思う。

 わざわざ無理して共通の話題を作らなくても、学校の話とか、部活の話とか、お互い共通じゃない友達の話とか、そういうので全然困らないんだけど、きっとお互い、趣味まる出しの話をしたいと思ってるに違いない。

 私は立ち上がる。

 チャキとの約束をした場所は、実はここから二十分もかからない。学校までは二十分くらいだが、近道をすれば、チャキとの待ち合わせ場所までは、私の足と自転車を使えば、十分ちょっとで着く。

 私はローソンの窓に自分を映して、髪が乱れていないか、制服はどっかヘンじゃないか、一通り点検した。

 だって、チャキ、めざといんだもの。


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