三日月の夜に君は笑う
彼女…三日月深夜はクラスの中心のような存在だ。
消しゴムを忘れたら
「仕方ないですなぁ…はいこれ。大事に使うんだよ?」
と消しゴムを貸してくれる。
誰かが転んでしまったら
「大丈夫?一緒に保健室行こっか。」
と手を差しのべる。
運動会で負けても、先生に怒られても、テストでひどい点数を取ったとしても、彼女は切り替える。笑って皆を元気付ける。
優しくて、明るくて、人懐こくって、誰とでも仲良くなれる。
クラスの全員三日月深夜を好いている。
だがそんな彼女にも、耐え難いような過去がある。
───
三日月深夜が生まれた家は、なんの変哲もない幸せな家庭だった。
母はいつも深夜のことを思ってくれた。
父も休暇の時には一緒に遊んでくれる。
でも…それは長くは続かなかった。
彼女が5歳の頃、父が有給を取り息抜きとして、家族3人で旅行に行っていた。海水浴…と言う体で海辺の浅いところで水を掛け合ったり、少し有名な神社にお参りに行ったり。
「おかーさんはなにお願いした~?」
「そうねぇ…深夜がすくすく育ちますように~ってお願いしたわよ?」
「そーなんだー!ありがと~!」
「ふふ…深夜はなんてお願いした?」
「えっとね~?おとーさんとおかーさんがずーっと元気でいますように~ってお願いした~!」
「ありがと!」
「いやぁ…深夜は優しいんだな~!お父さんもうれしいよ!」
「えへへ~そっか~!」
この頃は、何も考えずにいれた。お母さんと一緒に遊んで、お父さんにたかいたかいしてもらって。幸せをいっぱいに噛み締めていた。
───
そうして旅行の日の夜のホテルでそれは起こった。
かすかな揺れ。
「おかーさん、なんか揺れてない?」
「あらそうね…深夜。机の下に隠れてなさい?」
「わかった~」
そう会話した次の瞬間。
ドカン!と揺れが大きくなった。
テレビのニュースでは震度7と表示されている。父が大きな声で深夜に呼び掛ける。
「深夜!机の下から出るな!」
そうして地震が収まると母と父が深夜の手を引き部屋の外に出た。
「深夜!建物の外に行くわよ!絶対に下がらないで!」
「わ…分かった…!」
そうして階段を下りエントランス。扉の外まであと一歩と言う時に、
ドン!
と背中を強く押され、転んだ。そして真後ろで轟音が鳴り響く。
「うわっ!」
振り向くと、建物が丸ごと潰れている。隣を見ても誰も居ない。
「え…お母さん…?お父さん…?」
後ろには、建物の瓦礫しか残っていなかった。
彼女は、状況をしばらく理解できずに居た。
───
彼女の日常が壊れた。
そう彼女自身が理解したのは、事件の一週間ほど後だった。一週間の間に様々なことが起きた。
身柄を保護され孤児院に住むことになり…旅行先の自治体の幼稚園に通うことになった。
慣れないことが沢山あった。けれども彼女は5歳の凄まじい吸収力を駆使して順応した。
彼女なりにうまくやれていたけれど…また彼女に困難が襲った。
いつも通り孤児院に帰った時。
「お前ってさ。変な見た目してるよな~」
「なんか変な感じ~」
そう同じグループの子に言われた。彼女はなんてことないように思っていたけれど、それは何かが始まる合図だった。
とある日。
「ねーねー目閉じて~?」
「ん、良いよ?」
「どーん!!!」
背中を強く押され、少しの浮遊感に襲われる。
「きゃっ!」
目を開けると、そこには土があった。上を見ると、クスクス笑っている男子が二人。
「へへ~引っ掛かった~!」
「ねーねーここから出して~?」
「出しませ~ん!!!」
「え?」
そうして視界から二人は消えてった。二人が笑う声だけが聞こえた。出るのには結局30分くらいかかった。
でもまだこれは可愛い方だった。
そうしてまたとある日。落とし穴を作った二人組が遊んでいるところに行き、
「なにしてるの~?」
無邪気に声をかけた。だがそれが気に触ったようで睨まれ、
「はぁ?お前は関係ないだろ!」
「でもまぜて~?」
「うるせぇ!」
べちん!
