3ー⑪
「ティニー、緊張してる?私が付いてるから君は安心して頼りなさいね」
この日は二人の繰り返しの記憶でも必ず行われてきた問題の卒業式だった。
この日のディスティニーは今までとは全く違う展開でいつも以上に緊張して少し手が冷たくなっていたがアズライルはずっとディスティニーに寄り添いながら手を温めたりして励ましていて今回も今までの記憶と同様に卒業式までは恙無く終わったが問題はその後だった。
パーティが始まると二人は緊張していたが周りに悟られないように気を引き締めた。
「アズライル様、最後の思い出に一緒に踊って頂けませんか?」
やはりアザレアが気安い様子でアズライルに近付いてきた。
ディスティニーは表情は変わらなかったがアズライルの腕に添えていた手が僅かに震えていたのを察して彼はディスティニーの手に優しく触れると出来るだけ緊張させないように彼女を見て優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ」
アズライルは可愛くて仕方のないディスティニーの耳元で優しく囁くと腕を解いてアザレアは一瞬だけ勘違いして目を輝かせたが、彼がディスティニーの肩を抱き寄せて距離を詰めたことで少しだけ苛立った表情になった。
更に見せ付けるように彼はディスティニーの頭に軽く口付けを落とした後に鋭くアザレアを見るとアザレアの口元が少しだけ歪みピクリと動いていたのを見逃さなかった。
「本来なら王子の役目として受けるべきなのは理解した上で話すけど、申し訳ないが私は愛しい婚約者以外とは一緒にいたくないんだ。
君の噂は私のもとにも届いてるけど…他の令息達にも声を掛けていたそうじゃないか。
その中には婚約者がいる私の側近もいたらしいと聞いて驚いたよ。
私は王族という立場からしても節操のない女性には警戒を抱くし、全く興味は無いから諦めて他に行ったらどうかな。
あと私は君に親しく呼ぶことを許した覚えはないけど、これはどう言うつもりかな。
今まで特に何も言わなかったのは学校と言うこの特殊な環境にいたからで、それを都合良く勘違いされても困るんだよ。
今日は私達の学生生活で最後のパーティーだから思い出にという事なら今だけは気安く呼んだ事だけ許したということで十分だよね。
これだけでも許したのだから君と一曲を共にする必要はないし、今後は公の場で会う場合は今のような態度を許すつもりもないから明日からは君も立場を弁えて行動するようにしなさい。
このパーティーの意味もそのためのものだと理解して行動するように、いいね?」
言いたい事を口にするとアズライルはディスティニーを庇うように抱き寄せたままその場を離れた。
すれ違い様に見たアザレアの表情は見るに堪えないもので多少は離れていて声は聞こえない距離にいてもディスティニーを醜く睨むことをやめなかった事に気付いたアズライルは一度止まるとディスティニーには少しだけ待っていてもらいアザレアを睨みながら声の届く範囲まで近付いた。
「私の大切な婚約者に危害を加えようとするなら今すぐ捕える事も出来るからそれを弁えた上でくれぐれも言動には気を付けたまえ」
「ご、ごめんなさい」
「…」
その声は低く言葉にも鋭い棘があり彼の怒りを感じたアザレアは慌てて謝った。
その様子を見てアズライルは何も言わずにディスティニーを連れて今度こそ離れた。
この様子を見ていたアザレアに対して思うところがある全員がアズライルに好感を抱いていた。
周囲の雰囲気に気付いたアズライルはアザレアがこれほどまでに周りの者達から顰蹙を買っていたのだとわかると彼女から離れられて良かったと安堵しながら前回もだが、特に間違いの許されなかった今回のやり直しで決断したこの判断は正しかったのだと確信した。
それからアザレアはフルスコルにも声を掛けていて一応彼とのダンスはしたが王子達とはそれだけで彼女はこの予想外の結末にとても悔しそうに唇を噛み締めながらアズライルと幸せそうに寄り添うディスティニーを見て強く恨んだ。
「…っ…んぐっ…ぅぅっ……」
アザレアと離れてから暫くしてディスティニーは突然首が苦しくなり首を引っ掻きながら踠き始めた。
「ティニー!どうしたの?待って…」
