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勢いで押すな  作者: 螺旋


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1/1

勢いで押すな

大塚は、無駄に自信があった。

まだ成功していないことでも、なぜか成功する前提で話すし、失敗しそうな場面ほど「逆に伸びしろがあります」と笑うタイプだった。


その朝、営業部の黒田課長は会議室で腕を組み、机を指で叩きながら言った。


「午後の役員報告で、うちの部署が勢いある感じに見える資料を作れ」


西野先輩が確認した。

「売上の数字を整理する感じですか」


黒田課長は首を振った。

「違う。数字は弱い。だから、勢いで押す」


松井が小声で言った。

「だいぶ危ない言葉ですね」


だが大塚は、目を輝かせていた。


「なるほど。中身ではなく、勢いを見せるんですね」


黒田課長は少し考えて言った。

「そうだ。雰囲気で“この部署、来てるな”と思わせたい」


大塚は深くうなずいた。

「できます」


西野が即座に止めた。

「いや、待て。その“できます”はだいたい危ない」


「大丈夫です。勢いは演出ですから」


嫌な予感だけを残して、作業が始まった。


一時間後、西野のパソコンに大塚から資料の初稿が届いた。

一枚目の表紙には、社名ロゴの後ろから巨大な上向きの矢印が突き抜けていた。なぜか矢印は金色で、背景には炎のようなグラデーションが入っている。


タイトルはこうだった。


『営業部、加速。』


西野は頭を抱えた。

「車のCMか?」


大塚は自信満々で答えた。

「勢い、ありますよね」


「あるけど、何の勢いかわからない」


「そこが想像をかき立てます」


松井も画面をのぞきこんで固まった。

「この右下の“NEXT STAGEへ”って何ですか」


「特に意味はありません」


「ないのかよ!」


しかし大塚は止まらない。


「資料だけだと弱いと思って、報告の入りも考えておきました」


「入り?」


「はい。黒田課長が入室するタイミングで、僕らが軽く拍手します」


黒田課長が椅子ごと振り向いた。

「何でだ」


「勢いです」


「いらん」


「では拍手は控えめにします」


「拍手そのものをやめろ」


大塚はメモを取った。

「了解です。拍手は任意参加で」


西野が言った。

「何も了解してない」


さらに十分後、総務の藤本から営業部に電話が入った。


「すみません、今、社内チャットで『本日13時50分、営業部プレゼン開演』って流れてきたんですけど、何ですか?」


全員が大塚を見た。


大塚は胸を張った。

「告知です」


黒田課長の声が裏返った。

「開演!?」


「普通の報告会だと誰も期待しません。でも“開演”なら、何か始まりそうですよね」


「始まるのは通常報告だ!」


大塚は落ち着いて言った。

「通常報告を通常以上に見せるのが今回の目的です」


理屈だけは通っている気もして、余計に腹が立つ。


黒田課長がスマホを見て青ざめた。

「役員秘書から“何か特別な準備が必要でしょうか”って来てるぞ!」


「いい流れです」と大塚は言った。

「期待値が上がっています」


「上げるな! 下げろ!」


だが、もう遅かった。

松井がオフィスのスピーカーから、どこかのフリー音源の勇ましいBGMを流し始めたのだ。


「すみません、先輩。大塚さんに“ここで音があると部署の一体感が出る”って言われて」


「何で従った!」


「ちょっと、そうかもって思ってしまって……」


たしかに、少しだけそう見えるのが腹立たしい。


大塚はさらに、役員が入ってくる導線に合わせて立ち位置表まで作っていた。


「黒田課長はこちらです。逆光になる位置なので、輪郭が強く出ます」


「私は何になる予定なんだ」


「営業部の顔です」


「急に重い!」


昼前には営業部全体が、何かの発表会前みたいな空気になっていた。

藤本まで様子を見に来て、開口一番こう言った。


「普通にやればいいのでは?」


その瞬間、部屋の空気が止まった。

全員が、もっとも言ってはいけない正論を聞いた顔をした。


だが大塚は笑った。


「普通では、“勢いある感じ”は出ません」


黒田課長がついに立ち上がった。

「大塚! 私はな、資料を盛れと言ったんだ。ここまで祭りにしろとは言ってない!」


大塚も立ち上がった。


「でも課長、“勢いで押す”って」


「比喩だ!」


「会社で比喩は危険です。僕は具体化しました」


西野が吹き出した。

松井も耐えきれず笑い始めた。

藤本は壁にもたれて「たしかに」とうなずいている。


黒田課長だけが、今さら自分の言葉の雑さに気づいた顔をしていた。


結局、役員報告は全部やり直しになった。

炎の背景も、金の矢印も、開演告知も消された。

残ったのは、売上推移を淡々と並べた、驚くほど普通の資料だった。


会議直前、黒田課長は疲れた声で言った。


「……大塚。次からは、私の曖昧な指示を常識で補ってくれ」


大塚は即答した。


「難しいですが、やってみます」


「その自信はどこから来るんだ」


「勢いです」


黒田課長は五秒黙ってから、初めて少し笑った。


「もうその言葉、しばらく禁止な」

本作は制作過程でAIを活用しています。公開にあたり、内容は作者が確認のうえ調整しました。

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