2ー⑥
「う…え?…へ?…ここは…?え?どこ?」
デスティニーがぼんやりとした頭で目を開けると見知らぬ天井で戸惑っていた。
そして気配を感じてそちらを見て更に戸惑い固まった。
「…?」
そして一気に意識が覚醒して逃げようとして起き上がろうとすると眩暈がして倒れた。
「…あぁ起きたんだね。ティニー?大丈夫かい?今日は私が預かる事にしたんだ。
君は普段から何をしてるのかわからないけど休む必要がある。今日は私が見張るからしっかりと休みなさい。わかった?」
隣に居たのはアズライルだった。しかも逃さないように手を繋いで添い寝をしていたのだ。
彼がギュッと抱きしめると彼女はまた動けなくなったので仕方なく様子見する事にした。
「今は何もしない。でも逃げるなら別だよ。賢い君ならわかるよね?」
「わかりましたけど…」
なんとなく気になり袖を見ると明らかに服が違っていて困惑した。
「え?着替え…」
「うん。とりあえず予備を着せた。本当は私がやろうとしたら面倒なお目付け役に見付かって叱らてしまって…メイドに頼んだから安心しなさいね」
「そんな…私の服は…」
今の彼なら本当にやりかねないと感じて早く出て行きたかった。
「今はダメ。私のキスと抱擁どちらがいい?」
「どちらも嫌です。離れて帰らせて」
発言が危ういと感じてどちらも却下だった。
「君のご両親には伝えておいた。宜しくお願いしますと言われたよ」
「…」
(そんな…いくら婚約者でも酷くない?)
この時は両親に売られた気分になった。
「折角ここに来たなら君が城でやりたい事は無いのかな?」
こう言われると確かに無駄にしたくないと感じて頭を切り替えると駄目で元々だと思いつつ頼む事にした。
「それなら禁書庫の本がみたいです」
「禁書庫?」
「読んでみたい本が…」
ここで本当に正直に話して良いのだろうかと躊躇すると自然と言葉が出ずに言い淀んだ。
「…わかった。それなら待てが出来たら連れて行くけど大人しくしてなければこの話はナシだよ。いいね?」
「わかりました…」
なんだか言い方が気になったが今は禁書庫の本が読めるなら…と我慢して頷くと何故か頭を撫でられた。
「いい子だ。許可貰ってくるね」
彼の気配が遠退くと彼女もやっと安心して目を閉じた。
*****
「…ティニー?寝てるのかな?」
「…!?」
目を覚ますと麗しい人の心配そうな顔が間近にあり驚いた。
「やっと起きたね。禁書庫に行こう」
部屋着に着替えさせた後に彼が自ら彼女には室内履きを履かせると抱えて連れて行った。
「歩けますわよ?」
「さっきも起き抜けで倒れたよね?」
「…あれは少し驚いただけで…」
「却下」
「…」
あっさりと断られた事で困ったが会話も思いつかないので俯いて黙ったまま思考を纏める事にした。
二人が書庫に着くとやっとディスティニーは下ろしてもらえて床の感覚に安堵した。
彼女はすぐに本棚を見て神話等の本を選ぶと近くの椅子に腰掛けた。
「神話が好きなの?」
本の背表紙を見ながら尋ねると黙って読んでいた彼女は面倒臭そうにした。
「別に…」
そして読み進めていくうちに彼女は眉を寄せた。
『聖なる木に認められし者。世界の真理の養分となり国は更に栄える』
(聖なる木?世界の真理?世界の真理はまだわからないけど聖なる木なら神聖な力を宿す木と同意の筈…それならこの国にもある…でもどうやって…)
この一文で歴代国王達が何をしようとしていたのかを理解出来た気がした。
本から目を離して俯きながら頭に手を置くと自然と深い溜め息が漏れて泣きたくなった。
(他国にもこういう木はある筈…でもこれ…たぶんだけどこの国のことだよね…養分って…そのまま読むと生け贄だよね?
