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3ー④


「ねぇ、アズライル」


 この日のアズライルの部屋には双子の弟のフルスコルが遊びに来ていた。


「…なに?」

「最近婚約者が正式に決まったって本当?」

「うん。本当」


 婚約者の話になるとアズライルの頬が少し緩んでいてあまり令嬢に興味を示さなかった兄の反応にフルスコルは意外そうにしていた。


「どんな子?」

「んーそうだなぁ…少し人見知りで可愛い子かな?お前もその内に決まるんじゃないか?」


 あまり情報を与えたくなくて程々に伝えるとフルスコルも納得した表情をした。


「そうなんだぁ…僕の婚約者かぁ…いい子だといいなぁ」


 最近は双子の兄のアズライルが婚約者とばかり一緒にいるのであまり相手にしてもらえなくなったフルスコルは兄の婚約者が気になり始めていた。


「婚約者と一緒にいて思ったけど、出来れば分別のある子を選んどけよ。

 これは今後のフルスコルのためにもなると思うからね」


 なんとなく具体的に言われた気がしたフルスコルは不思議そうにした。


「それってどういうこと?」

「深い意味はないよ…でもこの先どうなるかはわからないけど…周りに示しが付かない令嬢ならなんとなくフルスコルが苦労する気がした」


 本当はアザレアの事を話したかったが一応は確認するために言葉を濁していた。


「確かにそれはあるかも。婚約者に足を引っ張られるのは嫌だし出来るだけ気を付けてみる」


 これで弟のフルスコルもアザレアの記憶がないので前回の記憶を持つのはアズライルとディスティニーのみだと確定した。


(それなら…今後も二人だけの秘密って言うのも悪くないな)


 アズライルはこれを最大限に利用する事にした。




*****




「あぁ、やっと会えた…」


 この日は王子妃教育の日でディスティニーはアズライルとお茶をする日だった。

 彼は大好きな婚約者を見るなり満面の笑みを浮かべていきなり抱き付いて彼女を補充した。


「ティニーに会えないだけで辛かった…やっと会えた事がどれほど嬉しいか伝え足りないくらいだからこれは態度で示さないといけないね」

「えっと…大袈裟ですよね?先日に会ってからまだ一日くらいしか経ってませんよね?

 週三日はかなり会ってる方だと思いますけど…足りないんですか?」


 ディスティニーはアズライルとの婚約が決まってから週三日は王子妃教育を受ける事になっていて登城のたびにこのように抱き付かれてしまうので彼女はそのたびに対応に困っていた。

 この時には周囲の人達も温かく見守るのでなんだか恥ずかしくていたたまれなかった。


「ティニーは全くわかってないなぁ…君は私の癒しなんだよ。

 常に一緒に居たいと思える程なのに何故週三日なのだろうか…ここで一緒に寝泊まりして毎日朝から会いたいのに本当に父様は意地悪だ。

 私の気持ちを知りながら先日なんて本当に酷いんだよ。

『あまりグイグイ行くと逃げられるぞ。適度な距離を保ちなさい』って…なにそれ…酷いよね…ティニーもあまりな話だと思わないかい?

 だから『私達は相思相愛だから大丈夫』って言ったらかなり困った顔してたけど結局は君が泊まるのを却下して私達の距離を置かせようとするから凄く嫌だったんだよ」

「…」


(あれ?それは未婚の男女の適切な距離では?陛下がまともの筈だけど?)


 どう突っ込むか迷ったが彼女が言葉を少し間違えただけで彼は思いっきり斜め上に解釈してしまいそうな気がした。

 そしてその後の彼の暴走を悪化させてしまうだろうと予想すると仕方なく言葉を飲み込んだ。


(あぁ、こうなると適度な距離を覚えさせて欲しかった…)


