11目
「仲介、」
私と雑用は、勢いよく開いた扉のほうを見た。
「と、雑用。」
為す術もなく、背の高い長を見つめた。
「おはよう。」
「長、おはよう。」
朝日に照らされて、にっと笑う。仲介は長の挨拶に返事をしなかった。
「今日の取引は雑用を連れて行け。」
「何故。」
「なんとなく。」
あっけらかんだ。
「やった。」
長は雑用の小さい声を無視してしゃがむ。着物を雑に着てるので襟がたわんでいる。
「そして仲介、」
長は私の肩を掴み、耳元でこう囁いた。
「雑用に取引の"いろは"を教えろ。」
低音が耳に響く。長の香りが鼻の奥まで匂う。
「では頼んだ。」
やっ、と大きな手を振り、去って行った。
「…………。」
なんだかこいつの良いように進んで腹が立つ。
――――――――――
「おや、お二方、取引へ今から向かれるのです?」
「あぁ。そうだよ。雑用。」
雑用二人が私をサッと見た。注目しないでくれ。
「……。あぁ、そうか。お前ら二人、雑用と言う名だったな。」
「僕、仲介に名前つけてほしいな。」
「じゃあ、」
仲介は何か企んでいる。
「雑用壱と、」
僕を差し置いて、となりの奴が壱だった。
「弍な。」
「なんでこいつが壱なの。」
「はは、つっこむ所、そこでございますか。」
「あぁ?どっちも一緒だろ。」
「まぁ、いいじゃありませんか。雑用"弍"さん。」
「……うぅ。」
雑用壱は着物の襟を正した。
「それにしても、わたくしも取引に行きたいものですね。」
「何故そんなにどいつもこいつも、取引へ行きたがるんだ。」
働く者たちが三人の間を通り過ぎてゆく。
「そりゃあ、樂そうだからです。」
「はぁ?」
こいつは私が殴られたことも、水に落とされたことも知らぬ。
「それに、仲介さんは位がどこか分からないので。わたくしは一番下で悲しいです。」
おいおいと態とらしく袖で涙を拭う。
「……もういい。行くぞ、雑用弍。」
「……。」
雑用弍さんはわたくしにべっと小さい舌を見せた。
「はは、可愛らしい人ですね。」
――――――――
「ねぇ、仲介。」
「なんだ。」
仲介は僕の声の方へ耳を傾けて、歩く。
「なんで仲介には位がないの。」
「それはな、」
くるんと袖を廻せた。
「この世の馬鹿を吊し上げるためさ。」
「……?」
「位がなけりゃ、惡いこともあるが、位が無いからって、舐め腐った態度をしてくる奴がいる。」
「いたの?」
「あぁ、いたさ。長は藥・料理の位に入ればと提案してきた。けど私は馬鹿な奴を見たかったんだ。」
「見てどうするの。そんなの惡いことしかないじゃん。」
一緒に歩く。
「蔑む。嗚呼、こいつ馬鹿だなぁって。」
「そんな理由で?」
あり得ないと言う顔で私を見ている。
「あぁ、そうさ。私は性格が惡いからな。」
噓だ。仲介は優しい。
「ふぅん。」
「お前に良いことを教えてやろう。」
仲介の面がカーテンのように舞う。
「相手と取引する時は、目線を大事にしろ。」
面の下の目を指す。
「戸惑い、焦り、恐怖、歓喜。そういう感情は目で分かる。」
「だから仲介は面をしてるの?」
「…………うん。そうだ。」
仲介は噓を吐くのがヘタだなぁ。けどこれ以上、詮索するつもりはない。
「氣を付けろ。」
――――――
「ねぇ、僕ちゃんと手伝いできたかな。」
「いぃや?まだまだだなぁ。」
ケタケタと仲介はからかう。
「意地惡なんだから。」
今、仲介はどんな目をしているのだろう。
「はは。私は悪魔さ。」
「もう。」
雑用は目を細めて、私をぐしゃっと睨んだ。
そして仲介は虛を見た。
「己れの目なんか。」
「お前、また泣いてるのか。」
「ズズッ……っ、ほっといて。」
「なぁ、お前には取引をしてもらおうと思っておる。位はな……」
「いらない。」
「何でじゃ?無いと困るぞ?」
「こんな己れに位なんていらない。」
「…………。」
頭を撫でてくれた。