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目覚めたら貧乏な男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜  作者: 帆々


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40.告白の庭


気持ちのいい風が吹くこともあって、美しく整えた庭にテーブルをセッティングした。


時折り、母屋の方から猫が遊びに来たりして、それも話題作りに一役買った。会が終わり、女性たちだけのティータイムには、参加者たちの様子を見ながら、


(看板に猫の絵を描いたらいいかも)


などとぼんやりなどとぼんやり思っていた。


「ねえ、ノア」


ある女性が耳打ちする。


「母が来たいと言っているの」


「え、お母様が? 何か店に疑念を持たれているのかしら?」


保護者の登場にどきりとなる。一切いかがわしいことはしていない自信はある。しかし、外野が店の存在をどう取るかはわからない。


(親御さんが見学するケースも想定しないといけないかもね)


彼女がそう頭の中でメモを取った後で、女性はつなぐ。


「違うの。参加したいって。ただ、若い紳士方たちと交わるのではなくて、母たちの同年代の男性方とお会いできる会があれば嬉しいと言っているのよ」


女性の母上は随分前に夫を亡くしているという。


そこでノアは大きく頷いた。自身も未亡人で、その感情はよくわかる。娘を育て上げた後の自由に、人生への再挑戦を思うのは自然だろう。その中に旅もあれば、学問もあるかもしれない。恋愛があったって少しも不思議はない。


「いいアイディアをいただいたわ。鋭意準備いたしますと、お母様にお伝えして下さいな」


次回の予約を取り、若干のクレームなどもよく聞き取る。


閉店後はメイドに片付けを任せ、明日の準備を手早くこなす。揚げ菓子が好評だったので、明日の分に多めに仕込んでおく。


終えて手を拭いた時、仕事を下がるメイドが知らせた。


「紳士の方がお庭でお待ちです」


「え?」


「急がないから、ノア様のご用が済んだら知らせてほしいとおっしゃいました」


「お名前は?」


「留守をした件と言えばわかるから、と名乗られませんでした」


「そう」


メイドを下がらせ、エプロンを解いた。


ドアを開けて外に出る。店の門から続く小道の横に彼はいた。アシュレイだ。ベンチに眠る猫を屈んでなぜてやっている。


ドアベルの音に彼が振り返った。どうしても目が合う。彼女は覚悟を決め、微笑した。


「わざわざ申し訳ありません。お忙しいのに…」


彼は立ち上がり、首を振った。


「いや、忙しくなんかない」


「中へどうぞ」


彼はそれに応じず、上着を脱いだ。それを自分の隣りに敷き、彼女へ促した。店に入ればお茶も出せるのに、と彼女は思ったが、


(今、お腹が空いていないのだわ)


と、気づいた。


ノアは示された隣りに座る。また彼の身近に入ることを許された。そのことが、彼女の気持ちをぽんと跳ねさせる。


(わたし、嬉しいのだわ)


そう照れ臭く感じながら話す。


「今日お伺いしたのは、ジョシュの件です」


「うん、わかるよ。黒い池を見たから」


「黒? 午前では紫だったの。そこに魚が浮いていて…」


「僕が見たときは黒かったよ。魚はもう浮いていなかった」


「本人もすごく反省していて、何とか除籍だけは免れるよう、お願いしたいのです。難しいでしょうか?」


「…先に僕の話を済ませてもいい?」


「はい?」


「前は、失礼な態度を取って済まなかった。猛省している。許してくれないだろうか」


「前」とは、彼女が彼の邸に泊まった際の出来事だ。手ひどく追い返され、確かに深く傷ついた。


彼女の中で整理のついた問題であったが、こうして改めて彼からの言葉がもらえると、やはり気持ちは和む。


「いいえ。許すも何も。わたしが図々しかったの。先生はお悪くなんてありません」


「怒ってはいない? 僕の態度を」


「何も」


彼女は首を振った。


実際、怒りよりあの時は悲しみが勝った。切り捨てられたような痛みだった。


「僕には妻がいた。約五年前に亡くなった」


ぽつりとつないだ言葉に、ひどく驚く。彼自身から亡妻について語るのは初めてだ。


「君にとって、嫌な話かもしれない」


「先生が話したいのなら、ぜひ。わたしも聞きたいわ」


「…亡くなった妻のオードリーは、君にそっくりなんだ。顔かたちも身体つきも。初めて君を見た時、自分が狂ったのかと思ったくらいだ」


思い返しても、彼が自分を見る態度は不審だった。落ち着かない様子で目を逸らす。明らかに狼狽えて見えた。あれらは、彼女に亡妻を重ねていたに違いない。


「もちろん、すぐに別人だと気づいた。オードリーは、君とは全然違うから…」


「奥様はどんな方でいらしたの?」


「まず邸から出ない。人と交わることを恐れていて、僕としか話さないような女性だった」


「貴婦人でいらっしゃったのね」


「どうだろう。貴婦人の暮らしが適した人だったとは思う。僕とは幼なじみで、小さい頃から知っていた。互いに伴侶になるのだろうと気づいていたし、やっぱり当たり前に婚約者となって、結婚した」


ノアは思った。淡々と話しているが、こう他人に語れるまで、どれほど彼の中で整理が繰り返されたのだろう。人生の大半を共有したような女性を失う痛みは、壮絶だったはずだ。


「先生の初恋の方ね」


「確かに。オードリー以外の女性を知らないし、知りたいとも思わなかった」


恵まれた環境に生まれつき、彼のような男性に出会い心から愛された女性だ。大きな幸運の反面の短か過ぎる生涯。


それでも、


(ちょっと羨ましい)


そんな感情をじんわり噛みしめた。


お読み下さりまことにありがとうございます。

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