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 期末試験が全部返ってきた。私は危うくエリミネートされるところで、まあようするに短期集中の試験勉強がなんとなく功を奏したのか、赤点はなかった。けど、理数系科目は、あまり人に見せられるような点数じゃなかった。英語と地理なら見せて自慢できるんだけどね。

 試験が終わって、教室はだらだらしてた。浮き足立ってる雰囲気は、もうすぐ夏休みだから。夏休み、どこへ行こう? 私は行くところがない。どこへ行こうにもお金がかかるんだよ。海へ行くにしても、太平洋……苫小牧へ行くのがいちばん近いんだけど、気分的には日本海……石狩だとか小樽へ行きたい。でも遠い。

「そんなの、快速に乗ればすぐじゃない」

 ミャーが笑った。

 もともと私は出たがりじゃないのかもしれない。そのくせ空を飛びたがっているんだけど、電車に乗ってまで海で泳ぎたいってあんまり思わない。

「飛行機ならいいわけ?」

「飛行機ならね、乗りたい」

「乗ればいいじゃん」

「高いでしょ。しかも混むし。それにさ」

 午後の教室。窓際の私の席。対面にミャー、隣にニャー。チャキは真っ先に演劇部の部室に行っちゃった。

「それに、なに?」

 ミャー。

「旅客機って、なんか飛行機って気がしない」

「有理乗ったことあるんだもんねぇ、いいよねぇ」

「あれってさ、貨物機だよ貨物機」

「なにそれ」

「貨物を運ぶ飛行機」

「そのまんまじゃん」

「知ってた? ボーイング747ってさ、旅客機として採用されなかったら、あれ、輸送機にするつもりだったんだよ」

 私が言ったら、ミャーがちょっと寂しそうな顔になった。

「また始まったもんなぁ。夢がないなぁ。私は飛行機乗りたいなぁ。その、有理が言うところの貨物機でいいからさぁ」

「C-130とかC-1なら、私も乗ってみたいけど」

 と私。

「なにそのシーひゃくさんじゅうとか、シーワンって」

 ミャー。

「輸送機」

 ニャーが言う。

 私はびっくりしてニャーのネコっぽい顔を見た。

「なんであんたそんなことしってんの?」

 ミャーが訊く。

「まあ、有理んとこほどじゃないけどさ。うちの親もまあ、そういう仕事だからさ」

「ああそうだっけ」

 ああそうだ。ニャーの父親も、航空団基地で働いてるんだった。知っててもおかしくないかな。でも、ニャーって、F-15とMiG-25の区別つく人だったかな。

「ニャーどうさ、輸送機だったら乗ってもよくない?」

 私はなんとなく水を向けてみた。

「いいよ。私は快速で」

「?」

「海行きたいなぁ。有理、どう? ドリビー、今度一緒に行かない?」

 小樽ドリームビーチ。どこで降りたら近いんだっけ。一回行ったっけ。銭函で降りるんだっけ。星置で降りるんだっけ。忘れた。

「遠いなぁ」

「遠くないって。快速で一時間くらいでしょ」

「一時間かけて海に行く気がしないんだって」

「なんだよ。つきあい悪いなぁ。夏休みもコー君コー君?」

「私はノッチとは違います」

 ノッチは授業が終わるとさっさといなくなってしまった。ノッチの席にはユーカが座っていたけど、ずっと黙って観光雑誌を読んでる。「るるぶ京都」。

「ユーカさあ、いつまで読んでるのさ。それ、去年のでしょ」

 ニャーがのぞき込む。

「しかも、まだ二ヶ月も先だし」

「いいじゃない別に。せっかく試験も終わったんだからさ」

「ユーカ夏休みどこ行くの? どっか行くの?」

 ユーカは京都の飲食店がずらずら並んだページから顔を上げた。

「釧路」

「釧路?」

「なんで釧路?」

 ミャーとニャーがたたみかける。

「おばあちゃんの家があるから。ってもお盆だけどさ、行くのはさ」

「ずっと先の話じゃん」

「ねぇ海行こうよ。海海」

「苫小牧じゃダメなの?」

 ユーカが訊いた。

「せっかくだからさ、ドリビー行って、帰りは札幌の街寄っていこうよ」

「あんた体力あるよね」

 ミャー。

「全然平気だって。あたし去年平気だったもん」

「朝何時から出るの」

「ええ、七時くらい」

「えっ、ダメダメそんな早い時間。疲れるって」

「疲れないって。行こうよぉ」

 ニャーがだんだんだだっ子みたいになってきた。

「あんたバイトとかはしないの?」

 私が訊いてみた。

「短期がね、なかなかないのよ」

「ちゃんと探してんのあんた?」

「探してるよぉ」

「私のバイト先、紹介する? いま募集してるんだよね」

「短期じゃないでしょ」

「ああ、長期」

「無理だって。部活あるし」

「あんたほとんど幽霊じゃん」

 ミャーがニャーの肩を叩く。ニャーが口をとがらせた。これがノッチだったらとてつもなく嫌悪感を抱くところだけど、ニャーが口をとがらせると、怒ったネコみたいだから許す。

