プロローグ
夜が明けようとしていた。東の空が紫に染まり、冷たい朝の風が頬を撫でていった。足元の草葉には夜露が光り、遠くで朝を告げる小鳥がさえずり始めていた。長く続いた闇を越え、ようやく淡い光が生まれ変わった世界を照らし始めていた。俺はそっと目を閉じ、ゆっくりと深呼吸した。たとえ神に背こうとも――この道に悔いはない。
世界の終焉は避けられない運命だと、誰もが信じていた。だが、かつて俺は滅びかけたこの世界を自らの手で再生させたのだ。荒れ果てた大地に再び命を灯すため、己のすべてを賭して最後まで戦い抜いた。あの絶望の淵にあってさえ、神は沈黙を守り、人々がどれほど祈りを捧げようとも救いは訪れなかった。もしかすると、滅びこそが神の望んだ運命だったのかもしれない。だからこそ俺は、人の身で神に代わり世界を救った。それは神ならざる者が成し遂げた、紛れもない奇跡だった。だが、それは更なる戦いの序章に過ぎない。
今、俺は“神”と呼ばれる存在に挑もうとしている。高みから世界を見下ろす絶対的な存在――神が、静かな視線を今、俺に注いでいるのを感じる。まるで俺の決意を試すかのように、空気が張り詰めていく。人知を超えた力を前にすれば、本来なら恐怖で膝が震えてしまうだろう。だが、不思議と恐怖は湧いてこない。胸の奥では静かな闘志が燃えている。
何故ここまで抗えるのか。それは、この目で確かに希望の光景を見てしまったからだ。荒廃した大地に一輪の草花が芽吹き、干上がった川に清らかな水が戻っていく。死の淵から救われた人々が次第に笑顔を取り戻していく光景を、俺はこの目で確かに見届けた。そして、まだ幼いミレナが涙に濡れた瞳で俺の手を強く握りしめたあの日、俺は心に誓ったのだ。誰も二度と運命に絶望させはしない、と。少女の小さな手の温もりが、俺の胸の中の暗闇を静かに溶かしていった。
だからこそ、たとえそれが神によって定められた運命だとしても、俺は必ず覆してみせる。これは誰かに課せられた使命でも義務でもない。己の自由意志で選んだ道だ。たとえこの選択が神に赦されぬ罪だとしても構わない。たとえ天罰が下ろうとも、俺は立ち止まらない。背には、蘇った世界の人々の希望が宿っている。だから振り返るつもりも、迷う理由もどこにもない。
気がつけば、空はすっかり朝焼けに染まっていた。俺は行く。高みへと手を伸ばし、宿命の鎖を断ち切るために。たとえ神に背いても、この道に悔いはない。