アズライルは慌てながら抱えるとすぐに治癒室に移動しながら治癒師と魔法師を呼び出して診てもらうと呪いだと告げられすぐに解呪した。
「きゃぁぁぁ………」
今度は誰かがホールで悲鳴を上げた事で騒ぎとなり護衛に使いを頼むとアザレアが突然倒れていて令嬢達が悲鳴をあげたらしいとわかった。
「ティニー…可愛そうに…辛かったね…やはり犯人はアザレアだったよ。
なんてしつこい奴なんだろうね…私とティニーを引き離そうとする者は誰であっても絶対に許さないからね。
これからも私が君を守るから何かあれば遠慮なく頼るんだよ」
彼女が少し落ち着いてからこんな時のために用意されていた王族専用の休憩室に向かうとベッドで眠るディスティニーの髪を梳くように優しく触れながらアザレアに対して腹を立てたアズライルの目には怒りの感情が読み取れる程に強い光を宿していた。
その後は外に見張りを置いていたがディスティニーを一人にしたくなくて自分の部屋に魔法で移動して連れて行き、メイド達には寝間着に着替えさせるように指示すると後は任せて自分はすぐにまだパーティーが行われている学校の式典用ホールに戻った。
「陛下、アザレア嬢が私の婚約者に呪いを掛けていたようです。
今は解呪して眠ってますのでその間に報告に戻りました」
すぐに事の詳細をノイリエスに話すと厳しい表情になった。
「良くやった」
「当たり前です。人前でどれだけ私のものか主張しても足りない程に愛しくて大切な存在ですから異変に気付かない方がおかしいですよね」
得意気に言い切るアズライルの溺愛ぶりに息子の言動を褒めたノイリエスはその気持ちが一気に引っ込んだ。
「程々にね?」
「勿論です!これでも嫌われない程度に弁えてますよ。
心配なのでそろそろ戻りますけど早く公の場でも婚姻させて下さいね」
意味深に含ませながら話してノイリエスに尋ねられる前に逃げる様に消えた。
*****
(なんだ…?)
部屋に戻ると妙な気配がして足音に気を付けながら急いで寝室に向かうとそこには招かれざる客がいた。
腹立たしさを抑えて静かに近付き、すぐに仕留めると扉に控えていた衛兵に引き渡して尋問させる事にした。
「ティニー…もう大丈夫だよ。まさかこんな所にまで来るとは…」
犯人はアズライルの側近の一人でアザレアと仲良くしている者だった。
彼はどうやって入ったのか王子宮の彼の部屋に入り、ディスティニーの首を絞めて殺そうとしていて手の痕が残っていた。
それを見たアズライルは怒りでどうにかなりそうだったが震える手で彼の手を握るディスティニーを見て深呼吸して切り替えるとまずは大切な彼女を優先する事にした。
「ティニー…一人にしてごめんね…怖かったね…もう大丈夫だから少し落ち着いてから何かお腹に入れようね」
ディスティニーをゆっくりと起こして抱き締めながら背中を撫でて宥めると少しだけ落ち着いたのでアズライルは少しでも彼女の気分を変えさせたくて彼女を抱えて一度寝室から離れると隣の居間に移動して寄り添うように座ると呼び鈴を鳴らし甘い飲み物を頼んでいた。
落ち着いたと言ってもそれはほんの少しでディスティニーの震えは未だ収まらずアズライルはずっと抱きしめて背中を撫でていた。
「少しでも飲んで?」
メイドが飲み物を持って来るとすぐに退室したのを確認してからアズライルはます味見をしてから彼女にカップを持たせて優しく促すと彼女も促されるままに一口飲み、それはとても甘くて思わずふふっと笑っていた。
実はディスティニーは甘い物はあまり得意ではなくてそれとなく避けていたのだが、この飲み物は甘すぎて今はそれが逆に落ち着いた。
「…甘いけど…美味しい…」
少しずつ飲むディスティニーの表情を見ていると少し和らいでいて彼もやっと安堵した。
「良かった。次はもう少しさっぱりした飲み物を用意させるね」
アズライルが優しく微笑むとディスティニーはなんとなく恥ずかしくなり少しだけ頬を朱に染めて俯いた。
「あ、有り難う」
「…こっちを向いてくれる?」
アズライルは照れたディスティニーが見たくなりそっと顎に手を添えて顔を見て蕩けた。
「ティニー可愛い!可愛すぎる!もう父様達には邪魔されないし…次は弟に譲ってこれからは二人でのんびりしようね。
やっと卒業したから気兼ねなく一緒に寝れるし…うん、そうしよう!
