1館
嘔吐注意
「やっと終わった。」
腕組みをしながらぽつりと呟いた。目だけを布で隠している者が、自室へ戻ろうとする。
「…………。」
ワイワイ
皆、ガイガイワヤワヤと死に物狂いで働いている。働け働け。
ここの旅館は高級店。そりゃもちろん、変な客がいる。透明人間、犬の耳が生えてるやつ、口が裂けてるやつ色々だ。
人が減って靜かになる。すると、向こうから誰か來た。
「おや、仲介じゃないか。」
私は旅館で扱う食料や消耗品などを交渉している。いわば仲介人だ。
「なんでしょうか、長。私になんか用ですか。」
「用なんぞ無いけれど。元氣か。」
この奴はいつもヘラヘラ笑ってる。旅館のトップだとは思えない。
「えぇ。お蔭様で。」
「ふぅん。そうか。して、お前は親元に行きたいのか。」
変なことを聞くな。親元とは、旅館を牛耳っているものである。そこに入るとここより地位が高くなり、裕福な暮らしができると謳っている。
「いいえ。私は親元に行くほど賢くありませんから。私には勿体無い。」
「ふぅん。」
また興味の無さそうに、鼻から息を吐く。小學生のようだ。
「じゃ、またこうして話そうやないか。」
「えぇ。喜んで。」
長い立ち話だった。それにしても、長が皆の部屋の間に來るなんて珍しい。
そう思いながら、襖を開けた。
「……ふぅ。」
オレンジ色の光が部屋に差し込む。
仲介の部屋には、地べたに置かれた小説、脱ぎ捨てた着物、キセル、塵箱、そして何故か七輪があった。
「…………。」
ぼっと手から火を出して、炭を燃やした。部屋の中はさぞかし暑かろう。
仲介はそのまま小説を読んだ。
――――――――――
「……ん、あれ。」
体を起き上がらせる。夜の光が四辺りを照らす。
「……。」
七輪を見つめる。
「今回も無理だったか。」
「仲介さーん。」
襖越しから誰かが呼んだ。「はぁい。」と返事をしながら着崩れた襟を正す。
「……あ、仲介さん。もー、なんでご飯時に來ないんですか!雑用がいつも呼ばされるんですよ!」
「あぁ、ごめんごめん。」
幼い女の子だ。しかしたかが雑用。己れの身分も知らないで。
「早くきて食べてください。食器を洗うのが面倒になりますから。」
「分かった。今行くよ。」
――――――――――
「……、」
食事を目の前にする。魚、米、野菜。味がしない。幸福感が掴めない。
「お、食べ切りましたね。じゃあお膳をお下げします。」
「あぁ。」
氣持ち惡い。胃が。食道が。
「……おぇ、」
べちゃ
氣持ち惡い。食べ物が渦のように巻いて、食道どころか喉の所までつっかえている。何かの衝動でまた戻してしまう。
情けない情けない。
「こんな人生、早く終わればいい。」
仲介→仲介人
長→旅館のトップ