もしこれが私なら…可能性の域を出ないから違うかもしれないし…やっと巡って来たチャンスだから他にも何か…もっと探さないと…)
青ざめながら全てを読み終えて更に別の書物を探す事にした。
それこそ禁断の魔法や古代の遺跡の魔法まで関連する物は全て調べた。
『聖なる木に認められし者、世界の真理の前で祈りを捧げよ…』
これだけだが少しだけ希望が持てた。
「今日はダメだ。また明日にしよう」
「でも…もう少し…」
ボソリと呟きながら目は文字を追っていた。
それだけ彼女には時間がなく寝る間すら惜しいと思える程だった。
何故なら卒業までに何かのヒントを見付けなければならないので期限が近付くとそれだけ焦りが生じて寝食を忘れるほどに集中しているのでこれで倒れるのも仕方のないことだった。
「ダメだ!そんなに真っ青になるならもう許可を取らないよ。
ちゃんと休んで明日にするなら連れて行く事を約束をしてもいい」
「…わかりました」
明日もとなれば渋々でも頷くしかなかった。
戻る時も再び彼に抱えられたので断ったのだが「顔色が悪いのに無理するな」と言われてしまい大人しく運ばれながら部屋に戻るとすぐに食事を済ませて今度は横になるように促されたので渋々横になった。
「今は休むんだよ。いいね?」
「はい」
稀少な本のために仕方なく頷く彼女の姿を見ても彼からするとなんとなく信用が出来なかったので念のために少しだけ彼女に睡眠魔法を掛けた。
「完璧だと思ったいたらまさかこんなに手が掛かるとは…」
大人しく眠るディスティニーの頭を撫でながら困った顔で苦笑していた。
*****
翌日は早朝に目覚めた彼女は彼にしっかり抱きしめられていたので起こさないように少しずつ離れてやっと解放されると強張った体を伸ばしていた。
すると何故か再び捕まり抱きしめられた。
またなんとか抜け出そうとすると今度は腕の力が強くなった気がしてじとりと睨みながら観察すると口許がにやけていた。
「起きてるのはわかってる。早く離せぇーー」
必死にジタバタ踠くがびくともしない。
仕方がないので手に触れて少し強めの電魔法を流すと静電気が発生してやっと離れたのですぐに距離を置いてベッドの端に移動した。
様子を見ながらもう少し自由時間が欲しくなった彼女は指を鳴らして睡眠魔法で軽く眠らせるとやっと安心出来てホッと息を吐きながら今度こそゆっくりと伸びをして体を解して窓を開けて外の空気を感じて深呼吸をして早朝の時間をのんびりと過ごすとやっと落ち着いた気分になれた。
その後は彼の部屋にあった本を読んだりして過ごしていると遅れて彼も起きてきた。
「…おはよう…何故眠らせたの?」
その声だけ聞いても明らかに朝から不機嫌そうなのがわかった。
「…おはようございます。悪戯防止策ですが何か問題でも?」
明確な理由を話すと彼も思い当たる節があるようで少しだけ目を逸らした。
「自覚はあるみたいですね?お願いですから眠る時は離れてください。
それか私はソファーで構いませんので宜しくお願いします」
「そんなに私が嫌いなのか?」
何故か傷付いた顔をされてしまい彼女は不思議に思った。
「嫌いも何も…初めから貴方の態度には問題がありましたけど…その辺りについては棚に上げるのですか?」
初めから問題がありすぎて嫌気しか無いと含ませると彼は寂しそうにした。
「…それは…すまなかった。だけど今は違うからね。過去を見ずに今の私を見て欲しい」
「…過去…ですか…散々馬鹿にしてきた自覚はあるのでしょうか?」
彼女がやれやれと肩を竦めると彼はまず信頼関係から始めなくてはいけない事にやっと思い至ったがそうなるとこれからの時間が無さそうでこれはこれでショックだった。
「…過去の事は全て悪かったと後悔してるんだ…頼むから今の私を見てくれ…」
「…無理。信用は出来ません。何度も裏切られるとご理解頂けるのでは?」
その目には期待も何もなくただそこにある物を見ているだけの目で彼はこんなにしたのが自分なのだと理解して今更ながらに後悔した。
「…では君の信頼を取り戻せるようにこれからは私が君を守る」
「…もし次の巻き戻りで貴方の記憶が無かった場合は同じ事ですから期待はしておりませんしアザレア様と仲良くすれば宜しいかと。
私はこれまで通り一人の方が気楽ですので…この際ですから婚約を解消出来るなら早急にお願い致します」
