11
期末試験が始まった。
私はめずらしく図書室に行った。ちょっとはまじめに勉強してやろうと思ったんだ。だけど、おんなじ目的の奴らが、どこからともなく湧いてきて、図書室は暑くなった。温度が、というより、体感温度的に。微積の問題集を開いて、このあいだの小テストで見事撃墜された範囲を、今回集中的に勉強してやろうと思った。でも、図書室の人口密度と反比例して、私のやる気は一気になくなった。
いつだって私はいいわけを用意しているような気がする。誰でもそうなのかな。自分に対しても、他人に対しても、まったくの妥協を許さない人って、いるのかな。きっといるんだと思う。たとえばじゃあ、私がいつも憧憬のまなざしを向ける、パイロットはどうなんだろう。私は席を立った。
いま時期、図書室は巨大な勉強部屋に化ける。だから、蔵書に手をつける生徒はそんなに多くない。だから書架の下には、かえって普段より人がいない。私は書架の間を抜けて、漱石とか太宰とか、そうした文豪たちの全集が並ぶエリアも素通りして、ノンフィクションのコーナーに行った。
土地柄、というわけでもないんだろうけど。この学校、飛行機関連の図書が意外に多い。もちろん、大きな書店の趣味的コーナーと比べると、背表紙がぐっとお堅い。私が図書室を利用する可能性があるとしたら、いま私の目の前に並んでいる、「ジャンボ・ジェットを操縦する」とか、「機長のかばん」だとか、そうした背表紙に、毎月一冊ペースくらいで新刊が加わるときだ。いまある本は、だいたい読んじゃった。図書カードを抜いてみればいい。チャキだってちょっとは私を見る目が変わるはずなんだ。
「機長の決断」。この本を校内で二番目に借りたのが私。
「墜落の夏」。この本を校内で三番目に借りたのが私。そうだ、この本、最後まで読むのが辛かった。いろんな意味で。
目が乾いてきた。
いいわけのことを考えてみる。
パイロットはいいわけするだろうか。いいわけが許されるだろうか。妥協が許されるだろうか。
バイト先に、三十目前のフリーターの兄ちゃんがいる。聞けば、北大を卒業しているらしい。私は訝しむわけだ。なんで北大出て三十目前で、セブンイレブンなのか、と。すると、いいわけが始まる。いやね、司法試験って分かる? 弁護士とか、検事とか。検事って分かる? 刑事じゃないよ?
私も人のことは言えない。夕方から深夜加給がつく直前までのシフトばかりだけど、レジにはいるのが何となく苦手なので(この時点でいいわけだ)、陳列棚のフェイスを直したり、バックルームにこもってコーラの缶を並べたりしてる。もっとも、期限切れのお弁当を確保しておいて、それを持って帰る件の兄ちゃんよりはずっと真っ当だと思ってるけど、結局私も仕事をしながらいいわけをしている。
中学のとき、部活で二年上だったひとみ先輩ってのがいる。なんと看護学校に合格して、看護婦さんを目指してる(あ、看護師って言わなきゃならないんだっけ)。私は無理だと思った。いや、ひとみ先輩が看護婦さんになれるなれないじゃなくて、私には看護婦は絶対に無理だなって。
たとえばね、私は高校生のバイトだから、発注なんかはほとんどやったことがないんだけど、私がコカ・コーラの350ml缶を、間違って100個頼んじゃったとするよね。1000個でもいいや。するとまあ、きっとあの検事だか弁護士だかを目指してる兄ちゃんか、店長かオーナーに私は叱られる。発注が多すぎるって。だけど、バックルームをコーラが埋め尽くすだけで、別に誰が死ぬわけでもない。いっそ広司に全部買ってもらえばいいくらいだ。
でも、看護婦さんとかパイロットは違うような気がする。
注射のアンプルを間違えたら。投薬量を、5でいいとこ50投与したら。
