41.気持ちの答え合わせ
日が沈むには少し早い。風が頬をなぜ、彼女の髪を揺らした。
「先生には、わたしの存在はお邪魔でしたでしょう? 思い出をほじくり返されて」
「うん、正直を言えば、目にしたくなかった」
「だったら、放っておいたらいいのに」
「うん、そうだね。僕のやっていることはおかしい」
「生意気を言ってごめんなさい。随分助けていただいたのに」
「君に会うには、お節介を焼くしかなかったから」
「それは先生のお為にならないわ。わたしのどこを探しても、奥様はいないのに」
「わかっている。君はオードリーじゃない。それでも会いたいと思った。君には迷惑だっただろうか?」
ほとんど恋の告白と同然の言葉に、彼女は少し焦った。首だけ振り、返事に代えた。瞬時に言葉が出せないほど胸がときめいていた。
彼が彼女の膝に置いた手を取った。やんわりと握る。
「僕はもう君を見ても、オードリーを思い出していない。君は君だ」
ノアは隣りの彼を見た。やや伏せた目元がはにかんで赤い。そんな様子は、彼女の目にどうしても、
(可愛らしい人)
と、微笑ましく映る。
彼の大きな手に包まれた自分の手を感じながら、確認しておくことを思い出す。
「ニールさんが大怪我をされたと、ジョシュから聞いたのだけれど。先生はご存知?」
「うん、知っている」
そっけない返しだ。それ以上反応もなく、彼女はちょっと息を詰めてから言う。
「あの時、わたしを襲ったのは、ニールさんだと思うの」
「どうして?」
香水の匂いだとか、靴の特徴などを適当に話した。余裕のない中、そんな記憶はない。口からのでまかせだ。
「先生は事故の現場にいらしたのでしょう?」
「いたよ。銃の取り違えがあって、事故の前にニールと少し話した。他人の銃は危険だからと警告もした。それを彼は聞かなかった」
「そう」
それでは、アシュレイが事故を仕組んだのではない。ハークレイの言ったことは、半ば当たり半ば外れている。
(単純に悲劇的な事故なのね)
自分のために彼が復讐に手を染めるという発想は、女心の一部をくすぐるが、やはり恐ろしい。どこかほっとし、自然彼の側へ身体が傾いだ。
彼女の仕草に、彼が息をのむのが伝わった。
(わたしったら)
すぐに身体を戻す。
「あれは、あの場の誰かが目論んだことだと思う」
「え」
思わず彼を見つめる。
「誰がやったのか、その動機もわからないが、きっとそうだよ。一人なのかもしれないし、複数かもしれない。もしくは、僕を除いた全員が企んだ結果なのかもしれない。ともかく、皆がそれを知りながら黙っている。僕もそうだ」
「事故ではなかったの?」
「…僕の知る限りでも、余罪は多い。強い恨みを買っていても、少しも不思議じゃないよ」
その言葉では、ニールは彼女の他にも女性への暴行を繰り返していたように取れる。振り返るのも嫌だったが、あのやり口は手慣れていたと言えるのではないか。
いつしか眉をひそめていた。
「申し訳ない。僕がすべきことだったのに」
「え」
「特定にまず手間取った。その後も手段を見つけられなかった。ニールと決闘しようにも、僕には資格がない。それで、君に婚約を申し込もうかと考えたが、きっと受けてくれないと思った」
「は?!」
驚くべき告白に、二の句がつげない。
(そんなことまで)
そういえば、と思い出したことがある。以前、彼から急に高価なドレスを贈られたことがあった。「出遅れた」とかつぶやいていて、理由がよくわからなかった。
(あれは、そのお詫びなの?!)
今更の付合に改めて驚く。
そして、
(あんなに前から)
と、甘やかなものが胸を満たす。何も気づかず、彼の優しさを単なる紳士的な義務感からだと頑なに信じた。
「そのお気持ちだけで十分。ありがたいわ。嬉しいです」
「君といると周囲が明るい。僕は長く半分目を閉じて生きてきたみたいだ」
「そういう時期もあっていいのではないかしら…」
その後の言葉を彼女は飲み込んだ。
(傷ついたのだもの。きっと目を塞ぎたくなるほど)
ノアは視線を感じて彼を見た。彼女へ注ぐ視線と会う。もう逸らされなかった。この時、二人の思いの焦点が合ったのを知る。
「ノア、頼みたいことがある。いいだろうか?」
「何ですか?」
「さっきみたいに、寄り添ってくれないか? もし、不快じゃなければ…」
返事の代わりに、彼女は彼へ身体を傾ける。ちらりと表情をうかがう。嬉しげに口元を緩めているのを見て、
(可愛い人)
と、つくづく思う。
「ニールの容態は深刻で、社会復帰は無理だろう。君の遭った出来事は完全に葬られた。そこは安心してほしい」
「ええ。忘れるようにします」
彼女自身はそう努めることも出来る。だが、彼はどうだろうか。直接の現場ではないが、被害に遭った直後の彼女の姿を見ている。だからこそ、復讐まで考えてくれた。
(それだけ印象は深いはず)
ハークレイは彼への負い目を持つ必要はないと言ったが、そう素直に割り切れない。
(わかっていたはずなのに。どうかしている)
触れていた肩先を彼から離した。ため息と共に声がもれた。
「お気持ちはとても嬉しいわ。光栄です」
自分から握られていた手を解いた。
「…でも、お友だちでいましょう。それが互いに一番いいわ」
「どうして?」
顔をのぞくようにされ、彼女が目を背けた。
「おわかりにならない? わたしではいけないわ」
「わからない」
「わからないだなんて、嘘」
「嘘じゃない」
「言わせないで。ひどいわ」
気丈な彼女だが、気持ちが昂り、悔し涙がにじんだ。目を両手で押さえながら、顔を伏せる。彼に知られていることを呪った。
(暴行で受けた傷より、この人に知られていることが辛い)
どれほどかの沈黙の後だ。彼が言った。
「君の今も過去も、僕に守らせてほしい」
「え」
彼女は顔を上げた。彼がその手をやんわりと取った。
「友だちでは、守り切れない」
「…先生は、忘れられる?」
「ニールの顔が吹っ飛んだ時に忘れた」
「え。吹っ飛んだの?」
彼はそれに答えなかった。手の甲に唇を当てる。間違いのない求愛の仕草だ。そして、彼女を見た。
「僕が嫌い、以外は拒絶の理由にしないでほしい。貧しくても、兄が変人でも、おかしな商売で稼いでいることも、織り込み済みだから」
「全然よく聞こえないわ」
彼は少し笑った。
「僕は気に入っている」
そんな言葉に心がほぐれているのがわかる。照れ臭くなるほど、
(嬉しい)
頬が染まるのが、自分でも意識出来た。
「時間が欲しいのなら、君の望むだけ待つよ」
「じゃあ、目を閉じて下さい」
「え」
「いいから」
彼女が急かすと、彼は瞳を閉じた。無防備な横顔に唇を寄せる。頬にほんのりと軽くキスした。
目を開けた彼が、彼女の腕を優しく引いた。ゆらりと彼へ身体が傾く。そのまま長く寄り添っていた。
お読み下さりまことにありがとうございます。
「続きが気になる」など思われましたら、↓の☆☆☆☆☆から作品への応援をお願いいたします。
ブックマークもいただけましたらとってもうれしいです。
更新の励みになります。何卒、よろしくお願い申し上げます。




