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おっさん、魔法のチートさを思い知る(1)

 ナタが俺の家で厄介になると決まってから、俺は彼女に常識をある程度は身に着けてもらおうかと思ったのだが彼女は「その必要はないわ」と言った。


「だって、魔法を使えばいいじゃない」


「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない、みたいな理論で言うのはやめろ。というか、魔力とやらはもう無いんじゃなかったのか? 何で突然、使えるようになってるんだ?」


「理由はよく分からないけれど、今はそういうものだと思うしかないわね。でも、相変わらず自然には回復しないし使える量も限られてる。だから、今回は魔力の消費を抑えるために儀式を使ってあなたの記憶の一部を共有することにするわ」


「儀式ぃ~?」


 またおかしな単語が出てきやがった。創作物上の魔法っていうのはイメージだと、詠唱やら何やらをして体内の魔力的な何かを集めて解き放つような感じだ。


 儀式っていう言葉を聞くと、魔法というよりかは占いや呪いみたいなものが真っ先に思い浮かぶ。こうなんだ、ちょっと怪しげな感じや胡散臭い感じなんかは一段と上な印象だ。


「今、胡散臭いとか怪しそうみたいなこと思わなかったかしら?」


「人の心を読むな。だが、間違っちゃいないな。そう言えば、詠唱とかが要りそうなのにしてなかったのもナタの世界の常識ってやつなのか?」


「いいえ、普通は詠唱するわよ。私は特別だから」


「あっそ」


 まだ一日も過ごしていないのに、もう素を出し始めているのは決して気を許しているからではなく、むしろ気を遣うのが面倒になったと表現する方が正しそうだ。出会ったばかりの人間の前で、こうも図々しくなれるのはこいつの美点であり汚点でもありそうだ。


 「ちょっとこの机、借りるわね」とさっきまで食卓だった机の上に何やら文字を書き始めた。彼女の指先から溢れる淡い緑色の光が蛍光ペンみたいに机上を走り、こちらでは理解することもできないがどこか数学的? な美しさを感じさせる幾何学模様を描いていく。


「って、おいおいおいおい! 勝手に文字を書くな! 紙とペンがあれば十分だろうが!」


「駄目よ。ペンではなく、魔力そのものを触媒にしないと意味がないもの。それに、変形しやすい素材よりも形が固定されたものの方が都合がいいもの」


「だからってな……」


「大丈夫よ、儀式が終わったらちゃんと元に戻す。それくらいの常識はあるわ。だから、私がこの世界で少しでも生きやすくするために協力して。それとも、あなたが一から千まで常識を全て教えてくれるのかしら? その場合、私がどんな奇行に走ったとしても責任取りなさいね」


「例えばどんな?」


「もしかしたら、この国では裸で往来をうろつくのが普通かもしれないし、そんな美女には特別にタダで物を売ってくれる制度があるかもしれないわ」


「あるわけねえだろそんなもん!」


 そんなのは美女だろうが何だろうがただの変態だし、裸の美女が物を盗んだらある意味で偉業だ。そんなの誰とも関わりたくないし、流石の警察だって捕まえるときに苦労するだろう。


「でも、右も左も分からない私が何をするかなんて分からないし、仮に問題を起こしたらあなたの名前を延々と叫び続けるわね。言葉が通じなくても名前くらいは言えるし、何ならこの家の前まで逃げてきてもいいわ」


「片言の如何にも外国人な女が裸でそんなことしたら、俺が麻薬の売人か何かだと思われるじゃねえか」


「何なら、白い粉をちらつかせてもいいのだけどね?」


「マジでやめろよ、そんなこと! 全然洒落になってねえからな!」


 というか、そういうネタはそっちの世界にもあるのかよ!

 

 口には出さないが、もしこいつが理由で俺が捕まったら一生をかけて生まれてきたことを後悔させてやるからな!


 まあ、冗談はともかく……。俺はこいつが儀式のために必要な魔法陣? 的な何かを書き終えるのを静かに眺めて待っていた。


 静謐かつ淡々と幾何学模様を描いていく様は、心のないロボットのような冷たさと浮世に対して疎外感を覚えた終生の画家のような二つの側面を持ち合わせているように見える。そう感じたのは恐らく、彼女の振るう指の動きがまるで予定されていたルートを辿っているかのように正確無比な文様を迷いなく描いているのに、浮かべている表情はずっと寂しそうにしているからなのだろう。