タワーがゴーアラウンドって言ってるのに、聞き漏らして強引に滑走路に突っこむパイロットがいたら。チェックリストを空チェックして、ピトーヒーターオンってのをすっ飛ばしたがために、対気速度計が正常に動かず、あげく機体を失速させて、凍り付いた川に飛行機を墜落させたら。
そんな職業、私にはできない。
なにより、いいわけどころじゃない。判断ミスで人が死ぬ。
私は書架の前で、「壊れた尾翼」って本の背表紙に左手の人差し指をそっと触れて、著者名をなぞっていた。
誰かのミスで、誰かが死んじゃう。
そういう、危ういシステムの上で、私は生きてる。もしかして、私みたいにいいわけを積み重ねて生きてるような奴が操縦桿を握ってて、いいわけを考えるいとまもなく主翼が揚力を失うような操作ミスをしたら、私の家も私の家族も私自身も近所の人たちも、一瞬でバラバラにされちゃうかもしれない。風邪を引いて病院に行って、間抜けな医者と看護婦さんがいたら、注射を打たれた五分後には突然死んじゃうかもしれない。あんまり考えたくない。そんな人ばっかりじゃないって思うけど。
でも、私はいいわけをして生きている。妥協をして生きている。たまにそんな自分が嫌になっちゃう。そういうのが嫌で、期末試験の答案用紙が返ってきたとき、いいわけをしなくてすむようにと、図書室に来たのに。私は書架の前で飛行機の本を左手でなぞってる。
私は、ささやかに生きていければいいと思ってる。チャキだったか誰かに話したら、十代のくせにどったらたこったらとずいぶんやりこめられた。消極的な意味に聞こえたのかもしれない。でも違う。私は最小限のいいわけで、最大限誰にも迷惑をかけず、生きていきたいと思ったんだ。パイロットになりたくても、私は目が悪くて無理。看護婦になりたくても、私はもう、注射針を見ただけで全身に鳥肌が立っちゃう。少なくともこのふたつの職業には、私の適性がうんと言わないから、判断ミスで誰かを死なせちゃうことはないと思う。でも、命を預からなくても、誰かの時間を無駄にしちゃうとか、そういうのはあるかもしれない。いままでもあったかもしれない。そういうのって、嫌だなって。気付いたときはもう遅くて、ベッドの中に入ってから、悶々と後悔の嵐だったりする。
いいわけ。
後悔。
すっごく消極的な言葉。
ゲームのボーズみたいに、いっとき時間を止めて、考える余裕があれば、私のいいわけも減るかもしれない。そう考えてる自分が、猛烈に嫌になった。
私は書架の前を離れた。
静かに図書室はざわめいてる。誰もはっきりとしゃべってないけど、シャープペンがノートになんか書いてる音とか、誰かのため息とか、参考書をめくる音とか、ときどき廊下の向こうから聞こえるバカ笑いとか、そういうのをため込んで、放課後の図書室はしずかにざわめいてる。
こういう場所と私。似合ってない。
観察してる自分がいる。
おとなしく、机に戻んなよ。
叱責してる自分もいる。
でもね。
ほら、いいわけが始まる。
凶悪。
いろんな意味で。
空は、めちゃくちゃに晴れている。
雲が本当にもくもく、そんな感じで浮かんでる。で、雲が動かない。風がない。
暑い。
目をまともに開けていると、涙が出そうなほど、太陽がまぶしい。
道ばたでハンゴウソウの黄色い花が咲いている。でも揺れない。風がない。
凶悪。ようするに暑いのだ。
そして、恐怖の微積の試験が終わった。文字通り、終わった。何問正解を書けたのか、自分でさっぱり分からない。そういうときって、だいたい不正解を延々書いていることが多い。正解を書いたとき、ペンの先から左手の人差し指をつたって、なんだかわけのわからない自信が来る。それが今回はなかった。
