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 なんかの兵器かってくらい、スティンガーとか携SAMとか、そういうのに見えるみたいな、バカでかいレンズを構えたマニアのみなさんがいた。みんなレンズを空に向けていた。

 爆音。

 私にはすっかり耳慣れてしまっている音。

 小さいときから、ずっと聞き慣れている音。

 実際のところ、音を使った拷問ってのもあるそうだ。私にはそれがわかる。毎日のように、この爆音を聞いていると、いまいましく思うときもあるんだ。でも、その爆音の主を、「見たい」って思って見上げているとき、私は暴力的な音を、なんとなく気持ちいいなんて思ったりする。あんまり人には言えないけど。

 F-15の機動飛行が始まった。

 空港側のトラフィックがあるから、ここの機動飛行は、たとえば百里とか、そうした場所と比べたらおとなしいって話も聞く。でも、19Lから離陸していくボーイング767あたりと比べたら、そう、旅客機は空中に止まっているように見える。戦闘機は離陸からして圧倒的な力に満ちていて、主翼が空気を切り裂くと、そこが白いヴェイパートレイルになる。

 カメラの放列が戦闘機を追う。ちょっと、そのでかいレンズが邪魔。だって私は背が低いんだ。隣の広司がうらやましい。ちらっと見たら、手のひらを額にかざして、目を細めていた。私もおんなじかっこう。まぶしかった。その中、二機のF-15が舞う。急旋回する機体、エンジンノズルからは、オレンジ色の炎が太く伸びる。アフターバーナー。こうなると、隣に並んで立っている広司とも、会話ができなくなる。空には、雷鳴のようなエンジン音が響き渡っている。

 広司が言ってた。

 専門誌の言葉を借りると、「北の護り」に就く「最精強部隊」が居を構え、小中学校では転校生がやたらと多くて、コンビニから出て顔を上げるとギヤダウンしたF-15が見られる街に住んでいながら、間近でF-15を見るのは、今回が初めてだって言う。

 ちょっと意外だった。

 私の場合は特殊だけど(しかも相当に)、この街に住んでいたら、しかも男の子だったら、一度や二度、航空祭に来ていてもおかしくないんじゃないかな、そう思った。たとえば、戦闘機を持っているだけで戦争になっちゃう、みたいな、親が相当リベラルな考えの持ち主なら別だけど、広司の家ってそうだったんだろうか。だったら、今日ここに連れてきたのはまずかったかな、なんて思ったら、

(ウチはほら、親が土日も仕事だからさ)

 って答えられた。そういうことか。航空祭は八月の第一日曜日って決まってる。

 日曜日。

 だから、日曜日も仕事って人は、来られない。私がアルバイトしてるコンビニの雇われ店長だと、まず無理だと思う。

 だったら確かに、広司みたく飛行機にまるで興味がないって人種は、連れてこられないかぎりこういう場には顔を見せないはずだから、いまのいままで戦闘機を間近に見たことがないってのもあり得るのかなぁ、そう思った。

 興味がないって言っていたわりに、広司は機動飛行を続けるF-15から目を離さなかった。それがちょっと嬉しかった。なんで嬉しいのかわかんないけど。私か飛ばしてるわけでもなければ、私の知り合いが乗っているわけでもなかったから。

 なんで戦闘機が好きなの?

 よく訊かれるし、広司にも頻繁に訊かれる。どうして、旅客機じゃないの?

 旅客機が嫌いってわけじゃないんだ。ただ、純粋だから。だから好きなんだ。こうして見上げていると、それはますます強く思う。いろいろしがらみがあって、下から思っているほど飛行機は自由に空を飛んでいるわけではないんだけど、それでも、垂直に、真っ青な空へ突き進んでいくF-15を見上げていると、なんて自由なんだろう、なんて、圧倒的なんだろう、そう思う。

 パイロットのインタビューとか、空モノの本を読んでも書いてある。

 一人で飛べること。

 腰から上が空っていうキャノピーから眺める空や、夜景が息を飲むほどに美しいこと。

 きっと、本当にきれいなんだろうって。

 もちろん、戦闘機は飛行機であると同時に戦うマシンであって、とりわけいま私の上空で舞っているF-15は、私が生まれるずっと前に生まれてからいまのいままで、空中戦で撃墜されたことが一度もないっていう、世界最強の飛行機。飛んでいるものを、望めばすべて撃ち墜とすことができるように作られた飛行機。そういうことを考えると、危うい気がする。

 だけど、なんだかそういう部分もひっくるめて、全部が好きだった。

 上手くいえないけど。

 どっかで読んだ本に、やっぱり書いてあった。

 誰にでも優しい奴は、等しく誰にも優しくなかった。

 なにかがあれば、相手をこの世から消し去るような冷酷さを持って、それはもちろん、相手から自分自身が消される可能性もはらんで、そうした部分を両立させている存在が、優しいんだってこと。

 それと戦闘機を結びつけるのは安直なんだろうけど、私にはその言葉がなんだかすっと沁みてきたんだ。

 出会ったすべての人に優しくすることなんてできない。

 特定の誰か、それは一人じゃなくて、少数の何人か、その人たちに対して、優しくすること、それがいちばんいいんだ。そして自分も、その少数の誰かから、優しくされていたい。

 私は見上げることしかできない空を、縦横に飛び回るF-15を眺めながら、パイロットのことを考えた。たとえば私は、命令されたとして、この街に爆弾を降らせようとしている飛行機を、指先ひとつの動きで撃墜することができるんだろうかって。私はパイロットになるつもりもなくて、そもそもこの視力は私に空で仕事をする機会を与えてくれないんだろうけど、でも、例え話、誰かを守るために、誰かを殺しちゃうことってできるんだろうかって思う。

 そんなのわからない。

 隣の広司は、どうなんだろう。

 私は、誰かにずっと守ってもらいたいって願望がない。四六時中そばを離れないSPのように、たとえば広司にずっと守ってもらいたいとは思わない。正直、それはうざったいんだ。それに、四六時中誰かに狙われるような生活を私がしているわけでもないし。

 でも。

 広司は、私が誰かに狙われたとしたら、命を張って守ってくれるんだろうか。

 逆に。

 広司が誰かに狙われたら。私は広司のことを、身を挺して守ろうとするんだろうか。

 私は視線で追いかけていたF-15から、ふと足許にくっきり落ちている自分の陰を見た。午前中だけど、真夏の太陽はまぶしくて、エプロンの照り返しはきつくて、汗っかきの私はもうじめじめしていた。視線を落しながら、考えた。

 私は、広司を、守りたいと思うんだろうか。

 広司は、私を守りたいと思うんだろうか。

 ねえ、と訊こうとして、やめた。

 機動飛行を終えたF-15が、コンバットピッチで滑走路に進入しようとしていた。

 広司を見た。

 私と同じで汗っかきの彼は、フェイスタオルで首筋をぬぐっていた。

 用意がいいなぁ。

 私は長袖でそっと、頬に流れ出した汗をぬぐったんだ。



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