「でさ、有理本当に海行かないの?」

 ミャーが訊いてきた。海へ行かない? こんな話は、最初言い出したのはミャーなのだ。それにうまく乗っちゃったのがニャー。ユーカはずっと京都と奈良に意識が飛んでるみたいで、話に乗ってこなかった。

「いや、別にそこまでして行きたくないわけじゃないんだけど」

「じゃあ行こうよ」

「暑いじゃない」

「そりゃ夏だし」

「水着持ってないし」

「学校の授業で使ってる奴でいいじゃん」

「スクール水着で行けっての?」

「平気だって別に」

「一人で浮きそう」

「ああ浮くかもね」

「溺れなくていいんじゃない?」

「いやニャー、浮くってそういう意味じゃないし」

「いまの上手かった」

 ユーカが雑誌を机において笑った。

「有理はどうすんの。夏休み。なんか予定あるの? コー君?」

 ミャーが訊いてくる。

「別に、なんも予定はないけど」

「また」

「てか、お金ないし」

「ハイトしてるんでしょ。あたしより絶対金持ちだって」

 ニャー。

「バイトすればいいじゃん」

「バイト先が見つからないんだって」

「探してないんじゃない」

「確かに探してないかも」

「素直だね」

「海行こうよ」

「分かったって」

「おっ、行くの?」

「行くの行くの?」

 ニャーとミャーが同時に言う。

「分かったって」

「でもさ」

 ニャー。

「有理さ、航空祭行くんでしょ、どうせ」

「ああ、航空祭ってのがあったなぁ」

 ミャー。顔をしかめてる。

「行くと思う」

「思うっていうかさ、絶対行くでしょ」

 ニャー。

「あんたは行かないの?」

「あたしは、あんな、暑いの嫌だから」

「海だって暑いじゃない」

「海ん中入れば暑くないでしょ」

「航空祭だって、格納庫の中は涼しいよ」

「いやぁ」

 ニャー。

「涼しいっていっても、限度がねぇ。あれは暑いって」

「そんなに暑い?」

 ミャー。あれ、ミャーは航空祭行ったことないのかな。

「ミャー、行ったことないの?」

「航空祭?」

「うん」

「ないよ」

「ないの?」

「ないねぇ。ニャーはあるの?」

「まあ、親の関係で」

「今年は行くの?」

「しばらく行ってないかなぁ」

「なんで」

「有理くらいさ、飛行機マニアならさあ、行ってもいいのかもしれないけど、あたしにはちょっとねぇ。だって暑いし」

「楽しいじゃない」

「それはあんただけだって」

「そうかな」

「まあ、ブルーインパルスくらいは」

「なにブルーインパルスって」

「見たことない? こう、スモーク曳いてさ、ごーって、アクロバット飛行」

「ああ、あるある。テレビで」

「あれはね、けっこういいと思うけど」

「ほかは?」

「暑いだけ」

 私はなんとなく居心地が悪くなった。

「日陰ってものがないんだもの」

「だから格納庫があるじゃない」

「なんかさあ、仮にもあそこは仕事場でしょ。そういう場所で、なんかこう、休みづらいっていうか」

 ニャーが言う。ちょっと伏し目がち。

「へぇ」

 私。

「なによ」

 ニャー。

「そういう考え方するんだ」

「なんかヘン?」

「ぜんぜん」

「ようするに、日陰がないわけね」

 ミャー。

「確かに、まあ、日陰らしい日陰はないかなぁ」

 私。

「でも、行くんでしょ」

 ニャー。

「まあ、たぶん」

「いつだっけ」

 ミャー。

「八月の第一日曜日」

 私。

「八日だね」

 ニャー。

「まだ先だぁ」

 ミャー。

「うん」

 私。

「それよか、海行くぞ海。有理、行くぞ」

 ミャーがやたらでかい声で言った。

「わかったって」

「スクール水着でいいから、行くぞ。有理、海行くぞ」

「わかったよ」

「なんならみんなスクール水着で行くぞ」

「やめてよ」

 ニャーがケタケタ笑った。

「ジャージで駅に集合だ」

 ミャーがやけくそ気味に言う。

「絶対嫌だ」

 ニャーが爆笑した。


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