勢いで押すな
大塚は、無駄に自信があった。
まだ成功していないことでも、なぜか成功する前提で話すし、失敗しそうな場面ほど「逆に伸びしろがあります」と笑うタイプだった。
その朝、営業部の黒田課長は会議室で腕を組み、机を指で叩きながら言った。
「午後の役員報告で、うちの部署が勢いある感じに見える資料を作れ」
西野先輩が確認した。
「売上の数字を整理する感じですか」
黒田課長は首を振った。
「違う。数字は弱い。だから、勢いで押す」
松井が小声で言った。
「だいぶ危ない言葉ですね」
だが大塚は、目を輝かせていた。
「なるほど。中身ではなく、勢いを見せるんですね」
黒田課長は少し考えて言った。
「そうだ。雰囲気で“この部署、来てるな”と思わせたい」
大塚は深くうなずいた。
「できます」
西野が即座に止めた。
「いや、待て。その“できます”はだいたい危ない」
「大丈夫です。勢いは演出ですから」
嫌な予感だけを残して、作業が始まった。
一時間後、西野のパソコンに大塚から資料の初稿が届いた。
一枚目の表紙には、社名ロゴの後ろから巨大な上向きの矢印が突き抜けていた。なぜか矢印は金色で、背景には炎のようなグラデーションが入っている。
タイトルはこうだった。
『営業部、加速。』
西野は頭を抱えた。
「車のCMか?」
大塚は自信満々で答えた。
「勢い、ありますよね」
「あるけど、何の勢いかわからない」
「そこが想像をかき立てます」
松井も画面をのぞきこんで固まった。
「この右下の“NEXT STAGEへ”って何ですか」
「特に意味はありません」
「ないのかよ!」
しかし大塚は止まらない。
「資料だけだと弱いと思って、報告の入りも考えておきました」
「入り?」
「はい。黒田課長が入室するタイミングで、僕らが軽く拍手します」
黒田課長が椅子ごと振り向いた。
「何でだ」
「勢いです」
「いらん」
「では拍手は控えめにします」
「拍手そのものをやめろ」
大塚はメモを取った。
「了解です。拍手は任意参加で」
西野が言った。
「何も了解してない」
さらに十分後、総務の藤本から営業部に電話が入った。
「すみません、今、社内チャットで『本日13時50分、営業部プレゼン開演』って流れてきたんですけど、何ですか?」
全員が大塚を見た。
大塚は胸を張った。
「告知です」
黒田課長の声が裏返った。
「開演!?」
「普通の報告会だと誰も期待しません。でも“開演”なら、何か始まりそうですよね」
「始まるのは通常報告だ!」
大塚は落ち着いて言った。
「通常報告を通常以上に見せるのが今回の目的です」
理屈だけは通っている気もして、余計に腹が立つ。
黒田課長がスマホを見て青ざめた。
「役員秘書から“何か特別な準備が必要でしょうか”って来てるぞ!」
「いい流れです」と大塚は言った。
「期待値が上がっています」
「上げるな! 下げろ!」
だが、もう遅かった。
松井がオフィスのスピーカーから、どこかのフリー音源の勇ましいBGMを流し始めたのだ。
「すみません、先輩。大塚さんに“ここで音があると部署の一体感が出る”って言われて」
「何で従った!」
「ちょっと、そうかもって思ってしまって……」
たしかに、少しだけそう見えるのが腹立たしい。
大塚はさらに、役員が入ってくる導線に合わせて立ち位置表まで作っていた。
「黒田課長はこちらです。逆光になる位置なので、輪郭が強く出ます」
「私は何になる予定なんだ」
「営業部の顔です」
「急に重い!」
昼前には営業部全体が、何かの発表会前みたいな空気になっていた。
藤本まで様子を見に来て、開口一番こう言った。
「普通にやればいいのでは?」
その瞬間、部屋の空気が止まった。
全員が、もっとも言ってはいけない正論を聞いた顔をした。
だが大塚は笑った。
「普通では、“勢いある感じ”は出ません」
黒田課長がついに立ち上がった。
「大塚! 私はな、資料を盛れと言ったんだ。ここまで祭りにしろとは言ってない!」
大塚も立ち上がった。
「でも課長、“勢いで押す”って」
「比喩だ!」
「会社で比喩は危険です。僕は具体化しました」
西野が吹き出した。
松井も耐えきれず笑い始めた。
藤本は壁にもたれて「たしかに」とうなずいている。
黒田課長だけが、今さら自分の言葉の雑さに気づいた顔をしていた。
結局、役員報告は全部やり直しになった。
炎の背景も、金の矢印も、開演告知も消された。
残ったのは、売上推移を淡々と並べた、驚くほど普通の資料だった。
会議直前、黒田課長は疲れた声で言った。
「……大塚。次からは、私の曖昧な指示を常識で補ってくれ」
大塚は即答した。
「難しいですが、やってみます」
「その自信はどこから来るんだ」
「勢いです」
黒田課長は五秒黙ってから、初めて少し笑った。
「もうその言葉、しばらく禁止な」
本作は制作過程でAIを活用しています。公開にあたり、内容は作者が確認のうえ調整しました。




