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1000字以内短編

さよなら、文化祭

作者: 藤谷とう


 知らない場所なのに懐かしいと感じるのは、秩序の中にある無秩序な空気を知っているからかもしれない。



 私はいつかの自分を思い出す。

 ひどく打ちひしがれた気持ちで廊下を歩いた八年前、私はなんて幼かったのだろう。


 セーラー服を着た少女達が、きゃっきゃと声を上げて通り過ぎていく。

 手をつないで、腕を組んで、肩を寄せ合って、笑いながら。

 あんな時が自分にもあったことが不思議で仕方ない。


 無理矢理招待した妹は、私を見つけるとすぐに「ここに行って」とポップな文字が踊るパンフレットを押し付けるように渡し、友人達と消えてしまった。

 仕方なく、赤い丸のついた「準備室」なる場所を探して歩く。


 そうして思い出すのは、最後の文化祭のことばかりだった。


 教室に作った占いの館。

 勉強そっちのけで占いの勉強をして、それらしい衣装を調達して、看板を作った。

 窓から、二人、夕日を見た。



 ようやく見つけた準備室は、文化祭の喧騒から隔離されているように静まりかえっていた。

 開いたままのドアに手を掛けると、少し軋んだ音が響く。

 窓際に立つワイシャツの背中が、すぐに振り向いた。


 さっきまで思い出していた顔が私を見る。


「……本当に来た」


 笑う。

 昔よりも大人びた、けれど昔と変わらない諦めを知った顔で。


 一気に時間が巻き戻っていく。

 文化祭の準備で、二人だけで教室で作業をしていたこと。何度も一緒に帰ったこと。そして、文化祭当日に、隣に可愛い他校の女の子を連れていたこと。


「西島?」


 私が呆然と呟くと、悪戯が成功したように目を細める。懐かしさに胸が押しつぶれそうになった。思わず、どうして、と言うと、西島は身分証を見せる。


「ここで先生してるんだよ。佐々木の妹も俺のこと覚えてたけど、黙っててもらった」


 驚かそうと思って、と無邪気に笑う。

 窓の外に向かって煙草の煙を吐き、西島は携帯灰皿にそれをつぶした。

 左の薬指の何かが光る。



 再会に馬鹿みたいに浮かれていた心が、ひゅっと冷えていく。

 


 あの時もそうだった。

 西島と誰かが並ぶ光景を見て何もできずに踵を翻した。

 タイミングが合わなかったのだと、あの騒がしく賑やかな廊下を一人逆走して逃げた。


 何度もあの文化祭を振り返った。

 告白だけでもすればよかった、と。



「佐々木」



 西島が昔のように私を呼ぶ。


 指輪が光っている。


 西島はそれをゆっくりと外して、私に見せた。




 遠くに置いてきた喧噪が、

 青春の眩しい声達が、

 さざ波のように私の背を押そうとしている。




読んでくださり、ありがとうございます。

なろうラジオ大賞参加の短編です。

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