2ー⑧
(あれは…一体…まさか…)
デスティニーが自分の事を調べるために聖域の祠の調査をしてそのままの流れで儀式を終えてしまった頃。
この時のアズライルは学校の授業を受けていた。
ふと外を見ると突然美しいオーロラが現れたので嫌な予感がしたあとすぐにディスティニーと一緒に調べた本の内容を思い出して胸騒ぎを覚えた。
不安になった彼はその後の授業は休み急いで城に戻ると父王に謁見を申し出たが『今は無理だ』と告げられて嫌な予感は更に強くなっていた。
そこで国王も関わるなら…と考えて城に何かしらの秘密がある筈だと感じた彼は密かに城の地図を探してみたがそこには特に何もなさそうだった。
そこでもし何かを隠すなら地下に何かあるのでは…と思い至ると急いで向かうことにして地下に続く階段を降りながら探知魔法で探ってみるとそこには二人居る事に気付いて魔法で移動した。
「そ、そんな…俺は遅かったのか…」
やっと彼女の姿を見付けた彼はフラフラとした足取りで木の根元近くにある人一人入れる大きさの蕾に近付こうとすると鞭のようにしなる枝や蔓のような根が行く手を阻んだが気にせずに近付くと多少はぼやけているが中が透けて見える花弁に触れた。
そこにはやはり彼が大好きで大切にしたいと思い守ろうとした愛しい人がいた。
「ティニー、 私だ…アズライルだ!なぜ君がここに居るのか説明してくれ!ここにいたら君は本当に消えてしまう…今ならまだ間に合うから早く起きて出てきなさい!」
強く花弁を叩いても彼女には聞こえてないのかずっと眠り続けていてその表情はとても穏やかで切なくなった。
「頼むから起きてくれ…また話をしようって約束したのに…あれだけ私の興味を惹いておいてこれはないよ…」
話し掛けながら思いが溢れて気持ちに応えるように涙も溢れていた。
アズライルがどんなに呼び掛けても彼女は全く起きる気配がなかったが彼女が起きない代わりに鞭のようにしなる枝が彼を捉えて後方へ放り投げた。
「アズライル…何故ここに来た…ここは王しか入ってはならない。すぐに戻りなさい」
壁にぶつかる直前で国王ノイリエスが魔法で助けてくれたまではよかったがその後にアズライルに向けた言葉に腹立たしさが込み上げてくると彼の奥歯がギリッと鳴った。
「父様…何故、何故ティニーばかりがこんな目に…こんなふうにするなら何故私の婚約者にしたのですか」
縋るような目で説明を求めるとノイリエスは困った顔をした。
「殿下は娘といつの間にそのように親しくなられたのですか?」
今まで興味を示さなかった筈のアズライルの様子が急に変わった事で彼女の父親のエドマンドは不思議そうにしながらも驚いていた。
「…まずは説明をしてくれないか。先日の事だがティニーは私に言ったんだ。『貴方のためにも私に好意を抱くな』と…私はその意味が…こんな事になった真相が知りたいんだ」
全てを知っていそうなアズライルの話に二人は驚いた。
「何故…彼女はそれを知ってたんだ?」
「それはまだ言えない。父様達の話を聞いてから話すよ」
「…わかりました…娘がそこまで話していてこれを見られたなら全てをお話ししましょう…」
「まて。場所を移そう」
三人は場所を移して密会に適した必要最低限の物しか置かれてない小さな部屋に移動した。
*****
皆でテーブルを囲むように座り明かされた話はこの国の建国前の世界の神話にも及ぶ古いお伽噺のような話だった。
この世界はユグドラシルと呼ばれる世界樹の魔素で出来ている美しい世界なのは皆も常識として知っていたのだが話はそこから始まった。
ある日その世界樹が世代交代のために枯れかけて一つの種を落とした。
それを当時の世界樹の守り人の一族が受け取り大切に守りながら育成に適した土地を求め彷徨い辿り着いた場所がこの土地だった。
ここには元々エーデルオークと呼ばれる神聖な力を宿す木があり古くからこの土地を守護していて世界樹の守り手達はその神聖な木からの力も借りながら種を植えて大切に育てていると他の土地から来た者がこの木の価値に気付いて欲を出してしまい苗木を盗もうとした。
そこで植えた場所に城を建てて世界樹の苗を地下に隠し守ることにした。
それが現在のこの城で国の始まりだった。
