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彼女はいなかった。  作者: 豆狸


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第三話 三人の犯人(生け贄)~後編~

「ち、父上……どうして……?」


 王都のルビオ辺境伯邸から戻って事情を報告してから数日経って、ゴメス伯爵令息トライシオンは王都にある伯爵邸の訓練場で、現当主である実父に斬られた。

 トライシオンの母親は彼を産んだときに亡くなっている。

 仕事に忙しい伯爵に代わって、トライシオンを見守ってくれていたのは寄子貴族の家からやって来た侍女や侍従達だった。男爵令嬢ブルヘリアとは侍女や侍従を介して親しくなったのだ。


「お前が男爵令嬢と通じ、王太子殿下を篭絡して王家を乗っ取ろうとしていたことに気づかれないとでも思っていたのか? 我が家は『王家の剣』。その剣は王家のために振るうものであって、王家に向けるものではない」


 父親の言葉に息子は答えない。

 もう死んでいるのだ。

 ゴメス伯爵は床に膝を落とし、横たわったトライシオンを見つめた。


 妻の死とともに生まれてきた息子とどう接すれば良いのかは最後までわからなかったが、伯爵は伯爵なりに彼を愛していた。

 寄子貴族のことも信じていた。

 実際、愚かな子ども達の裏に糸を引いていた人間はいなかった。


 王太子が簡単に男爵令嬢に靡いたことで、トライシオンもブルヘリア(男爵令嬢)も王家を下に見てしまったのだ。

 トライシオンの言うがままの男爵令嬢の愛を求める間抜けな王太子なら、自分達で操り人形に出来るのではないかと野望を抱いてしまったのだ。

 王太子と男爵令嬢の不適切な関係を噂に聞いても、若いうちは仕方がない、とわかったつもりで深く関与しなかった伯爵も莫迦であった。王太子の婚約者はルビオ辺境伯令嬢だったのに。


 王家と辺境伯家、ゴメス伯爵家と辺境伯家の間に亀裂を生むわけにはいかない。

 伯爵領も魔の森に近く、魔獣の襲撃を避けられない土地だ。

 『王家の剣』として武を誇る伯爵家の騎士達には辺境伯家が討伐した魔獣の素材と、それから造られる特殊な効果のある武具が必要不可欠だった。


 もちろんトライシオンの稚拙な野望をそのまま報告するつもりはない。

 王太子の愚行を諫められなかった責任を年若い令息に取らせたとすれば、辺境伯家が真実を察していても少しは目こぼしをしてくれると期待している。

 伯爵にとってはなんの思い入れもない男爵令嬢ブルヘリアを辺境伯令嬢を突き落とした犯人として差し出すことに躊躇いはない。


 伯爵はほんのりと温かい息子の(しかばね)を抱いて泣いた。

 ゴメス伯爵家の罪のない家臣や領民を巻き込まないために選んだ結末だったが、息子を殺して嬉しいはずがないのだ。

 伯爵が泣くのは、生まれたばかりのトライシオンを抱き上げたとき以来だった。妻の死は悲しかったけれど、そのときの伯爵は体が大きくて健康そうな赤子が愛しくて泣いたのだ。ひとりでも息子を育て上げると心に誓っていたので、伯爵は妻の葬儀では泣いていない。


 息子の(しかばね)が冷たくなっていくのを感じながら、伯爵は今でもほかに方法がなかったのかを考えてしまう。

 主君である王家を責めることは出来ない。

 息子(トライシオン)が悪かった。こうなるまで、なにもしなかった自分(伯爵)も悪かった。


 だけど……どんなに身勝手な考えだとわかっていても、ゴメス伯爵は男爵令嬢ブルヘリアを憎まずにはいられない。彼女さえいなければ、と。


★ ★ ★ ★ ★


(……魅了だったのかもしれない……)


 王都の辺境伯邸から帰ってから、モラレス子爵令息エスピリトは子爵邸の自室に閉じ籠っていた。

 食事も部屋で食べている。

 あの日現当主である魔術師師団団長の父に言われたのだ。


 王太子を嘘つきにすることは出来ない。

 だがルビオ辺境伯家の怒りを鎮めるためには、絶対に犯人が必要だ。

 おそらく三人の中で一番身分の低いエスピリトが生け贄にされるだろう、と。


 王国における辺境伯家の必要性は、王太子の三人の学友の中でエスピリトが一番理解していた。

 人間の乏しい魔力を増幅させてくれる魔獣素材がなければ、この王国の魔術研究は一歩も前に進めない。

 王太子と男爵令嬢の不適切な関係に胸を痛め続けたエスピリトは、最近では胃に穴が開いたような気がしていた。主君に苦言を呈したい気持ちはあったものの、王家から分かれた公爵家の令息と魔術が使えなくても武に優れた逞しい伯爵令息にどうやって逆らえば良かったのだろう。


 エスピリトは自室に集めた稀覯書(きこうしょ)を眺めていた。

 魔術の研究が進んでいなかった時代の迷信に毛の生えたような魔術が記された古文書だ。

 魅了、生け贄、呪い……そんなものあるはずがないと思っていたけれど、聡明な王太子が男爵令嬢に骨抜きにされたのは、魅了のせいではないかとエスピリトは考え始めていたのだ。彼はまだ恋を知らない。恋が人を惑わせるものだということをわかっていなかった。


「魅了が実在して、僕が生け贄にされるのなら、呪いだって……」


 暗い部屋の中、エスピリトはひとりごちた。

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