と音がなる。殴られた。思わず涙が出た。それを見てまた二人は笑う。
「ははっ!お前泣いてるじゃん!」
「おもしろ~!」
そうして、二人が敵意を持っているのに初めて気づいた。
距離を取ろうとしても、二人から詰めてくる。いじめはどんどん激しくなっていった。いじめられる度に泣き、面白がられ、もっとエスカレートしていく。大人にいっても二人はうそ泣きを使いその場をやりすごす。最高に卑怯だった。
そうして自分の銀の髪も、黄緑の目も。全てが嫌いになった。
───
そうして小学校に入学した。
だがまたしても虐められた。階段を使う時、後ろから突き落とされたり、ほぼ1日中倉庫に閉じ込められたり。
今度も先生に言った。
だが…
「校長先生…私いじめられてるんです…助けて…」
「そうか…分かった。ここは私がなんとかする。」
そう言い校長先生は校長室を出たが…かすかに声が聞こえた。
「これは対応したとしても…学校の評判が悪くなる…見て見ぬふりをするしかないな…」
彼女はこの時、この世の真理を理解した。
この世は自分勝手なやつが極めて多い。手を差しのべてくれる人はほぼ居ない。ならば自分で自分は守るしかない。いじめられないためには、仲間を作るしかない。でも、近所ではもういじめられっ子として定着している。
なら、どうすれば良いか。
───
小学四年生の頃、午前1時。
三日月の夜だった。
彼女は上着を羽織って、ドアに手を掛ける。孤児院を脱走する。
この日のために貯金を続け、五万円は貯まった。計画をびっしり書いたメモも持っている。現在の時間を把握するための時計も持って、外に出た。
午前1時16分。
孤児院は脱走した子を追ってくることを理解していた彼女は、電車のキップを買ってできるだけ遠くに行くことにした。電車が出発した。彼女の長い長い旅が始まる。
午前1時32分。
乗換駅についた。ここから別の路線に乗り、とある特急に乗れる駅を目指す。
午前2時18分。
ついた。今の所持金は48720円。
そうして乗り換える為の駅間を移動している間、後ろから声をかけられた。
「貴方、今一人?」
「へ…?あ…はい…」
「危ないじゃない…小さい子がこんな夜中に…」
「いや…全然大丈夫なので…」
「大丈夫って…取り敢えず今日はうちに泊まりなさい。」
「どうしてですか。」
「え?」
「私は知らない人ですよ?」
「知らない人だからよ。」
「私知ってます。優しい人ほど怪しいって。」
「そう。でも貴方…大人と子供じゃ正面から戦っても勝てる。不意打ちすれば確実。怪しい人ならどうして不意打ちして攫わない?」
「…そうですか…貴方が熱心なのは分かりました…仕方ない…泊まらせてもらいます…」
押し負け、家に泊まることになった。
その家は、まるで屋敷のようだった。そこには大広間があり、大きな階段が真正面に。入ってすぐに、メイドさんが出迎える。
「お帰りなさいませ奏様。」
「はいはい~」
「ところでそちらの方は…」
「こんな夜中に一人で歩いてたから保護したわ。今日は泊まらせる。」
「そうですか…」
深夜は唖然とした。こんな豪邸見たことがないからだ。
「うえぇ…すご…」
「そう言えば貴方。名前は?」
「あ…三日月深夜です…」
「そう。私は音和奏。じゃあ案内するわね。」
そうして廊下を進んでいく。絵画や生け花が廊下に飾られ、ところどころにドアがある。
「貴方の部屋はここよ。分かった?」
「はい…」
ドアを開けるとそこには明らかに大きく高級なベッドが。
「えっ…なにこれ…」
「まぁそれもそうよね…じゃ私はもう遅いから寝るわね。」
「あ…はい…?」
そうして奏が去っていく。仕方ないしやることもないのでベッドに横になってみる。それは体を優しく包み込んでくれて…すぐに眠りにつくことができた。
───
彼女は、夢を見た。幼いころの、家族との夢。
たかいたかいをしてもらって、海で遊んで、抱きしめてもらって。神社でお参りをした時のことも。
