7雨
「長、」
「ん、なぁに。」
にぱっと机に肘をつけて笑ってくれた。僕はその笑顔を疑った。
「仲介って生きるのが嫌なの?」
「…………。」
無表情になった。無機質で、無頓着、無慈悲な顔。
「さぁ?」
「……そう。」
くははと隣で笑う。
「お前はどう思う。」
「僕?僕は……どうだろう。分からない。仲介のこと、あんまり知らないから。」
またくははと笑って、僕の頭をグリグリ撫でた。
「そうか、そうじゃよな。まず相手を知らんとなぁ。」
長、なんで雑用の僕なんかに構うの。
――――――――――
「待って。」
「…………。」
仲介とまた帰り道を練り歩く。
瓦屋根が濡れて、晴れの日とはまた違う深みを帯びた色艶が、雅やかで美しい。言わば、漣のようだ。棚田のように水を流し、滝のように水を落とす。ツヤツヤとした瓦屋根は愛らしく格好いい。
「傘、入らせて。」
「駄目だ。」
肩に雨が滲む。だんだんと人が多くなってきた。
「うわぁ……」
僕は仲介を見失わないように、あとを付いた。
皆、紫陽花を差して歩いている。
「見て、仲介。紫陽花だよ。」
「はよ來い。」
「まりみたいだよ。」
「花なんて見て何になる。早く行くぞ。」
仲介は生きを急いでいるようだ。
「旅館に?」
「……。」
仲介は僕を見下した。蛇の目傘を差して、泥が付いた下駄を履いて。
「それしかないだろ。」
――――――――
「くしゅん。」
私の部屋で雑用がくしゃみをした。うっとうしい。
「ゔー。」
「……。」
氣にせず小説を読んだ。雨は程よく降っている。
「っしゅん。」
「あぁ……!もう……!!」
――――――――
「藥をくださいな。凮邪藥。」
「……。」
無薬の手が止まる。早くしろ。
「熱があるんだ。」
「……そのようには見えないが。」
「いいや?凮邪さ。早くくれ。」
「…………。」
無薬は無視をして、測りで重さを確かめている。
「……雑用が、」
雨音に声が混じる。
「雑用が、私のせいで凮邪を引いたんだ。」
「……雑用とはあのいつも隣にいる小供か?」
「あぁ。」
「少し待っておけ。」
――――――――――
「――――。」
すうすうと寐ている雑用を眺めた。
「なぁ、」
「なぁ、お前は己れと一緒にいて……」
やめよう。
「……んう、」
「…………。」
迫力ある仲介が目に入った。
「お、」
「お……?僕、寐てたの?」
「……あぁ。」
雨の日の寂光が格子窓から注ぐ。
「僕は僕の部屋があるのに、よかったの?」
「……あんな所、自分の部屋と言えるのか?」
「うん。そうだよ。皆んなと寢てるよ。」
雑用の部屋に行くと、広い畳部屋にいくつもの布団が並べられていた。
「お前があんな所いったら、皆に移って迷惑だ。」
「…………。」
頭がぽーっとしてしんどそうだ。
「ほら、」
「え、藥?」
「あぁ。そうだ。飲め。」
湯呑みに水が入っている。
「……ありがとう。」
藥は雑用のものではなく、それより良い藥だった。
「安靜にしとけ。」
「分かった。」
ぽつぽつと雨が降る。無音の雨。
「天ぷら……」
「天ぷらぁ……?」
語尾が上がる。
「雨、天ぷら、揚げてるみたい。」
何を言ってるんだこいつ。
「食べたい。」
「……、」
口角が上がりかける。
「分かったから、寢ろ。天ぷらが出た時に、私のを食べれば良いじゃないか。」
「……だめ、」
子は寢入った。
スー
「何ですか……」
「やぁ仲介。雑用が凮邪にかかったようじゃないか。」
長がズンズン部屋に入って來た。
「なぜそれを。」
「無薬が言ってた。」
長と無薬は何かがあるに違いない。
「…………。」
隣で長が胡座をかく。
「おい、」
長が雑用を見ながら私を呼んだ。
「お前の部屋はいつも暑いな。」
「……!そ、そうですか。」
「あぁ。」
七輪のこと、バレているのか。はたまた偶然か。
「なぁ、」
今度は長が優しく声をかけた。
「この子は、この子はまだ右も左も分からん。だから、だからな、仲介。きっとこの子は貴方を変える。」
「……、」
何の確信を持って言っているのだろうか。私も左右盲だというのに。
「長はなぜこの雑用に執着しているのですか。」
「くはは……。」
乾いた笑いだ。きっと起こさないように声を殺したんだ。
「なんだ。嫉妬か?仲介。いいぞ、寂しくなったらいつでもわしの所に來い。そしたら、話でも何でも聞いてやる。」
「いえ、そう言った意味では。」
「それともわしに甘えたいんかえ?おー、よしよし。」
「違います。」
手を払いのける。蔑む顔で長を見た。
「そんな目で見るな。」
「……?!」
「くはは。大丈夫。ちゃーんと面はついとるぞ。」
にまにまと揶揄う長が脳裏に焼きついた。
――――――――
「へっくしゅん。」
「大丈夫。仲介。」
「あぁ?付いてくるな。」
「くはは。お前、凮邪引いたんやなぁ。」
殘りの息でこう言った。
「ほんと、優しいなぁ。お前は。」