前は公爵夫人になるか話したけど私なりに考えてここはやはり君の家に入るのがいいと思うから君は侯爵夫人だね。
そうなると今日からどちらに住もうかぁ…ティニーはどちらがいい?」
「………」
(どちらがいいの前になぜこの人には筋を通すという考えがないのだろうか?)
先程までの穏やかな雰囲気がどこかに吹っ飛ぶとディスティニーは心の中で彼に対して突っ込みどころがありすぎて困った。
返答に困り黙っているとアズライルはディスティニーを見て何かを納得したような顔をして彼女の不安を更に煽った。
「わかった!じゃあリンディが居ないティニーの家に行こう!」
「!」
ディスティニーはここで気付いた。
(ここの方が彼の暴走を止めるリンディ様がいるから安全なんじゃないの…ああ、この選択肢に早く気付けなかった自分が情けない…)
ディスティニーが慌てて止める間もなくアズライルは既にメイド達に何かを伝えていた。
*****
そしてディスティニーは着替えを済ませると上機嫌なアズライルに抱えられてそのまま馬車に乗せられてしまい嫌な予感が確信に変わる頃には既に彼女の家に着いていた。
「ティニーの部屋は?」
アズライルはディスティニーを抱えて馬車から降りるとすぐに出迎えた者に指示を出して婚約者のアズライルがディスティニーを抱えていた事で体調が悪いのだと勘違いした使用人達はすぐに案内した。
この時にディスティニーは仕来り通りに家族から隔離されて住んでいたのもアズライルにとってはかなり好都合だった。
「今日から私もここに泊まるから侯爵に宜しく伝えておいてね」
アズライルは部屋に入ると案内してくれた使用人に伝言を頼んでニヤリと笑うと扉を閉めた。
「えーっと…アズ?何してるの?使用人達を困らせるのはあまり良くないと思うよ?」
「いいんだよ!君が今まで散々苦しめられてきたんだからこれくらいの我が儘を通さないと私が腹立たしい!
それにやっとここまで来れたんだよ?
ティニーの婚約者になってからずっと来てみたかったんだよねぇ…」
「…」
我が儘の度を超している気がしたが部屋を見回してとても嬉しそうにする彼の姿を見ると何も言えなくなった。
「あぁ…ティニーの香りがする」
「ひっ…」
(か…香…!?どうしよう…臭うのかなぁ…なんだか恥ずかしいよぉ…)
不安になりながら様子見をしてると彼は何故か変態発言を始めたので彼女は困惑していた。
「今日からこのティニーの部屋で一緒かぁ…あぁこれからが楽しみで堪らないよ」
リンディが居ない今、もやは誰にも止められなくなってしまった無双状態のアズライルの暴走がどこまで続くのかを想像しただけでディスティニーは怖くなっていた。
暫くして卒業式のパーティーでノイリエスと少し話して邸に戻ったエドマンド・エーデルオーク侯爵は使用人達からアズライルの訪問の話を聞いて慌てた様子で向かうと本当に娘の部屋にいるアズライルを見て青ざめた。
「殿下?婚前ですぞ!」
「それをお前達に言われたくないなぁ…婚前と言うなら私達は既に神殿では婚姻済みだからその辺りの問題ないぞ。
今日から私はこの家に入るから住む場所はここでいい。これで問題解決だ!」
「いつの間に!?」
寝耳に水の話でかなり動揺していた。
「お前達に取られるなら私は幾らでも無茶するからな!」
ふふっと不敵に笑うアズライルにエドマンドは青ざめながらディスティニーを見ると彼女は困った顔をして頷いた。
「私も気付いた時には神殿で誓いを立てることになってました。
その時に私もアズライル殿下ならこのまま寄り添いたいと思いまして…」
話しながらディスティニーは恥ずかしそうに頬を染めて照れていた。
「あぁ…ティニーがどこまでも可愛すぎる…そんなわけだから今後の対策は侯爵に任せる!