やがて月日が経つと世界樹の苗は成長と共に自我が芽生えてこの地を守る神聖な力を宿す木にあることを命じた。
『私だけの理解者が欲しい』
その願いを聞いた神聖な力を宿す木はこの木の守り人の一族で最も魔力が強く心の清らかな女性の体内で特殊な条件の日に子を宿した時にのみある力を授けた。
その子は特別な子供として大切に育てられすくすくと育ちある年齢になると世界樹の苗の下に捧げられる時が来た。
この時に愛しい我が子を捧げ物にしたくなかった母親がその子供を密かに他所に逃がしてしまった。
すると世界樹はとても怒り共鳴するように神聖な力を宿す木も同様に怒りを露にした。
二つの神聖な木の怒りの力に魔物達が集まり国中を跋扈して人々は逃げ惑い滅亡も間近となった時。その子供は自ら戻り許しを請うために必死に祈った。
『私は貴人様のもとへ参ります。どうか怒りを鎮め魔物から皆をお助けください』
その子供が必死に祈る間も魔物は国を荒らし続け子供はその様子に絶望しながらも必死に祈り続けたがなかなか祈りは届かなかった。
そして自分が逃げた事でここまでなったのだという後悔をしながら心からの謝罪をしてこうなることを理解していても逃がそうとしてくれた両親に感謝をした時にポタリ…と優しい魔力が籠もった涙が地に落ちると大地が輝き子供が消えるとある部屋に転送されていて邪魔が入らないようにそこからすぐに転送されるとそこには世界樹がいて花を開き子供を閉じ込めた。
その子供は長い時を掛けてずっと花に閉じ込められたまま眠り続けていつの間にか何処かに消えた。
するとまた捧げ者として選ばれた日に特別な子供が生まれた。
神聖な力を宿す木はまた同じ過ちが起きないようにとその子供との親子の接触を禁じさせたのが仕来りの始まりだった。
このことは神聖な力を宿す木がお告げとして全てを夢で語り先祖達が書き記してエーデルオーク侯爵家の当主達に代々伝えられていた。
当主達はこのお告げを守り接触はしてなくても出来るだけ子供の状況を気にかけて把握していたのにも関わらず今度は偶然ではあったのだが子供が拐われた。
子供が土地を離れて過ごした事により世界樹は不安定になると国を挙げて探す事になった。
そして王族が特別な子を保護するためにその子供には王族の婚約者として紹介して今度は何があっても逃げられないようにした。
ここで子供達がお互いに惹かれ合っても困るので婚約者となった者にはその子を意識しない魔法を掛ける事になっていた。
「…そんな…それはあまりにも…彼女は一体なんのために…これでは夢も希望もないではありませんか…」
話を聞き終えたアズライルの頭を過ったのは彼女が自分の前から消える時に見せたあの諦めの表情だった。
あまりにも酷い話にアズライルは無意識で拳を強く握りしめていて血が滲み出ていた。
*****
「…ティニー…私だ!アズライルだ!君は絶望したままで終わっていいのか!
ユグドラシル!頼むからもうこんなことはやめてくれ!こんなのはおかしい…彼女は人として生まれたのに…これではただの捧げ物として死ぬために生まれたようなものじゃないか!」
「アズライル、やめなさい!」
話を聞き終えるとアズライルはすぐにまた世界樹の元に向かい蕾に近付きながら叫んでいた。
彼女を呼び覚まそうとする声に反応した鞭のようにしなる枝や蔓のような根は彼を容赦なく狙って行く手を阻もうとしたがそれをなんとか躱して必死に訴えながら距離を詰めていると慌てた様子で追い掛けたノイリエスが静止の声を上げたが彼はそれを無視してやっと蕾に辿り着くと血の付いた手でも構わず思いっきり叩いていた。
「…アズライル?何故来たの?もう私の事はいいから…気にする必要はないんだよ。
貴方も初めに話してたけど綺麗な人と幸せになってね」
外の騒ぎに気付いて目を開いたディスティニーはゆっくり起き上がると困ったように弱々しく笑っていた。
「ダメだ!私はまだ君を諦めてない!私は可愛いティニーが好きだ!君でなければ嫌だ!君は私の婚約者だから君もこのまま諦めないでくれ!」
通常なら希望を与えそうな力強い言葉は彼女をただ虚しくさせるだけだった。
「アズライル、これ以上はやめなさい。彼女の覚悟を無駄にするな」
「覚悟ですか?こんなの覚悟でもなんでもありません!
