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仲介  作者: あ行
15/37

15休

「…………。」

 昼時。ちよちよと鳥が鳴いている。鼻筋に光が当たった。

「…………、」

 靜かにしていると、よく外の音が聞こえてきた。ダンダンと足音。何氣ない会話。(ひる)の音。

「…………!」

 誰かが來た。一寸(ちょっと)の空白の後、直ぐに何処かへ行った。

 襖から目を見せて、誰もいないことを右往左往、怪しらめた。

「よし……、」

 どうやら私は、誰かと会うのが怖いらしい。

「ご飯だ……」

 お膳が地べたに置かれていた。たぶん長が、そう命令したのであろう。

「……、」

 正直、あまり食べたい氣分では無かった。

 襖を閉じた。汁物が太陽でキラキラと輝く。

「少しだけ、少しだけ。」

――――――

「うっ、」

 やはり駄目であった。二割九分ほど食べた。でももう無理だ。

 外に膳を出して、小説を読んだ。七輪は長に回収されて、もうこの部屋にはない。

「…………。」

 ぽんっと座布団を枕代わりにし、横になる。

「……飽きた、」

 この本、何頁とあるがもう全て暗記した。しかしもうこれ以上、本は増えやしない。

「……、」

 さらに横を向く。前髪が垂れた。

 小説はただ、暇つぶしで読んでいた。なんとなく、読んでいた。想像するのが好きだった。

――――

「ずずっ、」

 何度も読んだがこのシーンは泣いてしまう。憧れの人が亡くなってしまうなんて、切ない。

「……、」

 ぽたぽたと雫が落ちた。

 私にもそういう者がいたらなぁ。自分が死んだら誰か弔ってくれるのだろうか。いや、そんなやつ

「いないか……。」

――――――

「仲介、元氣ないの?」

「あぁ、そっとしてやっておくれ。」

 僕は長に話しかけた。皆んな、長を慕ってよく話しかけている。一部を除いて。

「行くなよ。」

「う、うん、」

 その声は耳の奥まで響いた。笑っていたけれど、地獄のような甘い声だった。

「長は仲介のとこ、行ってないの?」

「行ってないよ。行っていると思っとるんかえ?」

「うん。だって長だから。」

 口に手を添えて、豪快に笑った。

「くはは。なんだぁ?それは。わしは仲介のことを何も知らんぞ。」

 仲介が寢込んでいる理由は、凮邪じゃない。それは小供の僕でも分かった。

「そうなの?」

「ああ。だから、行くなよ。」

 今度は朗らかな声だった。けど冗談っぽくは聞こえなかった。

――――――――

 畳の上に寢転んだ。段々々と波を打っている。自分の影がはっきりと見えた。まつ毛がだけが動く。一本一本と光を反射させた。

 仲介の腰の帯境も見えた。

 波に沿って指をなぞる。樂しい。

 畳の匂いがする。夏を感じた。

「すぅ、すぅ、……うぅん、あれれ、」

 どうやら寢ていたようだ。べりべりと畳から頬を外す。海の跡が付いた。

「今、何時?」

 すりすりとほっぺたを触りながら、窓の外を見た。夕方だった。

 カァカァ

 烏が鳴いた。空腹だと。

 かぁかぁかぁ

 こちらは満腹だと。

 かぁかカァカ……

 二匹の鳴き声が重なった。

 …………カァカか

「ふふっ。また重なっておる。」

 ……

 まだ昨日の感覚が殘っている。

 とんとんとん

「……!」

 また誰か來た。夕食を運びに來たのだろう。

 しかしまた食べたくない。無視しよう。

 バサっ

 新聞を広げる。独特な紙の匂いがした。

「ふぅん。」

 特に面白いものはなかった。ナマズが暴れているだとか、ご当地土産だとか。

 次の頁を開く。それは大きな見出しだった。

「……梅雨はもう、明けていたのか。」

 窓の外を眺める。

――――――

「……。」

 夜。今夜は月が奇麗だった。

 どうしよう。厠へ行きたい。さっきまで、行きたくなかったのに。

「……誰もいない?」

 今は雑用たちや、接客たちは晩御飯時なはず。

 忍者のように、抜き足差し足で廊下を歩いた。

「……良かった。」

 用を済ませて自室へ戻る。あとはこの廊下を歩くだけ。

 シャワシャワリンリン