これまでのディスティニーは嫌と言うほど裏切られたのでもうお腹が一杯で何も考えずにこれだけ口に出来たのも普段からずっと思っていたからだった。
「それは私も考えて過去で父様に申し出た事があるんだ。
その時にアザレア嬢は好きにしてもいいがディスティニー嬢だけは駄目だと言われたから恐らく今回も同じ結果になるのだと思う」
国王についての話は初めて聞いたのだが昨日読んだ内容と照らし合わせて嫌な予感とその可能性が高くなった気がしていて青ざめながらもっと情報を得る必要があると感じた。
「…他に陛下からは何かお言葉はありませんでしたか?」
「…前にも話したけど父様と言うよりも君の父君なんだが…君が前回のパーティーで消えた後に空が禍々しいものへと変化したんだ。
その時に『まさかこれ程とは…』そう呟いていたんだ」
(やはり…陛下とお父様は何かを知っていて黙ってる…)
こうなると自分の家の隠された書庫等が無いか神聖な力を宿す木の近くに何か無いかを徹底して調べる必要があると感じた。
突然黙り込んだ彼女を見ながら彼は彼女も何かを隠しているような気がして出来れば情報の共有をしたいところだが信頼も何もない状況では難しいとも思えて悩みつつ口を開いた。
「ティニーに改めて頼みがある。君の持つ情報を教えて欲しい」
「…今はまだ言えません。確信が欲しいから…もし私の予想の通りで確信を得た時に話せると思いますけど…あぁやはり今は少しでも時間が惜しいです。
今から禁書庫に行くのは駄目なのでしょうか…」
「…わかった。でもその前に食事にしよう。その後に連れて行くから君が確信を得た時には私にも教えてほしい」
「…わかりました。一応その時に話しますけれど…条件があります」
「とりあえず聞こう」
「…私には絶対に恋愛感情だけは抱かないでください」
それは最近になってとても彼女が気になり始めた彼の気持ちを無情に切り裂く言葉で彼は別れの言葉にも思えて戸惑っていた。
「これはお互いのためなのです。もし予想が外れていたなら問題はありません
しかし…この予想が当たるなら私に関わるのはやめてください」
「…わかった…その予想が外れる事を願うよ」
二人は食事を済ませて禁書庫に向かうと彼女は書物を手に取りテーブルに重ねた後は集中したまま読み続けた。
その様子を見て彼は先日に治癒師から聞いた話を思い出して寝食を忘れる程に集中していれば倒れるのも仕方ないと理解した。
ひたすら読み進めていたが突然頁を捲る手が止まると震えていて彼も不思議に思いながら彼女の顔を覗き込むとその表情は青ざめていて目は潤み泣きそうになっていた。
「ティニーこれ以上はダメだ。また倒れてしまう…」
他の書物を片付けて彼女の持っていた本も取り上げると俯いたまま動かなくなっていた。
その目には明らかな絶望があり彼も開いていた頁を読むと固まった。
「…嘘だ…こんな…こんな事が…」
それは彼にとっても衝撃的な事だった。
これなら国王も彼女の父親も一様に言葉を濁して真実を話したがらないのも納得出来た。
「では何故…ティニーを婚約者に…」
そこで気付いたのは逃がさないための鎖としての役割だった。
「ティニー、私と一緒に逃げよう」
気付けばそう話していた。彼女は虚ろな眼差しで彼を見て困ったように眉尻を下げると少しだけ伏せ目がちになりながらゆっくりと首を振った。
「…私には…初めから未来はなかったみたいです…」
俯いて呟いた言葉は感情が抜け落ち声はとても乾いていた。
「殿下…有り難うございました」
力なくそう口にすると僅かに震える指を鳴らして消えた。
不安定な彼女を一人にしたくなくてなんとか引き止めようと腕を伸ばしたが一瞬遅れて空を抱き締めていた。
「ちゃんと…戻って来るんだよ…」
理由がわかってしまった彼は何も出来ない悔しさで唇を噛み締めていた。
その後の彼女は暫く学校を休んでいて彼も会うことが出来ない時間を過ごしながら彼女の身を案じていた。
ここまで読んで下さって有り難うございます。
名前を適当に短縮しましたので読みにくい方は申し訳ありません。
たとえ憶測の域を出なくてもやっとそれらしき謎が解き明かされてきました。
彼女は全てを知ってこれからどうするのか…アズライルは抗えない宿命でも逆らうのか…このまま諦めてしまうのか…見守って頂けると幸いです。