ヘルとヘブン
ピクシブにも掲載
ウォルトの話。
万界軍におけるゴブリン(邪悪な方の)。
悪意青天井。
看守鼠。
その仕事ぶり
「泣き言は聞きたくないんですが」
冷たい、万界軍総司令官からのお言葉が、全軍に通信された。
無駄だったか、と兵達は心の中で嘆息した。
「とはいえ」
言葉が続き、兵士達は無言のまま期待の目を輝かせた。
「ここまで集まった嘆願を無視できませんから、ウォルトを看守に、ヘブンに続いて、ヘルを稼働させます。以前から仮・試験運用はしてましたが、正式採用です」
静かに、兵らは歓喜した。
無言で、涙をこぼす者もいた。
ことの起こりは支配して間もない地域の、豚刑の多さに、豚の数が足りなくなっていることに寄る。
まあ、毎度のことなのだが。
スナイパーに戦時中に、性犯罪者を優先で射殺してもらっているのだが、それでも多すぎる。
豚の取り合いは、それは上の人の義務だから末端は関わらない。が、豚刑とは、極論「性犯罪者はその悪質度によって刑期が違うが、基本的に豚に犯される」というやっかいな刑罰だ。
死んでも構わなければ楽なのだが、死刑ではないので、執行中に死なれると、責任問題になる。受刑者の身内が「こんな辱めを息子(叔父・甥・孫・父、祖父・親友)が受けるぐらいならいっそ!」と殺しに来るので迷惑であるし、準備をちゃんとしないとショック死したり、感染症で死んだりするので。
普通の公開処刑より気を遣う。
疲れた執行役の軍人から嘆願書が届けられ、被害者の数に合わせて、青天井だった刑期が、最高3年になった。
普通の人間は一ヶ月も人前で豚に犯されれば、心身共に社会復帰できなくなるので、無駄にオーバーキルなのだ。
ああ、本当に。
なんでこんな刑罰作った?
承認した?
さて、ではこの面倒ごとに対するヘブンとヘルについて説明しよう。
ヘブンとは、口さがない者たちから、『ゴキほい』と呼ばれている、難民・移民受け入れ都市だ。
本都セントラルに、四方に四つの町があり、一つの町が門とを開いて毎年一万人ずつ難民移民を受け入れていく。
4年目は?
4年もすると、移民・難民はほとんど消えていて、行儀の良かった者だけセントラルに移動して、また1万人受け入れるのである。
粘膜等の接触感染率100%で、死亡率も100%、しかし二次感染まですると性質が変わって無毒化するという、まさにウイルス兵器を仕込んだ、幼女型の遠隔操作ロボットをその町に定期的に練り歩かせると、あーら不思議。
4年間で、男の過半数が死ぬので。ついでに女も、その幼女の死体をばらすのを手伝ったりして、感染するため、あっと言う間に、受け入れ町の人口は半減し、おもしろいぐらい残らない。性犯罪に荷担しなくても罠として配置した一人暮らしの老婦人宅に強盗として入って、殺されたり、成り代わられたり。
金持ちの家に押し入って、殺されたり。
まあ、そうやって、減っていく。
万界軍総司令官安西早百合曰く
虐げられし者が善ならば、この世は早々に楽園になってますよ。
だそうだ。
幸せで、無知で無力な存在を見たら、犯して殺したくなるのだ、殴られてきた者達は。
犯罪行為を四年間、行わなかった者だけ、セントラルに吸収する。
三千人ぐらいしか残らない。
いつだったか、あまりにも酷かったので、軍を投入して全滅させた民族もいた。
まあ、それがヘブンになる。
そして、ヘル。
こちらはブラックマウスたちが管理している町というか都市である。
恒久資材でできた摩天楼都市。
ブラックマウスの長がウォルトという。赤い目をぎらつかせた、端末パッドを操れる悪意溢れる鼠である。
軍や治安維持隊も追ってこない、犯罪者が逃げ込める天国がある
そこに行けば、助かる
という噂を流し、ヘルを移築した。
鼠が暮らしやすいようにカスタマイズした、九龍城のような都市である。
犯罪者、特に死刑や島流し刑、豚刑が確定している犯罪者が自前で日用品を持って、そこに逃げ込んだ。
「ヘル、稼働から二年経ちましたが、どうなってます?」
早百合が思い出したように問うた。
「楽です。豚がちゃんと回転してます」
と、管理知能が答えた。
「あー、長く起動したから、ファジーに答えるようになってますね」
ちょっと前までは楽、とか答えなかったのに。
そんなことを早百合は考えながら、まあ返答の簡略化はいいことか、とも思った。
「ウォルトからの通信、次は回しますか?」
「物資の購入、ですね。こっちに回してください。そうしないと、ウォルトとしゃべる暇ありませんからね」
統治前に、ヘブンで、犯罪者をごっそり削除し、統治後はヘルに犯罪者を集めて、ウォルト達に始末させる。