 虫の声が騒がしい。

「ねぇ――」

「そうなの?」

 きゃはは

「……!」

 とっさに死角へと隠れた。くそぉ……!こんな時に限ってもう食べ終わったのか。

「わたくしも馬鹿ですからね。」

「自分を下げないでよ。じゃあ殴れば良いの。」

「はい。渾身の一撃を。」

「……!!」

 一番会いたくない奴らに会った。また死角へ隠れる。

「……しないよ。」

「貴方にはできないでしょうね。それに、今日は一段とご機嫌斜めなご様子で……。仲介さんがご不在だからですか?」

「うるさい。そうに決まってる。さっき言ったじゃん。」

「あら、そうでございますね。貴方の反応が面白くって。」

 二人は去って行った。

「…………。」

――――――――

「くあ〜。もう寢よ。」

 その前に日記日記。

――――――――――――――――

 今日は一日休みであった。小説を読んだり昼寢をしたり。変な一日であった。

 

 厠から自室へ戻る際に、あいつらに会った。雑用壱と弍。特に会話もしなかった。        ↑我ながらに上手いと思う

 

 そう言えば、私の七輪は長が回収してしまった。長には抗えない。そのままにしておこう。なにゆえ、七輪は小説で読んだ方法だったから、あまり効果がなかったようだ。虚構(フィクション)だから仕方がない。他の方法を探そう。例えば、毒、紐、水……。

 時間があればしておこう。必ず。


 この日記はいつか誰かに読まれるかもしれない。そこの読んでいる貴方、どうか誰にも言わずにこれを処分してください。そして、私の墓の前にも日記のことは、私に言わないでください。

 恥ずかしいのです。

 どうか、脳の片隅に置いて、いつか記憶を消してください。

――――――――――――――――

 筆を置いて、仲介は眠りについた。

 晩御飯。お腹が空いた。るんるんだったのに、

「…………。」

「美味しいですね。」

「なんで隣にいるの?」

「いいじゃありませんか。雑用のよしみですよ。」

「…………。」

 せっかく樂しい夜ご飯なのに。たのしい、たのしい、

「…………。」

「おや、どうされたんですか?すごく悲しい顔をされて。」

「仲介が……」

「そうですね。仲介さんは今ここには居ません。貴方の目の前にも隣にも。」

 ギッと睨む。こいつの言っていることは間違ってない。けど氣持ちがかなしくなる。

「……。」

「おや、また貴方になにか氣に触ったようで。」

 ぶん殴ってやりたい。人の氣持ちを踏みにじって何が樂しい。

「そう言えば、仲介さんって何故、今日は休みだか知ってます?」

「知らない。」

 箸で雑穀米を食べた。

「それはですね。……教えな」

「女が仲介を襲ったらしいぜ!!」

 敬語の隣のやつが叫ぶ。真実を知ってしまった。

「おやおや……。」

 口に手を添え、知らないぞと大声を見た。

「大丈夫だったの?」

 雑用は純粋だった。

「仲介は知らんが、女はどっか消えたらしい。いや、消されたって言った方が正しいな。」

「へぇ……、早く治ると良いなぁ。」

「何がだ?」

「傷。」

 相変わらず、わいわいと部屋は騒いでいる。

「ああ、その襲うじゃなくって、交わった方だよ。」

「……!」

「噂によると……いたっ!何すんだよ!」

「そこまでですよ。場をわきまえてくださいね。」

 いつの間にか敬語は大声を殴っていた。

「喧嘩するのか?!」

「おや、まだ頭が冷めていないようで。」

 敬語は腕をまくる。

「もういいよ。行くよ。」

「あぁ、分かりました。」

 わたくしも一緒に帰れるなんて、思っても見ませんでしたね。

「なんだ、あいつら。」

――――――――

「ありがとう。」

「いえ。わたくしは何もしていませんよ。」

 二人で廊下を歩いた。身長差がない。

「けど殴るのは駄目だよ。」

「おや、知らないんですか?馬鹿には渾身の一撃を。」

 敬語は拳を握った。

「だめだよ……。」

「お優しいんですね。」

 風が生ぬるい。

「わたくしも馬鹿ですから。」

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