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第4章「国益という名の編集権」


整理部の夜勤は静かだった。

だが、その静けさは、ニュースが“無い”からではない。

むしろ逆だ。大きな“何か”が進行しているときほど、現場は口を閉ざす。


久保田は、その沈黙を破る言葉を探していた。


「……誰が紙面を作るのか」


自分自身に問うていた。

編集長か。デスクか。官邸か。CIAか。

それとも、自分か。


深夜0時過ぎ、SUBTEXT。

一度は編集部から“追い出された”久保田は、ここで新たな接触を待っていた。


マスターがグラスを差し出しながら言った。


「来てるよ。中国の人。あんたの一面、北京でも読まれたらしい」


「それは光栄です」


「喜ばせていい相手かは、わからんがね」


奥の席にいたのは、リー・ジェンハオ。

中国・統戦部の海上戦略部門の副主任。

軍ではない。だが、最も“戦争に近い外交官”だった。


「記者クボタ。あなたの記事は優秀だった。

だが、日本の新聞というのは、実に面白い」


「言論が自由だからですか?」


「違う。“編集”という名の検閲が、最も巧妙に存在する。

あれは自由ではない。“統制なき国家の統制”だ」


久保田は黙ってグラスを傾けた。


「尖閣は、もはや“海”ではなく“言論”の戦場だ。

その意味であなたは兵士だ。……だが、命令のない兵士に未来はない」


「あなたは国益のために戦ってるのか?」


「当然。だが“国益”とは、常に誰かの不利益と重なる。

それをあなたは理解しているのか?」


翌日、久保田は一通のUSBメモリを受け取る。

差出人は書かれていない。ただし中身には、驚くべき内容があった。


防衛省・日米合同作戦室の内部会議映像。


映像内で、日本側分析官がこう発言していた。


「尖閣は、地政学的に“交換可能領土”である。

米中間の偶発的衝突を防ぐため、早期に非武装中立地帯化する必要がある」


久保田は声も出なかった。

誰もそれを公式に語っていない。

だが現場では、すでに“譲渡可能”という空気が存在していた。


彼は編集部に駆け戻った。

社会部のデスクは、腕組みして待っていた。


「戻ったか、“特ダネ記者”。今度は何を書く気だ?」


「国益についてです」


「お前が、国益を語るのか?」


「はい。官邸じゃなく、俺の言葉で」


デスクは一瞬だけ沈黙した。


「……よし、出せ。だが、今度は“紙面設計”もお前がやれ。

何面に何をどう並べるか。誰の顔が最初に読者に見えるか。

それも報道の“構成要素”だ」


久保田は頷いた。

活字の配置――それが“主張”であることを、改めて理解した。


編集局2階の「製作センター」。

そこは文字通り、新聞という巨大機関の“最後の砦”だった。


久保田は、“横トッパン”を張るよう、レイアウト係に要求した。


〈尖閣“放棄”は交渉戦略か――防衛省内部文書流出〉


社会部・政治部・国際面の3面を連結し、

“ひとつのストーリー”として読ませる紙面構成。

久保田の提案は異例だったが、デスクも局長も口を出さなかった。


その沈黙は、「信じる」という最も厳しい形の任せ方だった。


午前1時45分。


久保田の原稿に、最終の見出しが打たれる。

その時、社内のネット回線に異変が起きた。


防衛省からの“閲覧要求”。

CIAの“アクセスログ通知”。


だが、彼は言った。


「出せ。今夜、間に合うように」


輪転機のスイッチが入った。


印刷所にインクの匂いが広がる頃、久保田はふと空を見上げた。

曇天。気温1度。風速4メートル。


その空の向こうに、与那国、石垣、尖閣がある。

そして、誰にも語られなかった“国益”が、そこに横たわっている。

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