「はっはっー、人間様よ、久方ぶり」
目の前に邪悪な鼠が写り、滴るような毒を込めて笑っている。
「ちょっと忙しかったので、ごめんなさいね、ウォルト。愛してますよ」
「ふふ、こちとら鼠。八年ほどで死ぬからなあ。二年は長いぞ。首が伸びてしまう」
「ほかの子たちは雄は一年ぐらいですしね。悪かったですよ」
画面を引くと、ウォルトは赤子の頭蓋の骨に入っていた。眼孔からちょろっと顔を出している。
実際それは、赤子ではなく、堕胎されたそこそこ大きな胎児の骨、だ。
歴代ウォルトの寝床である。
そして、その頭蓋の寝床の前に頸骨が並んでいる。
逃げ込んだ犯罪者を、鼠たちは襲い、喰い殺して、首の骨をこうして持ってきて『賞金首』とDNA照合して、賞金をもらい、その金で、カタログショッピングをしているのである。この、子供の握り拳ぐらいしかない小さな鼠が。
「まあ、とりあえず、何が欲しいんですか?」
「肉は新鮮なのがすぐ喰えるし、ちょっと飽きた。産床用の古新聞と、兎用のペレットを各二トンと、水場のメンテナンス要員派遣願う」
ころっと頸骨を転がした。
15。
システム「賞金番号2222263。妹を強姦、その後それを咎めた肉親四人を殺し、一人を重軽傷を追わせ、逃げる際に無関係な民間人を一人、突き飛ばし、座骨骨折させた、男 二十六歳 賞金860ポイント。確認しました。賞金番号・・・」
最終的に12900ポイント。(日本円で460万円ぐらい)
鼠「お、だいぶ余るな。乾燥餌は備蓄にいいが、生も欲しい。生野菜で嵩があるものを残金いっぱいで」
王「今時期、キャベツが安いですね」
鼠「戦争しかしないくせに、よく知ってるな」
王「物価の把握は司令職の基本ですよ。特に食べ物はね」
鼠「農薬使っていない、麦を刈ったあとの新鮮な茎も欲しい」
王「新聞紙では足りませんか? 輸送費、うん、吸えますね。原価に近く用意できます」
鼠「床材ではなく、喰う」
王「おいしいですかね、麦の茎」
鼠「我らはなんでも喰らう」
王「二年も連絡しなかったわびに、私が届けますよ」
鼠「犯罪者の楽園に、人間様、いらっしゃるのかよ」
王「支配の目処がついたのでね」
鼠「ふふ、殺しに殺し尽くして、やることがなくなったか」
王「何言います。法的に殺し尽くすのは、今からですよ。『民道』さえ守れば、死にはすまいに。そんな簡単なことさえ、守れないのだから」
鼠「ああ、そろそろ、公務員殺しが」
王「横領したり、賄賂とったり、職権乱用しなきゃいいはなしなんですよ。徹底して理解させるのに、五年ぐらいかかりますからねー。処刑人が足りなくて困ります」
鼠「ふん、兵たちがやるだろうし。なんなら、死体の処分ぐらい、手伝うぞ」
王「しばらくさらしておくので不要ですが、切り落とした手足、食べますか?」
ヘルは乱雑に見える、ビル群の集まりだ。
中央は100階前後のビルが並び、周辺は50~60階建て。ひたすら、高く。隙間なく、びっちりと建っている。二部屋しか取れないような敷地にさえ、細長い、串のように。
エレベーターやエスカレーターなどなく、ひたすら階段を登るだけ。
中央のビル同士は連結しており、最上階でブラックマウスたちが繁殖している。
わかるなら、罪人達が結託して攻め込めばいい、と思うだろうが。
その下二階分が、悪臭とアンモニアの刺激臭で目も開けられない地獄。
目と鼻を何かで守って突き進もうにも(直接階段で上れない。フロアの端や真ん中の階段まで移動する必要がある)、黒い絨毯のような鼠たちに群がられ、あっと言う間に囓り尽くされる。
ただでさえ、75階分上がるので疲労している(階段があちこちに点在するため。ちなみに鼠専用通路は直線で6階まで繋がっている、中ではなく外に)。
中央のビルにヘリに似た機体がコンテナを吊しながら飛来し、それをおろして、ヘリは隣のビルに着陸した。
強風が吹き荒れているが、中から現れた白衣の女はひらりと舞うように飛翔して、中央ビルにきた。
保護フィールドが発生し、風が止まる。
鼠たちは小さいので、吹き飛ばされてしまうため、こういうシステムが置かれている。
無数の鼠たちがわらわらと出入り口から飛び出てきて、コンテナの扉を開けて、中身を持ち出す。
早百合は踏まぬように気を付けながら、歩む。
この悪意ある鼠は、早百合を嫌な気分にさせるためなら、するっと足の下にわざと入り込んで踏みつぶされることを厭わない。
そういう気配が在れば、もう床は歩かず、浮遊する。
もっとも、連中はキャベツと麦藁に群がって気にした様子もない。
一部が、ペレットや野菜を地下へと運んでいく。
