3ー⑧
王子が精神系の魔法を掛けられる事態に危機感を持った国王ノイリエスはフルスコルに出来るだけアザレアから離れるように命令して彼も言われた通りにすると、上手く行かなくなったアザレアは今度はディスティニーを標的にして彼女が少しの間でも一人になった隙に近付いて攻撃し始めた。
「ディスティニー様、貴女一人で殿下達を独り占めしてるんじゃないの?
婚約者がいるならフルスコル様に色目使うのやめなさいよね!」
「…!?」
(え?それは貴女では……?)
ディスティニーは謂れのない言葉に戸惑うと気持ち悪くなり、腹立たしそうにするアザレアの様子を見ながら心の中で突っ込んでいた。
「ティニー!待たせてごめんね…本当に無事で良かった…私が来たからもう大丈夫だよ。
君は…またか。私の大切な婚約者である彼女に今度は何をしてたのか説明しなさい」
アズライルはアザレアの話で戸惑っていたディスティニーを優しく抱き寄せるとアザレアを鋭く睨みつけた。
アザレアはアズライルが現れるとすぐに庇護欲を煽るような傷付いた表情を作ると目を潤ませていたが今のアズライルには通用せず、彼は腹立たしそうに冷たい視線を向けていた。
「アズライル様、違うのです…私はディスティニー様からアズライル様には近付かないでほしいとキツく言われてしまって…更にフルスコル様にも近付くのは許さない、私達三人はお互いに好きあってるから邪魔しないで…と…いきなり話されたんです」
ディスティニーはあまりにも気持ちの悪い事を言われてゾワッとして鳥肌が立ったまま思考が停止して固まった。
(え?何?この子…い…今…一体何を言ったの?私達が三人で好き?
あり得ない…絶対に嫌!気持ち悪い!そもそもが本当にあり得ないから!
このグイグイくる人が二人に増えるのなんて考えただけで…うん、絶対に無理!
そんな事になるなら絶対に貴女に押し付けて私は自由時間を満喫するから安心して!)
ディスティニーは心の中で『絶対に無理だから!』と拒絶していた。
そんな彼女の様子を観察していたアズライルはなんとなく失礼な事を思われているような気がしていてディスティニーの顔を覗き込むとそっと蟀谷に口付けを落としながら耳元で囁いた。
「ティニー?今もの凄く失礼な事を思ってなかったかい?」
「…」
気不味そうに目が泳いでいたのを見逃さなかった彼は確信した。
「今絶対に私達を拒絶したよね?いくら私達が双子だからってそれは酷くないかな。
フルスコルはフルスコルの好みがあるからそれは絶対にあり得ないからね。
そして私には積極的だと喜びなさい。私には君しか見えてないからね?」
「…嘘でしょ…何故わかったの?」
青ざめながらつい口に出してしまうと慌てて口を塞いだが覆水盆に返らずで撤回は出来ず、アズライルはやはりか…と困った顔をした。
「わかるよ。君は君が思っているほど意外とわかりやすいからね?」
「うぅ…」
アズライルに肩を抱き寄せられながらディスティニーが少し俯いて小さく呻くと彼は愛おしそうに頭を撫でた。
「どこまでも可愛くて堪らないね…ああ、そうだ…王族とその婚約者に対して失礼な態度しかとらない君には大切な事を話さないとね。
今の言動で確信したけど君の事は侮辱罪で訴える事も可能だから次は無いと思いなさい。
この事をよく覚えておくように、今後の言動に気をつけなさいね」
ディスティニーには甘く、アザレアには刺々しく器用に使い分けて話すとアズライルはディスティニーを連れて離れた。
「…!?歩けます!」
少し歩くとディスティニーを横抱きにして歩き始め彼女は真っ赤になりながら下ろして貰おうとお願いしたが全く許して貰えなかった。
「ティニー?駄目だよ。今日は私のためにお泊まりようねぇ」
甘く微笑みながら事あるごとにお泊まりをさせられるとディスティニーは困った。
「年齢的にもそろそろ無理では?」
「そこはなんとでもする!」
(え?この人一体何を言ってるの?どう考えても無理でしょ?)
本当に無茶しそうな勢いに困った。
「…不安しかないのだけど?」
「可愛くて仕方のないティニーが不安になるくらいなら泊まらせる。
あ、そうか!私がそっちに泊まればいいんだ!これで安心だし」
「それは我が家が困ります」
それだけはなんとしてでもやめさなければと思い強く阻止しようと気を引き締めた。
「うーん…確かにそうだねぇ…警備の関係もあるだろうし…」
「そうですよ、駄目ですよ。ちゃんとご自分の部屋で休まないと…」
「そうだね。その時はティニーが私の部屋で休めばいいよね」
またもや暴走を始めて困った。
「リンディさんに叱られるのでは?」
「そこは上手くやる!」
「…」
その顔を見ると本当にやりそうで後からリンディに気付かれて嗜められる姿が想像出来た。
そしてディスティニーはアズライルの部屋に連れて行かれて彼はリンディを警戒して王子妃の部屋を用意して一緒に過ごした。
案の定リンディが監視に来た時にはアズライルは素早く離れてやり過ごし、いなくなればすぐにそばに寄っていた。
「なんか学習能力が凄すぎるんだけど?」
「私もリンディとは長い付き合いだからねぇ、勉強が嫌でよく撒いてたよ」
「…」
(えっと…それはそれでどうなの?)