地理は、きっと満点に近いと思う。分からない問題が一問もなかった。
生物は、どうだろう。たぶんいい感じ。
世界史は、王朝の名前が途中からわけがわからなくなって、撃墜。
そんな感じ。
試験も凶悪。
チャキはどうだったんだろう。試験期間中、チャキと放課後顔を合わすことがなかった。あの子の場合、図書室は本を借りるところで、勉強をする場所じゃないんだ。私が逃避したみたいに、試験期間中になると図書室に行きたくなるタイプじゃない。あの子はまっすぐ家に帰って、酢飯の匂いを嗅ぎながら、じーっとものすごい集中力で試験勉強を進めたんだ。
ニャーは一科目が終わるごとにニャーニャーわめいてた。ミャーは静かだった。私の背後のノッチは、いちいち試験が終わるたび、「よしっ」とかわいくつぶやくもんだから、私はうっとうしくて仕方がなかった。はいはい、どうせ彼氏と仲良く勉強したんでしょ。
「有理」
最後の科目、まったく勉強しなくてもいつもまともな点を取れる現代文が終わって、ユーカに声をかけられた。
「どだった?」
「どだったって、なにがどうだった?」
「試験」
「現文の?」
ペンをペンケースにしまいながら私が言うと、ユーカはなんとなく面白くなさそうな顔をした。
「全部」
ユーカは席を立ったノッチの机に寄りかかった。
「さあ。半々、よりはできたかな。そういうあんたはどうなのさ」
「まじでやばいって」
そう言いながら、顔が笑ってた。あきらめの笑いなのか、自信なのか、よく分からない。
「できたの?」
「さあ。わかんないって」
「お勉強、したのかな」
「そこそこ」
「ふうん」
ジェット機のエンジン音が聞こえる。試験中、ほとんど外を見なかったから、風向きを気にしなかった。私もある程度集中してたのかな。飛行機の音も、いま初めて気がついた。音からして、きっと着陸。ILSランウェイ19R、ってとこだと思う。
「なんかさあ、気が抜けちゃった」
ユーカはそのままノッチの席に座ってしまった。ホームルームが始まるよ。言おうと思ったけど、まだちょっと時間があった。
「そんなにあんた気合い入れてたの?」
「さあ。入ってたんじゃないかなぁ」
「そう見えない」
「有理もね」
「私は、まあ、いいわけ大好きだから」
「なに?」
「いいわけ。できなかったときのいいわけ。いつもそればっかり考えてる」
「後ろ向き」
「そうかな。前向きだと思うけど」
「どこが」
私は居住まいを正すように、ちょっと曲がったネクタイを直した。
「できなかった。理由があるわけじゃない」
「うん」
「理由をね、明確にしておけばさ、次からは注意するでしょ」
「うん」
「それをね、他人はいいわけって言いたがるわけ」
「いいわけじゃん」
「理由付け」
「有理そういうのうまいよね」
「そういうのって」
「コー君はどうだったの?」
いきなり喉に炭酸がはじけたような気がした。
「は?」
「試験中は会ってないか。さすがに」
「ノッチくらいでしょ。試験中も四六時中一緒なの」
「あいつそうなの?」
「もうねぇ、うるさいんだ。試験中。聞こえない程度にぶつぶつぶつぶつ。あ、ここ一緒にやったとこだ、やったぁ、とかさぁ。ユーカもいっぺんノッチの至近距離に座ってみればいいんだよ」
「そうなのか」
「そうなんだ」
と言っていたら、本人が帰ってきた。ユーカ、立ち上がる。
「ノッチ」
ユーカが呼んだ。
「なーに?」
キモイ。同性にまで媚びるんじゃない。何となく、テレビタレントで女の子に嫌われるアイドルってこんな感じかなって、思った。
「ノッチどうだった? 試験試験」
「えー」
すでにノッチの右手人差し指が、彼女のかわいらしい頬に当てられている。お前、鏡の前でいつも練習していないか。演劇部に入ったらどう?
