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仲介  作者: あ行
7/9

7雨

「長、」

「ん、なぁに。」

 にぱっと机に肘をつけて笑ってくれた。僕はその笑顔を(うたぐ)った。

「仲介って生きるのが嫌なの?」

「…………。」

 無表情になった。無機質で、無頓着、無慈悲な顔。

「さぁ?」

「……そう。」

 くははと隣で笑う。

「お前はどう思う。」

「僕?僕は……どうだろう。分からない。仲介のこと、あんまり知らないから。」

 またくははと笑って、僕の頭をグリグリ撫でた。

「そうか、そうじゃよな。まず相手を知らんとなぁ。」

 長、なんで雑用の僕なんかに構うの。

――――――――――

「待って。」

「…………。」

 仲介とまた帰り道を練り歩く。

 瓦屋根が濡れて、晴れの日とはまた違う深みを帯びた色艶が、雅やかで美しい。言わば、(さざなみ)のようだ。棚田のように水を流し、滝のように水を落とす。ツヤツヤとした瓦屋根は愛らしく格好いい。

「傘、入らせて。」

「駄目だ。」

 肩に雨が滲む。だんだんと人が多くなってきた。

「うわぁ……」

 僕は仲介を見失わないように、あとを付いた。

 皆、紫陽花を差して歩いている。

「見て、仲介。紫陽花だよ。」

「はよ來い。」

「まりみたいだよ。」

「花なんて見て何になる。早く行くぞ。」

 仲介は生きを急いでいるようだ。

「旅館に?」 

「……。」

 仲介は僕を見下した。(じゃ)目傘(めがさ)を差して、泥が付いた下駄を履いて。

「それしかないだろ。」

――――――――

「くしゅん。」

 私の部屋で雑用がくしゃみをした。うっとうしい。

「ゔー。」

「……。」

 氣にせず小説を読んだ。雨は程よく降っている。

「っしゅん。」

「あぁ……!もう……!!」

――――――――

「藥をくださいな。凮邪藥。」

「……。」

 無薬の手が止まる。早くしろ。

「熱があるんだ。」

「……そのようには見えないが。」

「いいや?凮邪さ。早くくれ。」

「…………。」

 無薬は無視をして、測りで重さを確かめている。

「……雑用が、」

 雨音に声が混じる。

「雑用が、私のせいで凮邪を引いたんだ。」

「……雑用とはあのいつも隣にいる小供か?」

「あぁ。」

「少し待っておけ。」

――――――――――

「――――。」

 すうすうと()ている雑用を眺めた。

「なぁ、」


「なぁ、お前は己れと一緒にいて……」

 やめよう。

「……んう、」

「…………。」

 迫力ある仲介が目に入った。

「お、」

「お……?僕、寐てたの?」

「……あぁ。」

 雨の日の寂光が格子窓から注ぐ。

「僕は僕の部屋があるのに、よかったの?」

「……あんな所、自分の部屋と言えるのか?」

「うん。そうだよ。皆んなと寢てるよ。」

 雑用の部屋に行くと、広い畳部屋にいくつもの布団が並べられていた。

「お前があんな所いったら、皆に移って迷惑だ。」

「…………。」

 頭がぽーっとしてしんどそうだ。

「ほら、」

「え、藥?」

「あぁ。そうだ。飲め。」

 湯呑みに水が入っている。

「……ありがとう。」

 藥は雑用のものではなく、それより良い藥だった。

「安靜にしとけ。」

「分かった。」

 ぽつぽつと雨が降る。無音の雨。

「天ぷら……」

「天ぷらぁ……?」

 語尾が上がる。

「雨、天ぷら、揚げてるみたい。」

 何を言ってるんだこいつ。

「食べたい。」

「……、」

 口角が上がりかける。

「分かったから、寢ろ。天ぷらが出た時に、私のを食べれば良いじゃないか。」

「……だめ、」

 子は寢入った。

 スー

「何ですか……」

「やぁ仲介。雑用が凮邪にかかったようじゃないか。」

 長がズンズン部屋に入って來た。

「なぜそれを。」

「無薬が言ってた。」

 長と無薬は何かがあるに違いない。

「…………。」

 隣で長が胡座をかく。

「おい、」

 長が雑用を見ながら私を呼んだ。

「お前の部屋はいつも暑いな。」

「……!そ、そうですか。」

「あぁ。」

 七輪のこと、バレているのか。はたまた偶然か。

「なぁ、」

 今度は長が優しく声をかけた。

「この子は、この子はまだ右も左も分からん。だから、だからな、仲介。きっとこの子は貴方を変える。」

「……、」

 何の確信を持って言っているのだろうか。私も左右盲だというのに。

「長はなぜこの雑用に執着しているのですか。」

「くはは……。」

 乾いた笑いだ。きっと起こさないように声を殺したんだ。

「なんだ。嫉妬か?仲介。いいぞ、寂しくなったらいつでもわしの所に來い。そしたら、話でも何でも聞いてやる。」

「いえ、そう言った意味では。」

「それともわしに甘えたいんかえ?おー、よしよし。」

「違います。」

 手を払いのける。(さげす)む顔で長を見た。

「そんな目で見るな。」

「……?!」

「くはは。大丈夫。ちゃーんと面はついとるぞ。」

 にまにまと揶揄(からか)う長が脳裏に焼きついた。

――――――――

「へっくしゅん。」

「大丈夫。仲介。」

「あぁ?付いてくるな。」

「くはは。お前、凮邪引いたんやなぁ。」

 殘りの息でこう言った。

「ほんと、優しいなぁ。お前は。」

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