6溺
「仲介、」
「なんですか。」
長が、にまにまとこちらを見つめる。なんだか嫌な予感がする。
「この子を一週間預かれ。」
ジャジャーンと雑用を見せつけた。朝食を食べる奴。
「私に、嫌だという拒否権はないのでしょう?」
陽が目に入る。
「くはは。あぁ、そうじゃぞ。では、頼んだ。」
長は緩やかに一歩々々歩き去った。
「くそぉ……!」
仲介は眉間にシワを寄せて、拳を握りながら僕の眼を見た。
――――――――――
「……ここで待ってろ。」
水路。ギッと睨む。
「……分かった。」
――――――――――
青い柳は波を打つ。舟の上で取引をする。
「魚、これだけですか?」
黒い布をまとった奴がジャラジャラと装飾品を鳴らした。
「……分かりました。一度、長に連絡を入れるので帰社いたします。」
またジャララと。うるさい奴だ。
振り返ろうとした刹那、
「うわぁ!」
ザバッ!
なんだなんだ?軀が沈んでいく。あいつら、己れを落としやがった。頭のネジ外れとるんか。
ポコポコ
水泡が上へ上へと、歪なジャポン玉のようにヒラヒラ舞う。光が瓦屋根のように波打つ。
「…………。」
もういいか。このまま沈んで死んでしまえば。己れなんか己れなんか。
眞っ暗になった。
ボコボコ
「……っ!!!」
誰かに腕を引っ張られる。大量の泡を吐いてしまった。いしきがもうろうとする。
「……がはっ、ごほっごほっ、」
陸へ上がったようだ。空氣を食べて食べて食べまくった。
「はぁ、はぁ、っ、ごぼっ」
だれだ、
「……だ、大丈夫っ?」
「ざつよう、なぜ、なぜ、助けた。」
「だって、溺れてたから。」
「そんな理由で、助けたのか。」
あと一寸だったのに。
「仲介は僕のこと優しくしてくれるから。助けてくれたから。」
「そんなことしてないぞ。」
「したよ。だって前も取引相手から守ってくれた。僕、あそこで何かしてたら死んでたもん。」
死という言葉に引ッ掛かる。
「……。あーあぁ、そうかいそうかい。もういい。帰るぞ。」
「僕らに帰る場所なんてあるの?」
「……、」
顎から水滴が垂れる。
「それは……、」
目を逸らす。逸らしても相手に見えないのに。
「知らん。そんな事は己れで決めろ。私に聞くな。」
――――――――――
「あ、花だ。」
「あ、烏。」
またあ、あ、と興味津々で"それ"に近付いた。
「待ってよ。」
「知らん。早く歩け。」
仲介はなんでこんなに急いでいるんだろ。旅館に行ってもまた働くだけなのに。
「おい。道草を食うな。」
「……これ、食べていいやつだよ。」
「……!」
振り向くと雑草を手にして、もぐもぐとほうばっていた。本当に草を食っていたなんて。
「食うな食うな。ほら、ぺってしろ。あと猫を離せ。」
「……だって、お腹すいたもん。」
猫又はにゃあ、と雑用の手をすり抜けた。
「…………。腹なんか空かん。私のをあげるから、そんな汚ねぇのを食うな。」
「……駄目だよ。食べなきゃ。」
旅館の裏口へ入る。
「当の私が言ってるんだ。」
「長が食べさせろって……」
「くははっ!」
横から笑い声。
「二人とも、仲良ぉしてたんだなぁ。」
長か。木の床に水が滴り落ちる。
「「………………。」」
「くはは、二人とも、今回は特別に風呂を開いてやろう。」
――――――――――
「あ゙ぁー、」
「仲介、呑みすぎ。」
「あ、何するんだ。」
ぽっと赤い頬を照明が照らす。
「お前も呑みたいのか。あげんぞ。これは己れのへそくりだ。」
「いらないよ。そんな溺れるまで呑みたくないよ。」
ダラっと指をさす。
「第一、なぜ己れの部屋にいる。」
仲介の目が見えそうだ。
「長が、」
「長長長って、何回言えば済むんだ。長の命令しか聞けんのか。」
「仲介、今日もご飯食べなかったでしょう。」
「…………。」
無視された。仲介の面が脱力している。
「「………………。」」
靜かになる。
蟲の声が幽かに聞こえてきた。ただ、部屋には酒を呑む音が響く。
「己れなんか、游郭生まれのいらない奴さ。」
喉仏が動く。
「ゆうかく?」
「……。知らなくていい。あんなところ。これは独り言だ。」
首筋は照明に当たる。
「あんなところ、知らないくていい。」