「英語は、よかったんじゃないかなぁ」
語尾を伸ばすな。
「英語って、リーダー? グラマー?」
「両方。けっこう勉強したもん」
「誰と?」
ユーカはこういうことを平気で言う。でも、チャキよりとげがないのは、ユーカだから。きっとそう。言葉は使う人によって、鋭さが変わる。
「誰って、アツシ君と」
アツシ君。よくまあ名前を呼べるもんだ。ってこれは私も人のことはあまり言えないか。
「松崎はできたって?」
マツザキアツシ。ノッチの彼氏。隣の隣のクラスにいる。顔は何回も見てるけど、話をしたことは一度もない。広司のバカタレはどうだろう。マツザキアツシと話をしたこと、あるんだろうか。今度訊いてみよう。
「んー、できたって言ってたよ」
「仲良しでいいこと」
ユーカが言うと、ノッチは照れたように笑った。こいつは善人なんだ。こういうのを天然っていうのかもしれない。幸せなタイプだ。ノッチはきっと、世界中の人間が自分と同じ幸せを感じることができるって信じてる。そんな気がする。
「加苅さんはァ?」
だから語尾を伸ばすな。ついでに名字で呼ぶな。
「英語?」
「ううん、河野君。一緒に勉強したんじゃないの?」
カワノコウジ。あのバカタレのフルネームだ。
「あれと一緒に英語やったら、私の感性が腐る」
「ええ、なんで」
「ジャパニーズ・イングリッシュは、遠藤で十分」
「ああ、加苅さん英語の発音キレイだもんねぇ」
動機は不純だけど。ああ、動機って、あんまり人に話したことなかったかな。
で、そこで会話がとまってしまい、なんとなく居心地が悪くなった。旅客機がアプローチするエンジン音がなんとなく聞こえる。今日はエンジン音が暑苦しい。登校するときからすでに、今日の気温にはうんざりしていた。暑い。ノッチと話をするんじゃなかった。暑苦しくなってきた。
港をゆっくり離れる船みたいに、ユーカが自分の席に戻っていって、私もノッチから身体を正面に向き直して、ため息をひとつついたら担任が現れた。ホームルーム。みなさんさようなら。
放課後、私はランウェイエンドに向かった。
平日だったから、きっと戦闘機が飛んでるんじゃないかって思ったから。F-15のハイレートクライムでも拝めれば、なんとなく鬱屈した気分も晴れるかと思った。
でも失敗だった。
確かにアフターバーナー全開で離陸するイーグルは猛々しく、爆音を辺り一面に叩きつけている間、私の思考回路も麻痺してしまう。けれど、暑さがなんとなく倍増するのだ。これだったら、川原でてらてら日を浴びた水面を眺めた方が、涼しかった。猛烈な爆音なのだ。そう言えば、もう少しで基地の航空祭。ランウェイエンドには、それっぽいマニアの姿がちらちらし始めていた。航空祭、広司を誘ったら、あいつ来るかな。去年は一人で見に行ったから、今年はどうだろう。
そんなことを考えて、また私は草いきれを思いっきり吸い込みながら、首筋からつたって背中に流れ落ちる汗をうっとうしく感じていた。そう、なんでもかんでもうっとうしい。
今夜はバイトを入れていた。さっさと帰って水分取って、時間があればちょっと寝たい。でも時間、ないんだよね。
私は自転車に跨って、結局F-15が16機離陸するのを見送ってしまった。戦闘機が行ってしまうと、静かになった。林の向こうの民間機の離着陸が聞こえるだけ。あ、あとは虫の声。
自転車に跨ったら、また暑くなった。サドルが日を浴びていい感じに熱いのだ。うんざり。
「加苅さん」
最初は誰を呼んでるのか、第三者的に感じた。意識がちょっと遠くなってた。加苅さんって、なんだい。ここは教室じゃないよ。
「加苅さん?」
語尾を上げた呼びかけ。私を呼んでるの?
