2ー②
「ねぇアザレア嬢の得意な魔法って何かな?授業でも君は魔法をあまり使わないからなんとなく気になってたんだ」
(え?いきなりなに?)
この日もフルスコルと一緒にいたアザレアは脈絡もなく降って湧いたような話に一瞬何を言われたのか理解出来ずにキョトンとしていたが何も答えないのは良くないと思い口を開いた。
「えっと…私の属性は光魔法なんです…得意というか一応は回復魔法くらいなら使えますよ」
一応は答えたが彼の意図するところがわからず困惑していた。
「そうなの?攻撃魔法とか使えないの?」
「その辺りはあまり得意ではなくて…」
恥ずかしそうに俯く姿にフルスコルは何故か自分が悪いような気分になっていた。
「そうなんだね。出来れば今度見せてほしいけどいいかな?」
これは只の興味本意だったがアザレアは一瞬だけ口許を引き攣らせていてフルスコルはそれを見逃さず不思議に思った。
「わかりました。でもあまり怪我はしないでくださいね」
「うん有り難う。そうだ!今度の休みに騎士の救護施設に行くから君も一緒に来てくれないかな?」
「わかりました」
この時のアザレアはこれは不味いと感じた。それは光魔法は稀少とされていて持ってるだけでもかなり優遇されると言う話を聞いた事があったので口にしただけで実際のところは魔法が得意というよりかなり苦手な部類に入るくらいの腕前だった。
この日から出来るだけ気付かれないように練習をしてみても元々こういう地味な作業が苦手な彼女は普段から逃げていたのでいきなり練習したとしても当然ながら今更なので上手くいく筈もなく途方に暮れていると無情に時間だけが過ぎていった。
*****
そしてとうとう来てしまった約束の日。この日のアザレアはフルスコルと騎士の救護施設の前で待ち合わせをしていた。
この時のアザレアの心境はと言うと隠し事が知られた後にどうなるのか…という恐怖でその動揺が隠せず表情は硬く青ざめていた。
「どうしたの?もしかして騎士達が怖いのかな?それなら今は怪我人と治癒師しかいないから人も少ない筈だし私もそばにいるから妙なことにはならないよ。もし何かあればすぐに職員が駆け付けて対応するから大丈夫だよ」
「は、はい。有難うございます」
これでもう誤魔化しが通用しなくなった彼女は逃げ道を断たれてしまったのだが内心ではなんとか逃げたかった。
そんな彼女の様子に緊張してるだけだと思っていたフルスコルは出入り口の管理人に事情を話すと来訪者受付の職員は救護施設で働く別の職員に声を掛けるとすぐに二人を連れて目的の部屋に案内した。
そこは軽傷者の診察室で今は少しというよりかなり肉が抉れて血が出ていた傷が化膿する前に治療に来ていた騎士が診察を受けていた。
「さぁ、やってみせて」
回復魔法すら出来ないとは言えずアザレアは必死に魔力を練りながら回復魔法を使ったがあまり効果はなかった。
「あれ?どうしたの?得意だと話してたから見てみたかったけど…一応だったとしてもちゃんと使えるって話だったよね?」
「す、すみません…いつもは気心の知れたメイドにしかしてなかったので…」
「…そうなんだ…」
練習しても全く物に出来なかったアザレアは苦肉の策で『緊張して本気を出せません』アピールでなんとか誤魔化そうとしていた。
何も出来ずに気不味い空気が流れる中で誰かが診察室に入って来た。
「あっ!ディスティニー様!」
「……ご機嫌よう。出直します」
騎士や職員達が気さくに彼女の名を呼ぶ姿にフルスコルとアザレアは驚いた。
一方、ディスティニーはというと意外な場所に意外な人物達がいたことで表情を崩さず固まったがすぐに復活して軽く礼をして退室すると慌てた様子で救護施設の案内を担当している職員が追いかけた。
「ディスティニー様お待ちください。本日もお越し下さいまして有り難うございます。
こちらの配慮が至らず申し訳ありませんでした。今日は偶々殿下から急な話があり案内が遅れた事をお詫び申し上げます」
「…わかりました」
「本日も宜しくお願いします。ではご案内しますね」
職員は恭しく礼をした後にすぐに目的の場所へと案内した。
この職員の対応が気になったフルスコルはなんとなく興味が湧いてアザレアと密かについて行った。
着いた先は重傷者のベッドの部屋だった。そこには苦しそうにしながら横たわる騎士達がいて彼等は治療が出来ずどうにもならない状態なので後は静かに死を待つのみといった様子で部屋の雰囲気も重かったがディスティニーは彼等の様子を見て頷いた。
「…わかりました」
案内していた職員を部屋の外で待機させるとディスティニーは一人で部屋に入り中央付近に立つと胸の前で手を組み目を閉じて集中すると手の上の辺りに小さな魔法陣の玉が現れたので手を解くと今度は魔法陣を潰すようにそっと手を合わせた。