器用なのは認められても理由が残念すぎて何も言葉が出なかった。
「今はティニーに恥をかかせないためにちゃんとしてるから安心してね」
「それはわかってます」
「ティニー…離れたくはないけどもうお休みの時間だね」
「そうですね。ゆっくり休んでくださいね」
「…わかった」
こう言いつつ心配性のアズライルは必ず深夜にディスティニーを自分の部屋に運んで一緒に眠っていたので別れて眠る意味がなかった。
「…」
そして朝に起きるとディスティニーは予想通りで困った。
「アズ?」
とりあえず声を掛けたが全く起きる気配はなかったので抱きしめられたまま外れない腕をどうするか迷い、少し離れてみるとまた腕に力が入ったので今回は自分から抱き付いてみた。
「…!」
逆に腕の力が強くなり苦しくて思わず背中を強く叩いていた。
「…アズ…痛い…」
「ティニーおはよう。今日はなんて幸せなんだろう。早く結婚したいね」
朝から蕩ける笑みを浮かべた彼は絶好調だったがデスティニーは朝から圧死の恐怖を味わっていた。
アズライルの甘さは相変わらずで更に日々は過ぎるとあっと言う間に卒業も間近に迫っていた。
この頃になるとアズライルは更に警戒を強めていた。
*****
「ティニー、行こうか」
この日はアズライルにデートだと言われて連れて行かれた先は神殿で礼拝堂に入るかと思えば礼拝堂のそばにある控え室にディスティニーを抱えて連れて行くとそこには既にメイドが一人待っていた。
「では手筈通りに」
「承知致しました」
「え?」
戸惑うディスティニーをよそに着せ替えが終わるとアズライルは再び入って来てうっとりしながら暫くの間見つめていた。
彼女のこの時の衣装はアズライルの色で全身彩られていて着てる本人はその独占欲に少し恥ずかしくなっていた。
一方でアズライルは白を基調とした生地の式典用の衣装に着替えていて宝飾品等はディスティニーの色を着けていた。
「ティニー、綺麗だよ。さぁ、行こうか」
再びアズライルに抱えられてディスティニーは逃げる隙も与えられずに礼拝堂に入るとやっと下ろされて二人は神官のもとへ行くと待っていた神官は口を開いた。
「アズライル・イグドラル。貴方はいついかなる時も妻ディスティニー・エーデルオークを愛し、慈しみ、守る事を誓いますか?」
「誓います」
「ディスティニー・エーデルオーク。貴女はいついかなる時も夫アズライル・イグドラルを愛し、慈しみ、支える事を誓いますか?」
「…誓います」
ディスティニーは突然の事に驚きつつも誓いを口にするしかなかった。
「では今ここに二人が夫婦になることを許しましょう」
二人が神の像に頭を下げると神官は二人の頭にそっと触れた。
これは神からのお許しを頂いたと言う合図の祝福だった。
そして二人で神殿の書類にサインをした後にアズライルは彼女を再び抱えて礼拝堂のそばにある控え室で着替えさせた。
「よしっ!これで私達は夫婦だな!」
「アズ…これは流石に良くないと思う」
「やったもん勝ち!」
「えぇ……」
そしてアズライルは不満を呟くディスティニーを覗き込むと顔を上げさせて唇を奪った。
それは長く続き次第に息が苦しくなると背中を叩いてやっと離された。
「息は止めると苦しいから、いつも通り息をしようねぇ」
「!?」
それだけ伝えるともう一度長い口付けをやり直していた。
「ティニー愛してる。神殿の神様の前で誓ったからもう離れられないねぇ」
本気でそう思っているアズライルに負けてディスティニーも眉尻を下げながら微笑んだ。
その微笑みに儚いものを感じたアズライルは絶対に離さないように強く抱き締めた。
「ティニー、今誓ったように絶対に離れようと思わずに私だけを見てほしい。
ユグドラシルは私にティニーとの幸せを譲ってくれた。
そんなに不安そうにしなくても大丈夫だよ。
もし君の気持ちが晴れないなら私がまだまだって事だし、私とアイツの間に交わされた約束は君を人として幸せにする事だけど、それよりも私は私のために君と幸せになりたいんだ。
ねぇ、ティニー?君は王妃になりたい?それとも公爵夫人がいい?」
「えぇ?いきなり何?」
「まぁ王妃の方が人の目があるから手が出しにくいかもね。
ティニー、もしもの話でもいいから少しでも私との将来を考えておいて欲しい。
今日はそのための予行練習だと思ってね。
私はティニーとの将来を諦めるつもりは全く無いし、もし絶望的な結果でも私はそれまでにやりたいことは全てやるつもりでいるから君といられた時間を後悔することはないよ。
