19々
「あ、」
「どうしたの。仲介。」
あ、の口で止まっている。これから取引先へ行くところだ。僕も同行できるなんて嬉しいな。
「キセル。部屋に忘れた。」
まだ仲介は空を見ていた。僕の方じゃない。
「いつも持ってるけど吸わないじゃん。」
「吸うさ。今日こそは吸う。」
と、口をキュっとし、キセルを吹かすフリをしている。
「雑用。取ってきて。」
「えぇ……。」
――――――――
「なんで僕が……。」
苛立ちの念を床に叩きつける。しょうがない。身分が雑用なのだから。
「どこ?」
仲介の部屋はいつも暑かった。けど最近はそうでは無くなった。どうしてだろうか。
「……ん?あれ、これ僕が摘んだ花だ。」
キセルを探していると、机の上に置かれた栞を見つけた。花は押し花になっていた。
――僕が摘んできた花だよ。
――ふぅん。
「照れ屋さんだなぁ。」
ふと、読みかけの頁が開かれた小説が目に入る。小説は窓からの斜陽で、ぽかぽかと光っていた。
「あ、」
その頁の紙は、ふやけた跡が殘っていた。いくつもの円形が、舞台の上で踊ったようだ。
「仲介も泣くんだ……」
仲介はいつもぶっきらぼうで、知らん顔をしている。けど、こんな一面を見れてホッとした。
――――――――――
「仲介、はいどうぞ。」
「ありがとう。」
仲介はそう言いながらキセルを見た。
「もう、何処にあるのか分からなかったんだから。」
「そんな分かりにくい所に置くはずないだろう。贈り物なんだから。」
二人は肩を並べて歩いた。
「えぇ?そうなの。誰から?」
「長だよ。長。」
「へぇ。いいなぁ。僕も長から何かもらいたい。」
「お前、知ってるぞ。前に長から飴を貰っていただろう。」
「……!なんでその事知ってるの。」
「ふふん。なんでだろうなぁ。」
階段を下る。私が先で雑用は後ろだ。とんとんと降り方に個性が出る。
「なんで知ってるの。」
「ははっ、」
仲介は僕の方を見上げて、ニカっと笑った。その笑顔を見て僕は少し驚いた。にこやかな仲介が脳裏に焼き付いた。
「ひみつ。」
「うぅん……!もう……!」
取引先へと向かう。
――――――――――
「…………。」
「…………。」
肉屋で取引をしていた。皮の垂れた牛みたいな者が、彼此一時間ずっと考えている。
「お肉弍拾貫。なにかご不満でも。」
「………………。」
ずっと紙を眺めていた。耳鼻には金のピアスを付けている。
「………………。」
「……っー、」
まだかまだか。
「それとも、この肉の量は参拾でどうでしょうか。」
「………………。」
あ゙ー!早く終われー!!
――――――――
「っだー!!……あぁ。」
夕方。
仲介は虚に向かって背伸びをした。あの世からの距離はまだまだである。
「随分と長引いてたね。そんなに長考する事だったかなぁ。」
「自分がそう思ってなくても、相手にとっては大事なんだろう。まぁ、それにしても長過ぎるけどな。」
「もう足が棒だよ。」
「はっ、滑稽だ。カカシみたいだな。」
仲介は鼻から笑った。
空氣が生温い。雨が降った後のようだ。
「あ!」
雑用が叫んだ。一寸心臓が跳ねたではないか。心臓が痛む。これは生まれつきだ。
「おい、」
小走りして行く雑用の跡をゆっくりと下駄で歩いて行った。
「ねぇ、仲介。見て。」
「なんだ。」
雑用はふんすふんすと興奮氣味に何かを指していた。
「かき氷か。」
しゃくしゃくとトカゲが氷の山を食っていた。細長い舌をぺろぺろさせながら、こちらを侮る目で見ている。
「…………。」
期待の眼差しで、雑用がこちらを見てくるではないか。
「無理だぞ。」
「え……。仲介のヘソクリでどうにかしてよ。」
「嫌だ。こんなんに払うのは勿体無い。諦めろ。」
「分かった……」
雑用が悲しそうに俯いた。今にでも膝から崩れ落ちそうである。
「あぁ、もう……!」
――――――――
「へへっ。仲介、ありがとう。」