通常は呪文を唱えたりするのだが彼女は無言で手を合わせただけで部屋全体を琥珀色の優しい光の魔力が覆ったかと思えばそれは横になる騎士達の体を優しく包むように集まると少しの間だけ彼等の体が仄かに光り吸収されるように消えていた。
これで治療が終わると職員も部屋に入り状態等を確認して改めて彼女に感謝した。
「有り難うございます」
「いえ、少し残してあります。それが治るまでは…」
慣れた様子でポソリと話すと職員も頷いた。
「承知してます。絶対安静ですね」
「…」
「デスティニー様…有難うございます」
「あまり無理はしないでくださいね」
「はい、肝に銘じます」
ディスティニーが無言でコクリと頷くと騎士達は起き上がり彼女に感謝した。
「またお呼びしても宜しいでしょうか」
「わかりました。いつもの通りでなら…」
それは今回のような事がなければと言うことを意味していて職員も察して頷いた。
「はい。しかし宜しいのですか?」
軽症者は診ず必ず重症者のみしか相手にしないので案内していた職員が不思議に思うと彼女は少しだけ優しい顔をして頷いた。
「はい。この人達だから診ただけですから」
「有り難うございます」
「ですが油断は大敵ですからね?」
「はい、常に肝に銘じておきます…おや?殿下は如何なさいました?」
「い、いやなんでもない…」
職員は部屋の外で隠れるように様子を見ていた二人に気付くと眉を寄せていて気付かれたフルスコルは気不味そうにしていた。
職員は何も出来ないのに出来る振りをしたアザレアが出入口を塞いでいたので軽く睨みながら出入口から遠ざけさせてディスティニーを通すとそのまま施設の出入口まで送っていた。
「彼女はよく来るのか?」
現実で起こった光景を思い出しながらフルスコルが尋ねると職員は首を振った。
「いえ。偶に討伐で重傷者が出た時にだけお願いをさせて頂いてます。
あの方は『いつも守ってくれて有り難う』と我々に労いの言葉を掛けながらあのように素早く治癒を施して下さるのです。
今日は殿下がいらしたので緊張なさってたのか表情は硬かったのですが普段はとても優しく慈愛に満ちた微笑みで我々の体調等を気に掛けてくださる女神のような御方ですよ」
普段の彼女とは掛け離れていて俄かに信じがたいこの話にフルスコルは驚いていた。
一方、職員の話を聞きながら回復魔法すらまともに出来なかったアザレアは内心悔しくなりディスティニーを逆恨みした。
*****
アザレアと別れてすぐに帰城したフルスコルは真っ直ぐにアズライルの部屋に向かい先程の事を話すとアズライルも話を聞きながら普段の彼女からは想像が出来ずに信じられない気持ちになり驚いていた。
「もしディスティニー嬢が俺達の知らない間もずっと騎士達を助けていたならかなり不味い気がする」
「確かに…僕達は一度目の夢の中ではディスティニー嬢に嫌がらせみたいな悪戯ばかりしてたし…現実では接点を持たないようにしてるから彼等からすると冷たいとか思われてるかも…」
話しながらフルスコルはまた夢を思い出して自分達の行いとある事に気付いた。
「ねぇアズライル。まさかとは思いたくないけど…魔物が襲って来た時に誰も僕達に見向きもしなかったのって…」
「それは話を聞きながら俺も思った。恐らくそういう事だろう…」
一度目の夢の記憶の時に二人は何も出来なかったので兵士達に守って貰おうとすると「無理です」「手一杯です」等と返されていて誰も彼等の近くには近寄らなかった事を思い出していた。
その理由がこれなら兵士達からすると命の恩人に対してどれだけ失礼な事をしていたのかを理解しないのにいざとなると都合よく守って貰おうとする姿を見て何も思わないのかと言えばあの絶望的な状況で彼等の答えとして態度で示すなら王族でも見放すだろうと言うことにやっと王子達も気付いた。
今更ではあったが二人は後悔しつつも現実ではただ避けていたのでまだなんとかなりそうな気がしていた。
「俺達って…夢の中だったけど…どこまでも救いようがない阿保だったんだな」
「父様からも彼女に対しての態度を改めろって言われた理由がなんとなくわかった気がする」
今回の目的はアザレアが魔法を使えるのかどうかということを調べたくて救護施設に向かったのだが彼女は光魔法を操れない事がわかりその副産物のような形でディスティニーの魔法の技術の高さを知ることが出来た。
ディスティニーについて新たにわかったことは良いのだが同時に今までの自分達の行いについて二人はまた頭を抱える事になった。