私はティニーを時間の許す限り愛し続けるから、そのつもりでいて欲しい」
「アズ…貴方は強いね…私には…」
その先は涙が溢れて喉が詰まったようになり言葉に出来なかった。
ディスティニーも本当はこの目の前の一生懸命な人が好きになっていた。
しかし、いつ迎えるかわからない時をどう受け止めて良いのかわからずにいたのも本心で複雑だった。
それはずっと一人で孤独を味わい心の底からの本当の自分の声は誰にも届かず、ただ回避しようと一人で足掻きながら終わりを待つのみの時間が長すぎたからだった。
ディスティニーの中で何度も何度も最後は同じ繰り返しでずっと記憶は蓄積され続けている間に絶望で心が疲れてしまっていた部分は大きく、幾らアズライルが優しく心を尽くしてくれても拭えない恐怖と絶望の感覚はそう簡単に消えてくれるものではない程に深く心に刻まれていた。
しかも自分が逃げると国が滅ぶという重すぎる事実を知った後では尚更だった。
それに比べてアズライルの記憶はディスティニーよりも少なく、この差も大きかった。
記憶については彼の場合は無意識で蓄積された恐怖が本人では抱えきれない程になったために記憶が残っていた事は彼自身もあまり自覚してなかったので気付いてなかったが実は毎回覚えていたりいなかったりしていてそれが繋がってずっと覚えてるような錯覚を起こしていた。
しかし破滅の恐怖の記憶はあるので彼自身はなんとなくでもディスティニーの心に刻まれた恐怖が簡単に拭える程度のものなら彼女もここまで頑なにならないような気がしていて、これは記憶を持ち続けるが故の苦しみなのだと思い至ったアズライルは自分の想いを言葉にするしか出来ない非力な自分に悔しさを感じていた。
「ティニー、最後の言葉を口にしないでくれて有り難う…私だってずっと不安なんだよ。
私が恐れるのはティニーを失うことで私達はまだ周囲の人達に夫婦だと認めて貰ってない。
だから私達はこれからなんだけど…君は私との未来をまだ考えられないのはわかってるつもりだよ。
でも、もうすぐ卒業だ。以前までと違ってこれからも私はティニーのそばにいるし今はこうして神前で式を済ませてる。
これは今までと全く違うだろう?
アザレア嬢もきっかけになってるけど今回の彼女は陛下に監視されてるから何も出来ない。
大丈夫だよ。状況は少しずつでも変わってきてるんだから少しだけでもいい…私との未来を考えてみて欲しい。
そしてそれが実現したらどうなりたいのかも教えてくれると嬉しいな。
君が不安なら何度でも言葉にして伝えるよ。
ディスティニー嬢、私は貴女が好きだ。貴女を心から愛してる。
本当は永遠にと言いたいけどそこは現実を見ることにする。
でも君がこの世を去る間際まで私は貴女のそばにいたいからそのために努力して貴女との幸せを勝ち取ってみせるよ」
その目には偽りはなく本気で未来を手に入れる覚悟があった。
ディスティニーはもう何度目かの心の揺らぎを感じていた。
本音を言うと目の前の安心出来そうな温もりに何も考えず縋りたい。
しかし、甘い考えを抱くとまた卒業後に同じ結果になれば…という恐怖が襲い掛かる。
恐怖の思考の後には、もしこのまま時が過ぎて今までの自分が幾度となく必死に踠いても手にする事のなかった未来をやっと手にする事が出来るのだろうか…と言う希望。
そう思う反面で縋った瞬間にまたすぐに同じ結果になってしまうのでは…と再び恐怖に苛まれ、その考えはずっと呪いのように付き纏っていた。
心は絶望と希望の狭間で大きく揺らいでいても未だに仕来りを思い出すと希望への一歩を踏み出す勇気はなかった。
それは『もし次も…』となれば今度こそ自分は立ち上がれなくなるのは自分自身がよくわかっていたからだった。
相反する葛藤は止めどなく浮かび上がっては消えてを繰り返し、それは自然と頬を伝う雫に現れていた。
アズライルは抱きしめて黙ったままずっと背中を優しく擦りながらユグドラシルと自分の罪深さを感じていた。
その日からアズライルは目を離すとすぐに消えてしまいそうなディスティニーが不安で仕方なくなり更に目を離す事が出来なくなっていた。
今回も読んで下さって有り難うございます。
いやぁやっとここまで来ました…というか…心配性のアズライルの暴走が凄すぎる…
しかし彼の心境ではいつ大切な人を失うかわからない状況なので後悔しないためにやれる事をしておきたいという強い想いが原動力となっているのでしょう。
このまま無事に卒業して平和な未来を迎えるのか…それは状況次第と言うことで次回もお付き合い下さると幸いです。




