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仲介  作者: あ行
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33綠

「やぁやぁ、よお來たなぁ。」

 と、長は雑用と無薬、そして私に水を注いでくれた。

 私の隣に雑用、机を挟んで向かいに無薬、斜め向かいに長。

「……なんの集まりですか。」

「……仲介の言うことに最もだ。藥を調合しなくてはならないのに……、」

「くはは。いいじゃないか。見ろ、」

 と、トングを使って透明な物体を皆んなに魅せた。無薬と仲介は呆れて、雑用だけがキラキラと見ていた。

「氷。」

 り、の口でニカっと笑っている。

「氷屋で買ったんじゃ。」

 目の前へ湯呑みを渡された。とぷんとぷんと、透明に透明を重ねる。氷は悲鳴を上げていた。

「っ……冷たくて美味しい。」

 雑用はもう飲み終わったようだ。すると、

 パキッ

「……ぅ、」

 氷に空氣が入っていたのか、その衝撃で水が飛び、面の隙間から目に入った。

「……ふっ。」

 無薬が隣で笑う。鬱陶しい。

「どれ、茶もあるぞ。どうだ?」

「ううん、水でいい。」

「スイカもあるぞ、ほれ食べな。」

「いただきます。」

 雑用はもう手に取って頬張っていた。

「特に仲介、食べな。」

「……わかりました。」

 無薬は大人しく、スイカの頂を食していた。仕方なく一口。

 シャク

 一寸甘い。水分が口いっぱいに広がる。白い種は飲み込んじゃえ。

「美味しいだろう。」

――――――――――――

「でな、柘榴(ザクロ)の花が奇麗でなぁ。な、無薬もそう思ったろう。」

「……何とも思わなかった。」

 初めて無薬の意見に同感したかもしれない。心の中で(うなず)いた。

「えぇ……仲介は花は好きかい?」

「……普通です。」

 無薬はチロっと仲介の方を見た。この時、二人の間で暗黙の結託が生まれた。

「ふつう……」

「僕は好きだよ。」

「ほら、雑用もこう言っとる。」

 と、わざわざ雑用の隣に、四つん這いで行き小さな肩を持ち、二人を敵視した。

「悲しいなぁ。雑用。」

「うん、悲しいね。花は可愛いのにね。」

「「かわいい……?」」

 少し音がズレる。

「ふむ、花を可愛いと思ったことがないな。」

「おい、仲介……。流されるな。」

「そうだそうだ。仲介、いい表現じゃろう?こっちに來い。」

「仲介、こっちこっち。」

 長が突然、ビシッと無薬に指差した!

「行け!雑用!無薬を押し付けるんだ!!」

「……っ!何するんだ……!どけ……!」

「くははっ!!ははっ。」

 猫の戯れのようにごちゃごちゃと游ぶ。長は笑い、目に涙が薄っすら溜まっていた。それを長細い人差し指で拭う。

「良いんですか……。」

「あぁ。()()い。ふふっ。」

 長は私の目を見てこう言った。

「仲介、少し話そうじゃ無いか。」

――――――――――――――

 綠側へと案内された。無薬と雑用はさっきの部屋で待機している。

「暑いな。」

 遠くの方でヒグラシが泣いていた。長の(くび)に一筋の汗が伝う。

「はい。」

 何となく長が私だけを呼んだことは察した。

 目の前の庭は、奇麗に整備されている。

「仲介、あの子と過ごしてどうじゃ?」

 樂しい?っと頭を傾けた。

「……別に、何も変わりゃしませんよ。」

「くはは。そうか。ならばあの子を元のいた生活に戻そうかの。」

「……なぜです。」

「何じゃ、何とも思ってなかったら、あの子をどう扱おうがこっちの勝手じゃろう?」

「そうですが……。前の生活はどんな凮でしたか。」

「お前は知らんくて良い。」

 長は胡座をかいて、顎に手を乗せていた。私は正座をして真っ直ぐ正面を向く。

「仲介、」

 私は長の音を後、何回聞けるだろう。

「あの子の事は、好きか。」

「…………。」

「くはは、そう顔を逸らすで無い。」

 仲介は頬を赫らめたりせず、口つぐんでいた。照れ隠しで向こうを見たのではなかった。

「あの子はな、仲介の事を好きと言っていた。」

 噓だ。わしが問うた時、雑用は分からないと言った。

「……、本当ですか。」

「あぁ、本当さ。」

 ごめんなさい。

「そうですか……。」

 貴方に生きて欲しくて。

――――――――――

「止まれ……!止まれ……!!」

 何でこいつこんなに力が强いんだ?押しつぶされる。

「おい……!おい!長はもうここにいない!」

「……え、」

 ようやく手を離してくれた。手首がジンジンと血を巡らせた。

「あぁ……。」

「ごめんなさい。氣付かなくて……。」

「……いい。」

 着崩された着物を正し、机にあるキンキンに冷えた水を飲み干す。チリンチリンと風鈴のように、氷が鳴った。

「二人とも、どこ?」

「……知らん。」

 雑用は困惑した眉でこちらを見つめた。

「たぶん……そこの奧で大切な話をしてるのだろう。……行くなよ。」

「……うん。」

 無薬さんの声色は優しかった。

「…………。」

 雑用は靜かに私を見つめていた。

「なんだ……。」

「……無薬さんってなんで長と仲良いの?」

「……知らん。」

 湯呑みの中の自分を見つめた。

「好きだから?」

「断じて違う。私は長に救われた。ただそれだけだ。」

「……そうなんだ。僕と一緒。」

 雑用は小供だとは思えないほど、酷く切ない顔をしていた。眉は平行に少し笑って、申し訳なさそうな眼だった。

「僕ね、游郭でうまれたんだ。何にも覺えてないけど、長が手を差し伸べてくれたのは、はっきりと記憶に殘ってる。」

 敬語に色々、教えてもらった。

「……そうか。」

 これ以上詮索するつもりはない。けれど、暇だから会話を途切れさせたくなかった。

「雑用は仲介のこと、好きなのか。」

「うん。好き。生きていて欲しい。」

 私もそのように真っ直ぐに生きたい。

「僕の恩人だから。」

――――――――――――

「仲介、わしの秘密を教えてやろう。」

 もう夕暮れ時だった。向日葵のように四辺(あた)り一面、奇麗だ。

「わしは、わしはな、あの世に大切な人がいるんだ。」

「…………。」

 淋しい。

「けど、けどわしはまだ生きている。死にたいなんて……」

「……長、」

 そんな顔でわしを見ないでくれ。自分が慘めだと氣付かされる。

「あの子は病弱だった。もう会った時にはすでに重い病にかかっていた。そしてあの子は自ら命を断とうとした。わしも一緒に心中しようと必死に訴えたが、わしはあの子に」

 ヒグラシはまだ泣き続けていた。


  

「 貴方は生きてください。 」


  

「そう言われてしまった。」

 仲介はわしの眼をよく見つめている。

「だから今でも生きている。こんなわしでも生きている。」

「そんなっ……長は、長は優しい人です。」

「そうかぁ……?わしなんてまだまだだよ。」

 ぐしゃぐしゃと仲介の頭を撫でた。仲介はまだ生きている。

「長は私の恩人です。」

「仲介はわしの大切だ。」

 隙間も無く長は言う。キキョウはもう枯れた。

 ぎゅぅ

「……おさ、」

 仲介の心音がよく聞こえる。

「仲介、」


「ずっとここにいてね。」

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