顔を上げた。
すらっとした、けどさほど身長は高くない男の子が、意外に近くに立っていた。自転車を傍らに。
「加苅さんだよね。一組の」
言われて、そいつが私と同じ学校の制服姿なのに気付く。
「誰、」
ペダルに載せた足をまた降ろした。私は残念ながら、異性の友人がいない。話しかけられれば答えるけど、自分から積極的に異性に話しかけたりしない。実は奥手なんだ、私は。
「蓬田。三組の」
「あー、知らない」
「知らないか」
「しゃべったことあったっけ。てか、広司の友達?」
「河野はまあ知り合いだけど」
「なに、なにしてるの、こんなところで」
「それはさ、僕もおんなじなんだよね」
僕。一人称が僕。久しぶりに聞いた。
「加苅さん、なにやってるの、こんなとこで」
「家に帰る途中」
「加苅さんの家、こっちなの? 泉沢から通ってるの?」
「違う」
「じゃあなんでこんなとこに?」
「えーと、蓬田クンだっけ。あんたこそなにやってんの」
「飛行機見てた」
蓬田なる男が言うと、私は言葉をちょっと探した。私も飛行機見に来てた。そう言えばいいんだけど、なんとなく言いづらい。女の子で飛行機が好き、ついでに好きな飛行機は戦闘機で、わざわざ家と反対方向まで自転車を走らせて、脱水症状寸前までハイレートクライムを見てました、なんて、あんまり人に言いたくない。言っても理解されない。だから私はできるだけ簡素に答えることにした。
「同じく」
「へぇ」
「飛行機好きなの?」
「加苅さんくらいには好きなんじゃないかな」
「意味わかんない」
「わざわざこんなとこまで見に来るんだから、好きだよ。飛行機」
「まあ、同じく」
「めずらしいね」
「なにが」
「女の子で戦闘機が好きだって、めずらしい」
世間一般にはそうなんだろう。私もそう思う。
「好きなんだから、まあ、いいじゃない」
「いいと思う。てかさ、加苅さんの家、確か学校からけっこう近いよね」
「なんでそんなこと知ってんの」
私はペダルにまた足を載せた。蓬田は夏服もまぶしく、ついでに歯も白かった。
「まあ、同業者みたいなもんだから。親が」
「あんたんとこも、整備?」
訊くと、蓬田、だまって頷いた。
「そうなんだ。したら、あんたも十分、寄り道にしては遠いじゃない」
「遠い。かなり」
「でも、ここで誰かに会ったの、初めてだな」
「僕もだよ」
私はまたペダルから足を降ろした。
「よく来るの?」
訊いてみた。
「けっこう、かな。気晴らしに」
「ふうん」
目が乾く。風、吹いてない割に、目が乾く。
「また来るよ」
「なに?」
蓬田は答えず、すっと首を滑走路の方に向けた。エンジン音が聞こえる。気付かなかった。
「あんたの親、こっちなんだ」
「加苅さんって、全日空だっけ?」
「防衛機密」
私が言うと、蓬田は真っ白い歯を見せた。
「なによ」
「よくそんな言葉知ってるね」
「マニアだから」
やけくそに答えてやった。マニアなのは間違いない。
やがて、遠くで誰かがくしゃみをしたみたいな響き方で(例えがちょっとヘンかもしれない)、エンジン音が高まった。コォオオオオ。そんな感じで爆音が近づく。アフターバーナーは焚いてない。スロットル・ミリタリー。
「あれ、あんたんとこの飛行機?」
私は叫んだ。
「あれは違う」
「目ぇいいね、機番見えるの?」
「見える」
「視力、なんぼ?」
「二、○!」
蓬田も怒鳴るように返してくる。
「私は、〇.〇二!」
叫んで、私はまた離陸滑走をしてきたF-15を横目にして、思いっきりペダルを踏みつけた。私も加速する。道路を、滑走路に見立てて。
「じゃあねー!!」
私は手も振らず、振り返りもしないで、自転車をこいだ。
蓬田がその後その場に止まったのかどうか、しばらく私は自転車を全開でこいだから、知らない。