「ちゃんと味わって食べろよ。」
雑用が食べているのはかき氷ではなく、ねり飴を食べていた。
ねり飴なら、かき氷より錢はかからないしそれに――
「ふふっ。」
雑用も嬉しそうだ。
「…………、」
二人ゆっくりと歩いて帰る。歩幅を合わせてゆるゆると。
「いつまで練ってるんだ。」
「もう一寸。」
練りすぎて白くなっている。あんなに透明で、水のように奇麗だったのに。
「仲介、仲介、」
雑用はねり飴を持ちながら、私の方へ手招きした。
「なんだ。」
雑用へ近寄る。
「んぐ!」
「にひひ。引ッかかったね。」
急にねり飴を突ッ込まれた。からかった目でこちらを見ている。
「甘い……。いらんかったのに。」
「そう言うと思って、口に放り込んだ。」
「……まぁ、半分だけなら。」
仲介はそう言ってねり飴を舐めた。かき氷よりこっちの方が良かったかもしれない。
「美味しいね。」
――――――――――――
「やっと旅館に帰って來れたー……!」
「樂しかった。」
雑用の純粋な心に胸を打たれた。
「まぁ……そう――」
ごにょごにょと口がごもる。
「ん、あれ、長だ。」
「ほんとだ。」
なぜか本の山に囲まれてその中にちょこんと坐っていた。
「お!仲介〜!」
ひらひらと大きな手をこちらに振った。呼ばれたからには行くしかない。
「仲介。どうじゃ。ほれ、小説じゃよ。いつも読んどるじゃろう。あげる。」
「……!いいんですか。」
「いいよいいよ。どうせ捨てるんじゃ。ろはじゃ。」
長はぽんぽんと本を触った。仲介は宝探しのように本を漁っている。
「雑用はいいんかえ?」
「僕、あんまり文字読めないからいい。」
「そうかそうか。」
仲介は「あ、これ欲しかったやつだ……!」と小言で嬉しそうに呟いている。
「しかし、皆書物となると誰も興味を示さんな。」
な、と僕の方を見た。たぶん今仲介に話しかけても耳に入らないから、雑用の僕に話しかけたんだと思う。
「食べ物の時は皆勢ぞろいで、よってたかっていたのに……。」
「本は食べれないからね。」
「くはは。そうやなぁ。」
仲介はまだ本を探していた。
「雑用、」
「……?」
雑踏の中、長は胡座をかいている。
「仲介のことは好きか。」
「え、」
仲介のこと……。
俯く。分からなかった。考えると分からなくなった。
「くはは。仲介、ちと多くないかえ。」
「いえ、まだまだです。」
仲介の方を見上げると、仲介は両手いっぱいに本を抱えていた。
「そんな持ったら、部屋に入らないよ。」
「いや、入る。」
「入らない。」
「入る。」
「入らない。」
「くはは。仲介。その辺にしておきなはれ。また本を用意してやろう。」
――――――――
「やったぁ。これで飽きずに済むぞ……!」
「部屋がもっと汚くなるのに。」
雑用はそう言って、私の小説を三割九厘ほど持ってくれた。優しい。
「ならないさ。」
「なるよ。僕が予言する。」
「……?なんか廊下が騒がしいなぁ。」
ざわざわしている方に近付いた。
「なんだ。廊下が抜けているだけじゃないか。」
皆んな長よりこっちの方が好きらしい。なんだか長が健氣に見えてきた。
「戻ろう。」
――――――――
さっそく小説を読もう。仲介に尻尾が生えているなら、多分今はゆらゆら揺れている。
「僕も読ませて。」
脚の間に入ってきた。雑用の高い体温が、私の冷たい脚に触れて暑い。
「読めんやろう。一人で読みたいんだ。」
「いいじゃん。減るもんじゃないし。」
「…………。今日だけだぞ。」
――――――――――――
「仲介さーん、仲介さーん。長から報告です。」
敬語が襖越しに仲介を呼ぶ。
「あれ、また頑固発動ですか。入りますよ?失礼します。」
襖を開けた。
「……、おやおや。仲の良いこと。」
仲介と雑用は二人で寢ていた。腕枕までさせてもらっている。
「…………」
今度は三人で一緒に寢た。
仲介はその後、叫んだ。