妊婦や子育て鼠に配布するのだろう。
半重力トランクを確かに売ったが、鼠が使いこなしているのを見ると、複雑である。
けっこう、調整が難しいのに。
器用に詰め込み、ヒモを銜えて、だだっと走り去っていく。
ヘブンにしろヘルにしろ、現地時間では150年程度しか稼働しない。
都市はまるごと、次の侵略世界に移動していく。
最初に設置されたヘブンが消えて。
ヘルが置かれ。
罪人を飲み込んでいく。
早百合はコンクリートによく似た階段を下りた。
悪臭がむあっと漂う。
熱気もある。
悪臭は毒気を含み、まともな生物は目を開けていられない刺激だ。
見えない寄生虫や毒虫もおり、早百合の中にある火霊と寄生植物がそれらを近づけないように攻撃していく。
それを見ていた鼠たちが、けけけっと笑う。
「無駄なのは知っているでしょうに。水場のメンテしますからどきなさい」
階段から離れた壁際に噴水があった。
水は4つの水路から、下の階へと流れていく。
最上階の出口に近いため、繁殖部屋はこのフロアではなく、二階下となり。
この一つ下にはウォルトが住む。
清らな水を先に飲めるのが、長たるウォルト。
次が繁殖・子育て・子供鼠たち。
あとは自由に水路に入ったりしながら、飲み汚し、5階下まで伸びた後は、回収されて浄化され、再度噴水となって出てくる。
メンテ、といっても。
掌におさまる濾過装置を二つ取り換え、水管が詰まっていないか確認するだけ。
技師資格は必要だが、たいていの資格を持っているので、早百合でもできる。
水の通りを確認すると、赤い瞳の鼠が近くで彼女を見ていた。
「おや、ウォルト。久しぶり」
「ああ、人間様。首を長くして待った」
鼠がにたりと笑う。
音声とともに文字が踊った。
自動翻訳機がウォルトの耳を飾っている。米粒ぐらいのピアスとして。
「あと二年もすれば、私もお役目終了。新たなウォルトは、おそらく、アレだ」
やっと黒い毛がそろったばかりの子鼠が鼠通路から姿を現した。
母親らしき鼠の背に乗って。
「まだ目は赤くありませんね」
「引き継げば、赤くなる。もっとも、『ウォルト』の目が赤く見えるのは、真なる目を持つ者だけだがね」
悪臭というより、もはや化学兵器レベルの刺激を放つ古い新聞紙が取り除かれ、吸水層と防水層を持つ布が剥がされて、新しいものが置かれる。
何度回収しても、未知の寄生虫と細菌とウィルスが検出される。大学の検査室送りだ。
新聞紙の間に干からびた鼠の仔や母が混じっていて。
紙を強いて並べてやる。
死んだ仲間には興味がないようで、こちらも研究室送りだ。
生きていれば養うが、死んだらもうどうでもいい。野生動物らしい。
真新しい新聞紙がシュレッダーで細断され、細かくなって産床を埋めると、母鼠と仔鼠たちが、わっと入っていった。
「また来ますよ」
「待っているよ、人間様。肉喰っていくか」
「人肉喰わねばならない状況ではないので辞めておきます」
「来たばかりだと塩気が濃くてな。二週間ぐらい留めおくと、良い感じだぞ。それを過ぎると、痩せて肉がすかすかになる」
「持ち込んだ食料が尽きるか、食べる気力なくすんですか」
「動きが鈍くなる」
「まあ、人間が生きられる都市ではありませんからね。ほんとに、何故逃げ込む犯罪者が後を絶たないのか、不思議です」
「多いと、今でも一日に60人はいることもあるからな」
「人が入ってこない日が増えたら、犯罪の多い地区に移転して、同じことしてもらいますがね。死刑囚が、自前で衣食用意してここにこもってくれるから、金かけなくていいのが楽です」
腹の大きい鼠たちが懸命にキャベツにかじりつき、麦藁を囓り、赤黒い塊を貪っているのを、早百合は視界の端に捕らえながら。
まあ、肉に飽きもしますかねぇ。
ついでに、初期設置から半年間は数百人単位で毎日罪人が転がり込んでいた。
今もその頃の罪人が生きているが、すごく単純な話、生きて元気にやっている犯罪者が外に向けて「生きてるぞーい、ここならつかまらねぇっ」と、身内に連絡してくれないと、後続の犯罪者が来ないから、わざわざ生かしている、だけで。
いろいろ安定してくる5年目ぐらいには、ブラックマウスたちが美味しく肉として喰う。肉はすかすかでも、肉は肉である。
何代ものウォルトは、彼女を愛した。
ヘブンもヘルも、あまたの罪人を飲み込み喰らい、万界構想を支えた。
★ ☆
「ウォルト、闇竜戦まで生きられますか」
「生きろ、と命じるならば、応えよう」
「ふふ、愛してますよ、ウォルト。時間天秤でこちらの時間を緩めて、調整します。ウォルト、私のために、死んでください」
「ああ、いいとも。いいともさ、人間様よ」