*****
翌日からアザレアはディスティニーを前にした時に今まで彼女に対してとっていた挑発的な態度が更に激しくなっていて彼女の前で態とらしくアズライルと腕を組んだりフルスコルに引っ付いたりしてマウントを取っていたのだがディスティニーは特に気にする様子もなく特に注意もせずに放置していて全く相手にしていなかった。
これだけ無視され続けると既に自分達に対して無関心だと言われた気がしたアズライル達は青ざめて慌てた。
今までの記憶で彼女がこうして放置した後には必ず自分達の品位が下がりこの行動の後の彼女は既に何時でもこの国を見限る用意が出来てるような気がしていたのだ。
あの恐ろしい魔物の進攻は本当にやめて欲しいアズライルはアザレアから適度に距離を置く等の対応をしてみたのだが彼女は目を潤ませながら恋人のようになれなれしく近付いていた。
「アザレア嬢。前にも話したけど私は婚約者がいるからあまりこういう距離は良くないんだ。
少しでも離れて出来るだけ適度な距離をとってくれないだろうか」
困った顔をしながら軽く諭すとアザレアはいつも通りの様子で悲しそうにした。
「私はアズライル様とも仲良くしていたいだけなのに駄目なのですか?」
以前の夢ではこれで絆されて守りたくなったが現実の今では魔物の大群により消えてしまう自分の命と天秤にかけているので命が惜しい彼は絆される事もなく冷静でいられて彼女が頻繁に擦り寄っても以前のように気持ちが揺らぐ事はなかった。
「学生として仲良くするのは別に構わないよ。でもこのような距離で寄り添うのは本当に良くないから適度な距離にしてほしいんだ」
この時の彼は実際に彼女が自分に何をしてるのか知りたくなり近付いた時と離れた時と比べたくて意図的に近付きながら彼女が何故このように不必要にも思える程の距離まで詰めたがるのかを確かめるつもりで検証実験していた。
ディスティニーはその様子を彼等に気付かれないように離れた場所から見ていた。
(へぇ、あれに気付いてるなら意外と本当の愚か者ではないのかな?)
前までとは全く違うアズライルはディスティニーが彼と出会った頃から今までの記憶を思い返しても違和感しかなかなくそれは全くと言っても良いほどにあり得ない不可解な言動ばかりをしていたので不思議に思っていてこのままでは今後の展開が読めないので仕方なく密かに観察しながら見極めようとしていた。
実はディスティニーも何度も巻き戻る悪夢の記憶を持っていたのだが…これを誰かにそれとなく相談してもただの悪い夢として処理されて終わりそうな気がしていてその後は陰口で何を言われるかわかったものではなかった。
そのため誰にも話せずにいて色々と手探りで試してみながらずっと一人でこの巻き戻りの原因を探っていた。
アズライル達よりもディスティニーの方が覚えている記憶も多く悪夢の度に逃走等を図りながら何度も別のやり方で違う視点や方向から探りを入れてみたり等と検証もしていたのだが結果は全て同じで先には行けず原因となるヒントすらわからないので手詰まりを感じながら困り果てていた。
それでも唯一わかった事は必ず王子のどちらかと婚約してこの学園に入れられて卒業式後のパーティーで終わる事だった。
そのパーティーまでにあれやこれやと試しながら様々な場所や人との繋がりに手を出していると夢の中の出来事なのに不思議と現実でも魔法等の腕が上がっていたので現実的にはあり得ない話でもなにかしらの形で巻き戻っている事実を認めるしかなかった。
以前にフルスコル達の前で聖女も顔負けの治癒魔法を披露したのもその成果だった。
本当は何もしなくてもいいのだが少しでも魔物に慣れている彼等が居た方が国民も生き延びる可能性があるだろうと思っての事だったが最後は必ず虚しい結果となり全てが終わるとまた幼い自分に戻っていた。しかし彼女は自分も皆も助かる方法を模索していたので兵達を助けることだけはやめられなかった。
アズライルが以前に聞いた彼女の独り言は彼の勘違いだったのだが…この時はまだ彼女の事を全く知らなかったので破滅を望んでいるだとばかり思い込んでいた。
『…どうせなら(逃走が成功して)このまま(国を出ても皆が無事で)全てが(良い形で)終わってくれないかなぁ…』
これが当時の彼女の呟きの全てなのだが彼には断片的にしか聞こえなかった事で誤解を招いて自分がなんとかしないと…と焦りながら彼女を少しでも知るために密かに観察しようとしていた。
ここまで読んで下さって有り難うございます。
主に真夜中にこっそり投稿しているのであまり読まれてないだろう…と思っていると意外と読み手側様に私と同じ夜行性が多い気が…なんだか勝手に親近感が湧いております。
さて、物語りではディスティニーのみが巻き戻る現実に気付きましたが他はまだ悪夢だと思ってます。
原因となる謎がまだ明かされないのでまだ続きます。
お付き合い下さると幸いです。
誤字脱字訂正致しました。