おっさん、居候のエルフに励まされる
「……結論から言うと、俺にもよく分からん」
「分からない? 自分の体のことなのに? それとも、私を騙そうとしているの?」
「信用ねえなあ。今しがた、一緒に暮らす話をしていたところじゃなかったか?」
「確かに、頼んだのは私の方よ。でも、もしも襲われるようなことがあれば対処しなければならないのも事実。今は理性的でも、何か特定の条件下で怪物に変身するかもしれないわ」
「こっわ、誰だよそいつ」
だが、フィクションの話ではあるが狼男などは最たる例かもしれない。いつもは優しい男性でも、満月をその瞳に映してしまうと理性無き狼男へと変身し見境なく人を襲うようになる。
俺自身、そうではないと信じたいところではあるが簡単に否定することができないのも事実だ。何せ、自分のことなのに自分が一番状況をよく分かっていないからだ。
「俺だって、お前に切り刻まれるまで自分があんな体質を持ってるなんて知らなかったんだ。信じてもらえないかもしれないがな」
「だって、あなたが言ったんじゃない。私が魔法を使った時、人間にそんなことができるわけがないって。私の世界でも、あんな魔法や特異体質は存在しない。あれは嘘だったと、そう言いたいの?」
「確かに、言ったな。だが、嘘は吐いていない。少なくとも、自分の周囲にそんな人間はいないし特異能力者がいるなんて妄言を吐いたら頭のおかしい奴だと思われるだろうな」
「でも、実際は違った。それなら私は今、あなたの言葉の真偽を判断しなければならないわ。この世に魔法やそれに類する力は存在しない。あなたはそれを証明することができる?」
「……」
彼女の発言は最もだが、俺にそんな悪魔の証明を解く力なんてない。どうすれば信じてもらえる?
……いや、そうじゃないだろう。信じてもらえるかじゃない、信じてもらうんだ。
俺に分かることは限られている、だから俺は自分の知っていることをありのまま伝えるしかないんだ。
「悪いが、証明はできない。だが、嘘も吐いてない。俺はこの力のことを知らなかったし、魔法なんてのがこの世界にあるということも信じちゃいなかった。さっきまではな」
「……つまり、あなたは自分の体を見て自分の常識が間違いだったと否定するのね?」
「ああ、そうだ。少なくとも、人間の体があんな風に復元するわけないからな」
「では、あなたが自分が人間ではないと、そう宣言するのね?」
彼女がその言葉を発した時、ようやくナタが求めている言葉が分かった気がする。あの時の自分にとっては何でもないような発言ではあったが、俺は今しがた自分の間違いにようやく気付かされた。
「……すまなかった。お前を人間じゃないなんて言って」
「……」
「俺は魔法を使えないし、使ったこともない。特殊な力を持ってることも知らなかった。だが、それでお前を人間じゃないなんて言っていいはずもないよな。撤回する。だから、どうか信じてくれ。俺も、ちゃんと歴とした人間だってことを」
暫く黙っていたナタは、こちらに右手を伸ばすと自分の額にデコピンをかましてきた。
「いてっ」
「私は、別にどちらでも良かったのよ。あなたが化け物でも人間でも、私をこの世界に存在する生物だってことを認めてもらえれば。でも、あなたは自分の過ちにちゃんと気づけるし、自分を正せる人だって分かった。だから、ひとまず信じてあげるわ」
「……ありがとよ。だが、ここまで話を引っ張って試す必要があったのか?」
「あるわよ。だって、一緒に住むことになった隣人だもの。隣人のことは知っておきたいし、私のことだって知ってほしい。それだけのことよ」
その手段が口頭審問だなんて、ちょっと意地悪が過ぎないだろうか。もしも俺が言葉の綾に気づかなかったら、こいつとの仲は永遠に絶たれていたかもしれない。
それなのに、敢えて一緒に住む約束を取り付けてから踏み込んだ質問をするとはね。これじゃ、仲の良し悪しに関わらず世話を焼いてやらなきゃならないじゃないか全く。
だが、それならそれでこっちにも気になることが一つある。
「ナタ、こっちからも質問させてくれ」
「何かしら?」
「ここに来るまでに、最低限の常識を吸収していたんだよな? それなら何故、俺が特殊な力を使えるって思ったんだ?」
「だって、この世界に魔法はあるのかって聞いたらあるって答えたのよ。僕の推しのプリンちゃん? はとんでもない魔法が使えるって嬉々として話してたわ」
ああ、なるほどそういうことか。真相が分かってスッキリすると、あまりに下らない話だったせいで今度は自然と大きなため息が漏れた。
「……誰だか知らんが、そいつの言葉は忘れてくれていい」
「結局、あれはどういうことなの?」
「後でちゃんと説明してやる。偶然だが、そのプリンちゃんとやらは俺も知ってるからな」
確か魔法少女プリンちゃんというタイトルで、可愛らしい姿をしたフリフリの女の子が愛と希望のために世界の悪と戦う典型的な魔法少女アニメだ。別にそいつに悪気があったわけではないと思うが、そいつが下手なことを答えたせいで俺が酷い目に遭ったのだと考えるとタンスの角に小指をぶつけるくらいの罰が下っても良いのではないかと思う。
「そう? まあ、キョウスケがそう言うなら後でちゃんと教えなさいね」
「へいへい。ともかく、話を戻すが俺も混乱してるんだ。どうしてこんな力自分にあるのかってな。もし、こんな力を持ってるなんて知られたら……。きっと、俺は怪物扱いだろうな」
半分は冗談だが、半分は本気だ。仮に外で大怪我をして肉や血が逆再生で元に戻ったら、悲鳴の一つや二つ上がる程度で事が済むとは思えない。
最悪、どっかの研究施設にでも運ばれて人体実験の日々が始まるかも、なんてな。でも、それだけことは重大だという証左でもある。
「まあ、今後は怪我をしないよう気を付けるよ。俺だって、まだ平穏な暮らしをしていたいしな」
「そう。なら、私と同じね」
「同じ?」
「だって、私も魔法使いなわけだし立場はそう変わらないでしょ? それなら、お互いに助け合わないと。人として生活していくために」
「ナタ……」
「まあ、私は今のところキョウスケに負んぶに抱っこだとは思うけど。それでも、秘密を守ることくらいはできるし、いざとなったら……まあ、格闘術くらいは使えるから何とかなるわよ」
「魔法無くても、俺より強いじゃねえか」
「そういう女は嫌いかしら? もっとおしとやかな方がお好み?」
「いや、そんなことはねえよ。強い女は嫌いじゃない」
お互いの内情も曝け出したところで、ようやく俺たちはスタートラインに立てた。互いに向き合い、仲良く握手でも交わせば上々だろう。
「これからよろしくな」
「ええ、よろしくお願いするわ。あ、握手はしないわよ。エルフの体は他人が易々と触れていいものじゃないもの」
「……」
俺の顔が明らかにひきつる感覚が良く分かった。やっぱり、こいつと仲良くするのは当面は難しいかもしれないと思い直すのだった。