 思わず彼の教育係や乳母に抗議したくなった。


「まぁ、アズライル坊ちゃま!そのように近すぎる距離は宜しくありませんのでもう少し離れて下さいませ!」

「だ、誰!?」


 突然の訪問者にディスティニーは固まり、アズライルはとてつもなく嫌そうにした。




*****




「出たな!私達の間を引き裂くために父様が寄越したのはわかるけど私は彼女から絶対に離れないぞ!」


 アズライルが勢いよく抗議すると女性は彼の隣でポカンとしていたディスティニーの様子を見て咳払いを一つすると居住いを正した。


「初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。

 私はアルヴバーチ侯爵家から参りましたアズライル様の乳母でリンディと申します。今後とも宜しくお願いしますね」


 先程のアズライルへの態度とは違いリンディはとても物腰の軟らかそうな女性に思えた。


「ご丁寧に有り難うございます。このような無作法で申し訳ありません。

 私はこの度アズライル王子殿下の婚約者に選ばれましたエーデルオーク侯爵家。ディスティニーと申します。こちらこそ宜しくお願い致します」


 優雅な所作で自己紹介をされてディスティニーも応えないわけにもいかなかったがアズライルが引っ付いたまま離してくれず仕方なくそのままで自己紹介した。


「アズライル殿下!せめて自己紹介の時くらいは離れるのがマナーですわよ!」

「嫌だ!やっと会えたんだぞ?リンディは私の邪魔をするのか?」

「お二人が仲良しなのはとても宜しいですが限度というものがございます。

 殿下のせいでディスティニー様がこの先に不名誉な誹謗中傷の被害に遭われたら如何なさるおつもりですか?」

「そ、それは…わかった…」


 正論を突きつけられると彼もディスティニーが傷付くなら少しは我慢するしかないと思い渋々ではあるが最低限で離れる事を約束した。


「宜しい!このままアズライル殿下が聞き分けて頂けないなら王妃様に婚約者様との距離について再教育をお願いするところでしたわ」


 リンディの口から『再教育』と出てきてアズライルは口許が引き攣りびくりと震えた。

 どうもこの乳母のリンディにはアズライルも勝てないらしくディスティニーも困った時には相談するのもいいかも…と思えた。


「ぜ、絶対にそんな事させないからな!やっと出会えた最愛の女性なんだから引き離させないからね!」


 青ざめたアズライルはディスティニーが真っ赤になる事を平然と言ってのけていて彼女は居心地が悪くなっていた。


「ご婚約者様であるディスティニー様を溺愛なさって離れない宣言は良しとしましょう。

 しかし!みっともなく終始引っ付くのはなりませんからね!

 アズライル殿下はもっと王子教育を学びしっかりとご婚約者様をお守り出来るよう力を付けなければなりませんわよ」


 二人のやり取りを見守りながら『溺愛と離れない宣言…』彼ならこの単語を上手く利用して暴走しそうな気がした。

 これを軽く放置するのは…と突っ込みを入れたくなりながらリンディに頼る時はどうにもならない緊急時にでもするべきだろうかと考えを改めることにした。


「わ、わかってる。だがティニーが居ないと心配で身に入らないのだから仕方ないだろう?

 一緒に勉強させてくれたら安心するからそれなりの成果を出すぞ」

「わかりました。ディスティニー様。申し訳ございません。もう暫くお時間を頂けませんか?」

「わかりました」


(え?この流れって…一応承諾するしかない雰囲気だったけど…そろそろ帰りたいなぁ…)


 本当は面倒事に巻き込まれたくなくて帰りたかったのだが…どうにも帰れない雰囲気なので仕方なく承諾するしかなかった。

 リンディが退室すると再びアズライルが人払いをして二人きりになると先程よりも甘い雰囲気を出して嬉しそうにしながら再び引っ付いていた。


「リンディに邪魔をされたけど暫く戻って来ないだろうからこうしてようねぇ。やはり私にはティニーが必要なんだよ」


 肩を抱き寄せて目の前の一口サイズのお菓子を手ずから勧めてみると彼女も食べないわけにもいかないので恥ずかしくても口に運ぶしかなかった。

 所謂(いわゆる)あーんである。

 アズライルは口を開けてくれるディスティニーが今度は雛鳥に見えてしまい可愛くて堪らず癖になりそうな予感がしていた。


「ティニーは何が好きなのかわからなかったから適当に選んでみたけど嫌いな物があれば教えてね?」

「特にありません」

「貴族としては模範解答だよね。でもさぁ、もしアレルギーがあればちゃんと言うんだよ?」

「はい。今のところは特にありません」


 アレルギーと聞いてディスティニーも考えたが特になかったので一応返事した。

 二人で寄り添いながらお茶をしていると再びリンディが戻ってきた。




*****




「え?」

「は?」


 戻ってきたリンディと一緒にいた人物に二人は驚いた。


「父様?なぜ此方(こちら)に?」


 リンディが連れて来たのは彼の父親のノイリエスだった。

 ディスティニーはなんとなく大事になってる気がして戸惑っていたがアズライルはリンディの時と同様に父親を見ながらまたもや嫌そうにして尋ねるとノイリエスは困った顔をしながら口を開いた。


「アズライル…ディスティニー嬢が気になりすぎて勉強が捗らないから彼女と一緒に授業を受ければそれなりに成果を出すと言ったそうだが…あまりにも我が儘が過ぎると婚約者の変更もある事を覚えておきなさい」


 まさかの変更にアズライルも青ざめてディスティニーを強く抱きしめた。


「ティニーは絶対に誰にも渡しませんからね!

 父様がティニーを私から離して孤独にするなら私はティニーを拐ってでも幸せにします!」

「…誰もそこまでするとは言ってないだろう?極端に走るのはよくないからやめなさい」

「では何故です?普通は婚約者同士が仲良しなら喜ぶべきでしょう?それなのに相思相愛の婚約者同士を無理矢理に引き離そうとするなんて…なんだかおかしいですよね。

 父様は何を隠してらっしゃるのですか?これではまるで建国神話のようではないですか」


 ここであえて誰もが知る神話の話を出すとノイリエスの眉がピクリと動いた。


(だよねぇ…でも俺も譲らないからね?)