でも、夢は終わってしまう物だ。彼女は目を覚ました。
起き上がるとそこには奏が居た。
「あ。起きた。」
「あ…はい…こんにちは…」
「朝食を食べに行くわよ。」
そうして手を引かれ、大きな食堂に着いた。
「そう言えば…申し訳ないのだけれど見させてもらったわ。持ち物。」
「え…?」
「中々に計画のレベルが高い。秒単位で管理している。」
「あ…えっと…ありがとうございます…?」
「じゃあここで提案をしましょう。」
「提案…」
「この屋敷に住ませてあげる。その代わりあなたもメイドとして働いてもらう。まぁ…まだ子供だからお手伝い程度だけれど。」
深夜は唖然とした。自分が必要だと言われた経験など5歳ぶりだからだ。
「どうしてですか。」
「放っておけなかったのよ。昔の私も…同じだったから。」
勿論断ろうとしたが…
「分かりました…じゃあその提案受けさせてください。」
何故か、断れなかった。
「そう。じゃあ転校の手続きとかしないとよね。こちらでなんとかしておくわ。」
「ありがとうございます…」
どうして断れなかったのだろう。自分でも分からないが、少しだけ…昔の母に近しいものを感じた。
「じゃあ…うん。お風呂にでも入ってきなさい。」
「そうですか…じゃあ…」
「分かったわ。六花~?」
「どうしましたお嬢様。」
「この子を浴室まで連れて行ってあげて。」
「了解しました。ではこちらに…」
そうして浴室に着いた。お風呂はかなり大きくて自分1人じゃ持て余すほどだった。そうして自分の髪を洗っている時に少しだけ、考え事をした。
どうして奏さんは自分の髪について言及しなかったのか?
どうして奏さんは自分を必要としてくれたのか?
彼女にとってそれは経験したことが無い優しさだった。
───
そうして奏の屋敷で働くことになった。小さめのメイド服を身に着けて、六花さんにやることを教えてもらって掃除をしたり。
奏はメイド服を
「中々似合ってるじゃないの。」
と言ってくれた。
六花さんはもし失敗したとしても、
「大丈夫。次失敗しなければ良いから。」
と言ってくれた。
この屋敷に居る全員が深夜を家族のようにかわいがってくれた。久しぶりに愛情を感じた。
「深夜~?」
「はいお嬢様!」
「元気ねぇ…じゃあそこの花瓶の水を入れ替えて頂戴。」
「分かりました!」
この頃から段々と深夜は昔のように明るく元気になっていった。勿論これは環境が変わったこともあるが、彼女の昔の経験にもあった。「いじめられない為には、味方を作るしかない。」
無意識にそれを意識しているのかもしれない。
そしてとある日、
「貴方、その髪型って気に入ってる?」
「…?そうですね。」
「そう…ちょっとだけ…髪を弄らせてもらうわね。」
そうして奏が深夜の髪を弄り…
「はい。ポニーテールにしてみたのだけれど…どうかしら。」
「…良い感じです!ありがとうございます!」
そうして深夜は自分の髪が好きになった。
───
そうして中学の入学式。館の鏡の前でポニーテールを作った。奏が見つけてくれた自分の魅せ方。自分は見た目が見た目なせいで目立ってしまう。
ならば自分から目立ちに行けばいい。
そうして入学式の次の日。最初の授業として自己紹介を一人一人する時間があった。そうして深夜の番になり、前に立つ。
「三日月深夜だよ~!みんなよろしく~!」
「髪銀色じゃん!」
「アニメのキャラみたい…!」
「それって地毛!?」
「地毛だよ~?私はレアキャラなのです!」
そうして中学校…高校と明るいキャラとして学校では過ごし、奏の屋敷に帰るとメイドとして働いて…
「お嬢様っ!花瓶の水替えしてきま…」
パリーン!
「あ。」
「深夜…?」
「すいません…」
「本当に…次は無いわよ?」
「でもお嬢様ってそれ何回も言ってるじゃないですか…」
「確かに…」
忙しいし失敗することもあるけれど、そこに居れると言うことは彼女にとって、最大限の幸せだった。