 彼女は冗談を言っていたが、あれも実は強がりだったのだろうか。早くこの世界に馴染めるようになりたいと心の奥底では必死に泣き叫んでいるのではないだろうか。


 全ては憶測で、何もかもを分かって気になるわけにもいかない。だが、隣人になったばかりの奴が暗い顔をしているのを黙って見過ごすほど俺も人間性が腐ってはいない。


「なあ」


「何? 今集中してるから話しかけないでくれる?」


「……」


「冗談よ。別に話しながらでもできるから、そんな悲しそうな顔しないの」


「いや、それはこっちの台詞……」


「私が、何だって?」


「いえ、何でもありません話を聞いてくださりありがとうございます」


 あれれ~、おっかしいぞ~? 何でいつの間にか俺の方が慰められたみたいな感じになってるんだ?


 ナタは特にこちらに顔を向けることはしなかったが、だからと言って別に話を打ち切るつもりもないらしく再び口を開いた。


「それで? 私に何の用? もう少し時間がかかるから、お喋りくらい付き合ってあげるわよ」


「そうか。なら、一つ気になることがあるんだが……。詠唱と儀式って、そんなに違うものなのか? 魔法に関してはど素人だからその辺の違いがよく分からん」


「そんなことが聞きたかったの? まあでも、そうね。見ているだけもつまらないでしょうし、キョウスケの暇潰しに付き合ってあげるわ」


 この女、口を開けば次の瞬間にはマウントを取りたがる。アニメのキャラにいる「ふふーん」というSEの似合いそうな奴は見ていると和やかな気分になるが、現実でやられると何とも言い難い気分になるな。


 だが、だんまり決め込んでいた直後よりは声のトーンが若干上がっているみたいだし、本人にとっても気分転換にはなっているのだろう。故郷を離れてナーバスになっているだろうし、ここは大人として(まあ、年齢的には向こうの方が圧倒的に上だが)温かく見守ろうじゃないか。


「魔法の中でも、詠唱っていうのはとにかく即時発動が常なの。詠唱時間が短くなればなるほど、それだけ速く魔法を使うことができるけれど魔力の消費量が多くなる。当然、魔法が複雑になればなるほど多く魔力を消費しちゃうから魔力が少ない今の状態でポンポン打つわけにはいかないの」


「なら、儀式だとどう変わるんだ? わざわざこんな七面倒な手順を踏むってことは、魔力とやらの消費が抑えられないと割に合わんだろ」


「まあ、そうね。詠唱を使うよりも、こっちは十分の一くらいで済むんじゃないからしら。儀式っていうのは、手順を丁寧に踏めば踏むほど魔力の消費を抑えられるの。ただし、魔法陣の構築には高い精密さが求められるから少しでも手元が狂うとちゃんと魔法が使えなかったりするの」


「なるほどな。だが、その手から出てるのは魔力なんだよな? それを使うのか?」


「基本的にはそうね。まあ、今回は術式自体が複雑だから書き込む量が多くなるけど。これでも、普通に使うよりかはずっと楽なのよ? 無詠唱で使った時、体から生気が抜き取られたみたいになったんだから」


 そう言えばここに来る前は通りすがりの人たちから少しずつ常識を共有してもらってたんだっけか。その過程でとんでもないのが混ざっていたのは良いとして、割とその人間個人の主観も入って来るっていうのは厄介だな。


「そこまで書いてもらってなんだが、俺で良かったのか? 魔法があるなんてほざいた奴のことを否定しておいてなんだが、常識人かと言われると微妙なところだ。間違った常識を吸収しちまったら、それはそれで大変じゃねえのか?」


「そうかもしれないけど」


「いやそこは否定しろよ」


「全く白紙の状態から始めるよりはマシでしょう。それに、私はこれでも人を見る目はある方だと思ってるの。あなたが凄い凶悪な犯罪者とか、誰にも言えないほどのとんでもない特殊性癖があるとかならともかく、今のところはそうも見えないし。万が一そうだったら、私が成敗してあげるから安心してくたばりなさい」


「普通はその前に逃げるから安心していいぞ。それが基準なら、俺は些かまともな方だ」


「ちっ、なら安心したわ」


「それ、どういう気持ちで喋ってんだよ……」


「乙女心は複雑なのよ」


「集中してるからなんだろうが、全く心が籠ってねえ……」


 こいつの考えてることはよく分らんという点では、心が複雑であることに嘘偽りはなさそうだがな。


 一つ分かったのは、良くも悪くもこいつは正直者だってことか。些か言動に難がある気はするが、まあ変に遠慮されたり素っ気なくされるよりはマシだろうと密かに思ったのだった。

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