 アズライルはノイリエスの様子を見ながら冷静にその後の対応を考えていた。

 一般的な伝承を要約すると『国が滅亡の危機に瀕した時。一人の少女が愛しい人から離れて国の守り神に向けて皆を思い一心に祈ると守り神に気に入られて国は助かり聖女として崇められた』と簡単に語られていたがその後の聖女がどうなったのかまでは全く語り継がれていなかった。

 それを人の心を惹き付けるように少女は神の花嫁となり恋人と別れた高潔な乙女として人々から敬われたとされていて想い合う恋人と別れた悲恋の話として後付けされて人気だった。

 アズライルも真相を聞くまではただのお伽噺くらいにしか思ってなかった。

 しかし蓋を開ければそれが元から少女を生贄として育ててそのまま差し出す儀式の話でそれを知った時からなんとも罪深いと感じていた。


「それはあくまでも神話の話だ。お前が強引だとディスティニー嬢が困るだろうから話してるんだぞ?」

「え?そうなのですか?それなら問題ありませんよ。

 ティニーも私もお互いを必要としてますから何も困りませんしこんなに可愛いティニーに何か言われるなら私がその分頑張りますけど…やはり個人的にティニーが見えてないと不安で仕方ないのは確かなんです。

 こんなに互いに惹かれている私達を離すなんていつもの父様からするとおかしいですよ?」


 アズライルは巻き戻ってから敵であるノイリエスをよく見ていてそれは何かあった時にこうして言い返せるように準備するためだった。

 だからこそもしこれがディスティニー以外のことならノイリエスも何も特に言わず『程々に…』とやんわりと止めるだけで終わるのも知っていたのだ。

 ノイリエスとしてはこの指摘に対して下手に誤魔化すと全てを話さなければならないので困った。


「陛下。わたくしから宜しいでしょうか?」


 黙り込んだ二人を見てリンディが口を開くとノイリエスとアズライルはリンディに視線を向けた。


「許そう」

「有り難うございます。アズライル殿下がこのように仰るのであれば期限付きでご婚約者様のディスティニー様にも一緒に学んで頂くのは如何でしょうか。

 アズライル殿下は今のままでは授業が進みませんので教師達からは『なんとかしてほしい』と相談を受けております。

 この問題がご婚約者様のディスティニー様と一緒になることで解決されるなら教師達も喜んで認めると思われますけど如何でしょう」


 アズライルの弱点がリンディなのは城では有名な話で彼女は教師達からアズライルの悩み相談を受けていてリンディ自身もこの問題には手を焼いていたのだがそれが婚約者一人で解決するならやらない手はないと思えた彼女はこれを利用することにした。

 一方のノイリエスもアズライルの事は教師達から話を聞いて頭を悩ませていたので対策を思案していたがお目付け役でもあるリンディまでもが助言として「ディスティニーと一緒に居ることで解決するなら…」と話してくるならどうしようもなかった。


「…わかった。ではひと月だ。ディスティニー嬢には申し訳ないがその間は客間を用意するからそこで寝泊まりして欲しい」


 出来れば『適切な距離を…』と話したかったが息子の様子を見ながらノイリエスもこれ以上の説得は無理だと判断して仕方なく折れた。


「わかりました」


 これはアズライルの作戦勝ちだった。しっかりとディスティニーも巻き込まれていたので彼女も仕方なく頷くと彼は満面の笑みで彼女を抱きしめた。


「ティニーは一緒に寝ようね」

「そこまでは許してない!たとえ添い寝でもエーデルオーク侯爵に申し訳ない」

「アズライル殿下それは別の問題です!」

「…わ…わかった」


 二人に責められたアズライルは流石に分が悪いと感じて仕方なく諦めた。

 しかしディスティニーは今までの経験でアズライルの諦めの悪さを実感してるので絶対に夜中に侵入しそうな気がしていた。


「仕方ないからティニーのために作っておいたドレスとか着てね。それで我慢するから」


(ドレス…とか…?)


 この言葉に三人は引いた。


「お、お前はいつの間に…」


 息子の表情と含みにノイリエスも気付いて思わず突っ込んでいた。


「父様も母様に似たことしたんでしょ?母様が私の婚約前に惚気て自慢してたから私もティニーのために頑張ってみたんです」


 堂々と言い切ったアズライルの話にディスティニーとリンディはノイリエスを白い目で見ると彼は気不味そうに目を逸らして咳払いした。


「わ、わかった。それについては何も言わん」


(へぇ…何も言わないんだぁ…)


 気不味そうに話すノイリエスにディスティニーとリンディは更に白い目で見ていた。


「と、とにかく!要望を聞いたからには通常以上の成果を出しなさい」

「ティニーさえそばにいるなら私は問題ありませんからご期待に添えると思いますよ」


 この時のノイリエスは余裕の笑みで答える息子を胡散臭そうに見ていたが女性二人に白い目で見られた事で居心地が悪いと感じて早々に立ち去った。


「ではアズライル殿下。ディスティニー様。お茶の時間が終わり次第部屋にお戻り下さいね」

「わかってる」

「はい」


 二人の返事を聞いてリンディはその場を後にした。










ここまで読んで下さって有り難うございます。

今回の設定纏め…アズライルにお目付け役登場です。

とても頼りになる肝っ玉母ちゃんみたいな印象です。

フルスコルは今回は記憶無しです。

次回もゆるくお付き合い下さると幸いです。

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