周りは特別な子供だからとか言っても彼女に与えるのは強制的な孤独で彼女自身からは『私には未来がなかったらしい…』って…あんなに絶望した目で…こんなことを言わせたのはユグドラシルお前だ!
お前が彼女をこんなに傷付け苦しめたんだ。
少しは人として幸せに過ごす時間くらい与えられなかったのか?
君はこの先も長く生きるなら共に生きる者は人としての生を謳歌して君のもとに行くのは死ぬ間際でも良かったんじゃないのか?それくらい待てないのかよ」
『待てない…』
突然青緑色の光に包まれた人が現れてその声は淡々としていたが耳で聞くと言うよりは頭に響くような感覚だった。
初めてのことにノイリエス達は驚いたがアズライルはそんな事よりもまずはディスティニーなので驚くよりも気を引き締めた。
「お前がユグドラシルか。待てないなら人として生まれせるな。
君は生まれてから全く親の愛情を受けられずに育つ孤独がわかるのか?たとえ周りが優しくてもやはり親への愛情に飢えてその寂しさはずっと引き摺るんだ。
人の心は脆い…君は愛情に飢えた人形が欲しかったのか?それで優しくして満たされるのか?俺にはそうは思えない。
ただの人形でもいいなら生身の人間に近い精巧な作りの魔導具の人形を捧げればいいだけの話だろ」
『違う…我は孤独だった。我と同じ者は居ないから…だから我と同じ者がそばにいて欲しかったんだ。
だけど皆眠り続けた…そして時が経ちあるべき場所へと還っていった…』
その声はとても寂しそうだった。
「それなら人としての人生を謳歌させてそれからその者達の生き様を聞いたりするのは駄目なのか?」
『…沢山話しをして優しくしてくれるならそれでもいい…でもお前の言葉はあまり信じられない。何度も我が愛し子を殺したから』
ここで過去を持ち出されてしまうとアズライルも気まずいものがあった。
しかしここで引き下がれる程度の思いなら普段の彼ならこんなところに来ていないので真っ直ぐに彼を見た。
「それならもう一度だけやり直しを頼みたい。
私は彼女を最高の状態で幸せにしてみせるからお前はここで彼女がここに戻っていいと思える時を待って欲しい」
『約束を守らなければ?』
その声と口調はどこまでも疑っているのだとわかる程に警戒していた。
これに気付いたアズライルは今は違っても当時の自分は確かにやらかしていたので過去の自分を殴りたくなったがその過去にはもう戻れないので少しだけ深呼吸をすると真っ直ぐ見つめて覚悟を決めた。
「私が好きでも彼女を取り上げて構わない。その時は嫌だったとしても認めて邪魔はしないと約束する」
『わかった。でも君はこれで最後だよ』
会話が終わる時に含む話し方をすると世界樹は光輝きその場にいた全員の意識はここで途切れて姿も消えていた。
『君がどうするのか見極めさせてもらうから』
世界樹は彼等がいた空間を見てポツリと呟くと自らも消えた。
ここまで読んで下さって有り難うございます。
これでほぼ謎は回収しました。
エーデルオーク繋がりで大物が出て来たのはいい…しかしいくらなんでも人間を捧げろってあまりな話…のような気もしますが精霊ならユグドラシルに忖度すると思ってる可能性もなくはない?
そしてアズライルはまさかの直談判で最後の巻戻りを頼みそれは叶いました。
これから彼は目的を達成する事が出来るのでしょうか。
まだ続きますけど…宜しければお付き合い下さると幸いです。