お義父様、これから宜しく頼むね」
とても良い顔でまだ認めてないうちから既にお義父様と呼ばれてしまったエドマンドは頭を抱えた。
「ティニーの事は陛下より聞き及んでます…しかし殿下の事は聞いておりませんぞ!」
「今言ったからそれでいいだろ?あ、そうだった…侯爵は今ここでこれにサイン頼むね。ティニーはペンを頼むね」
思い出したように応接セットのローテーブルに置いたのは一枚の紙だった。
「はぁ!?絶対に認めませんからね!」
「では神殿で既に誓ってるからティニーを拐って逃げるぞ?
反対しても彼方では既に登録済みだから問題はないよ」
「くっ…なんて事だ…人目を避けて大切に隠してきたのに…こんな…あっさり横から拐われるなんて…」
悔しそうなエドマンドの話にアズライルは厳しい目を向けた。
「いや、お前達はただティニーを苦しめただけだぞ?
ティニーはずっと愛情に飢えてたし、なかなか人を信じなかったんだ。
これはあいつとお前達の罪だからちゃんと心に留めておいた方がいい。
お前達も知っての通り私はあいつに喧嘩を売って理解して貰うとティニーへの執着はあまりなくなった。
つまりあいつも狭い世界で愛情とかに飢えてたって事だし今では思いっきり枝葉を伸ばして鳥達と戯れながら伸び伸びしてるだろ?
あいつはずっと暗闇に押し込められて孤独だったからティニー達を求めたんだよ。
そこを察して話し合いをしなかったのはお前達大人だからな。
今更ティニーを返せと言ってもお前達にはやるつもりはない。
やっと卒業までこぎつけたしこれからは二人で一緒にここで過ごすけど文句を言わせるつもりはないから潔く認めてこれを書け」
妙に説得力のある言葉にエドマンドは渋々ペンを走らせるとアズライルは素早く取り上げた。
「よし!これで後は父様にサインをさせるだけだな。はぁ長かったなぁ…」
染み染みとするアズライルを見ながらエドマンドはアズライルが侯爵家に来るなら今後は娘がどこかに行く心配をしなくていいから…と自分に言い聞かせて開き直った。
「娘を宜しくお願いします」
「言われなくても大切にするよ。今日からティニーと一緒に寝るから邪魔するなよー」
「それはまだ宜しくありませんからね!必ず陛下の許可をお願いします」
「つまり公に婚姻さえすればいいんだな?」
エドマンドが頷くとアズライルはニヤリと笑った。
「よしっ!ティニー行くぞ!」
突然ディスティニーに書類を持たせて抱えると嬉しそうにしながら消えた。
「あれは絶対に今日中に全てをやるつもりだ…あぁ…こんなことになるなんて…そもそもあの仕来りがぁぁ…」
疲れた顔をしてブツブツと文句を呟きながら退室する時にエドマンドは扉の護衛に『殿下達が戻れば言う通りにさせるように』と伝えて本邸に戻った。
その背中には哀愁があり足取りも重そうでとても寂しそうで扉で護衛の者はなんとも言えないものを感じて苦笑した。
ここまで読んで下さって有り難うございます。
無事に卒業しましたね…しかしなんだか彼女の父親が可哀想にも思えますが娘を生贄に差し出そうとしてたのでどうしようもないような?
一応は本編はあと一話で終了となりますのでお付き合い下さると幸いです。
日曜日はお休みしまして月曜日に投稿します。宜しくお願いします。




