いつもと反対
2024年キスの日短編です
たーさんは背が高い。
背が高くて、腕も長い。びっくりするくらい遠くまで手が届く。
だから棚の上のものはたーさんが取るし、奥に入り込んだものもたーさんに取ってもらう。というか、一度奥に入り込んだものを棒で掻き出したら、ついつい勢いがついてしまい、弾丸のように飛び出したあげく床に叩きつけられて壊したので、絶対呼ぶように厳命されている。
たーさんは慎重派である。
そして物も大切にするので、物持ちも良い。
なんとなく食後にキッチンでお茶を飲みながらSNSを見ていたら、本日は「キスの日」なんだそうな。
へー、そんな日があるんだ。
キスの日……初めてのキスはやさしかった。背の高いたーさんがかがみ込んで、そっとキスをくれた。
思い出すと、へへへ、とニヤけてしまう。
そうだ、今日はわたしから「はじめてのキス」をしてみたらどうだろう。
背の高いたーさんを見下ろしてみるもの、これもまた一興。
ということで、わたしは早速テレビの前のソファで雑誌を読んでいるたーさんのところまで移動した。
「たーさん」
「なに?」
だらりと寝そべって雑誌を見ていたたーさんの手を引っ張って、その長い身体を起こす。
「どうしたの?」
たーさんが不思議そうにいうけれど、そう聞かれると口に出すのはちょっと恥ずかしいな。
だってわたしは今から、
たーさんの両肩に手を置いて、上からそっとキスをした。
「え、どうしたの?」
「いつもと反対にしてみました」
「反対?」
「わたしが上から」
「ああ、なるほど」
たーさんはくすりと笑うと、持ったままだった雑誌を閉じると裏返してソファーの上に置いた。
「じゃあ僕も、いつもと反対のキスをしよう」
「え?」
たーさんはその長い手でわたしの後頭部と腰をがしりと掴み引き寄せると、下から荒々しくキスをした。常に無く奪うようで、味わう前にびっくりする。
やさしさをどこかに置いて来てしまったのか、逃げ場がどこにもない。
いつもは大切に触れてくるその手が、今はこのまま壊されてしまいそうに強くて、心臓がドキドキしてきた。
唇が離れて、上がって下がる気配のない体温に、目を彷徨わせてしまう。
「どう?」
たーさんが下からわたしを覗き込む。視線を合わせればすごく楽しそうで、なんだか悔しくなって強がってしまう。
「悪くなかった」
「そう。……じゃあ、もっと」
立ち上がったたーさんはあっという間に、わたしの身体を絡め取られるようにして持ち上げてしまう。
わたしがわっ、と思う間もなく、そのままたーさんは噛みつくようにいつもと反対のキスをした。
キスの日、たーさんとわたしは「いつも」をソファーの上で裏返した。