39.ジョシュの災難
遅くに帰宅したジョシュに、ノアは食事を出した。
たっぷりのそれらを勢いよく食べ進めるその手がふと止まった。それでも普通の男性には多すぎる量ではあるが、いつものジョシュにはやや少ない。
「嫌いな物でもあった?」
手に持ったパンを口に運ぶのをためらうような様子だ。腸詰肉のスープも少し残してある。
「ううん」
「どこか気分が悪いの?」
「…どうしよう、ノア」
ジョシュはパンを口に入れ、噛みながら何か話した。
「飲み込んでからにして」
パンを喉の奥にやった彼が、うつむきながら話し出す。
「…大学をクビになると思う」
「どうして?」
「実験に失敗しちゃってさ。その、池を駄目にして…」
「池を駄目にする?」
ノアには意味がわからない。
そこを説明させると、ジョシュと学生が数人で行った実験に失敗したという。大学の池にある薬剤を投入したため水が真緑になり、中の魚がたくさん死んだ。
「僕の目論見では、その薬剤で古生とつながりのある品種の魚が、識別出来るはずだったんだ。でも、池の水に何か違った成分が混じっていたから、上手く反応し合わずにあんなことに…」
と、がっくりと肩を落とししょぼくれた様子だ。能天気なジョシュしか知らないノアの目に珍しい。
「処分は下ったの?」
「まだだけど、教授が怒っていて、きっとそうなる。どうしよう」
「魚はしょうがないけれど、池は元に戻せないの?」
「排水が出来ないから、無理だよ。別な薬剤を入れて色を戻しても、普通の水になった訳じゃないから、きっと生き物は住めない…。別に危険な薬剤じゃないんだけど」
「そう」
「何か打つ手はないの? 教授のもっと上の人に頼むとか」
「その上は理事会とか学長とか、そんなレベルで、僕にどうこうなんて無理だし」
学長は知らないが、理事会ならキアヌやアシュレイが名を連ねていた。他に、教授のジークにも頼むことは出来るかもしれない。
保証は出来ないと前置きし、
「処分の件、わたしもお願いしてみるわ」
と言った。ジョシュの肩をぽんと叩き、食べられるのなら、食事を続けるように勧めた。
それに気を良くしたのか、彼は頷く。
「ありがとう、ノア。頼むよ。いや、いい妹を持ったな」
「期待し過ぎないでね。お願いするだけだから」
もう普段の調子を取り戻したようで、にこにこ笑い食べ進める。
ジークやキアヌはともかく、
(アシュレイ先生には会いづらいわ)
と、小さいため息をついた。
翌日、午前遅くにキアヌの事務室を訪ねた。手土産にした菓子の詰めた箱を渡すと、ひどく喜ばれた。
ジョシュの件を打ち明け、除籍処分だけは何とか免れないかと頼み込んだ。
緑の池のくだりでキアヌはふき出した。
「色んな学生を見てきたけど、池の色を変えるやつは初めてだよ」
「厳しいかしら?」
「絶対の保証が出来ないのは申し訳ない。頭の硬い先生は多いから。僕だけでは弱いから、アシュレイにも言うといいよ。理事二人が処分反対に回れば、簡単に除籍は出来ないからね」
「そう? ありがとう。アシュレイ先生にもお願いしてみるわ」
「あと、学長と縁戚になるから、ジークにも頼んだ方がより周到だ」
「わかったわ。そうするわ」
お礼を言い辞した。
お願い行脚で、次はジークを探した。途中見知った学生に会い、挨拶を交わす。
ジークは学生の証言で、あるカフェテリアで見つかった。昼には早いが、もうビールを飲んでいた。
彼にもジョシュの件を話し、助力を頼み込む。すでにジョシュのしでかした出来事は知っていて、ノアににやにや笑う。
「おかしいだろうけれど、真剣なの」
「年下のお姉ちゃんは大変だな。わかったよ、学長に申し入れしておく」
「ありがとう。助かるわ、本当に」
「でも、魚が死んだのはちょっとまずいな。教授の中に殖やしていた物好きがいるんだ」
「そう…、大事にしていた方もあるわよね」
「それに、俺が見たときは池は緑じゃなかったぞ。紫になっていた」
「え?!」
ジークに学長への口添えを頼み、彼女も池を見に足を運んだ。
柵に囲まれた池は、確かに緑ではなかった。黒ずんだ紫で、その水面にぷかぷかと魚が幾つも腹を上向きにして浮かんでいる。学生らはすでに見飽きたのか、平然とその辺りを歩いていた。
気味の悪い光景を見た後で、彼女は最後の行脚先に向かった。数人の学生に尋ねても、今日は姿を見ていないと聞く。アシュレイの教授室に向かった。
秘書に聞くと、
「御用で外にお出かけですわ。何時に戻られるかは、お聞きしていません」
と返ってくる。
「そうですか」
「ご伝言をお伝えしましょうか?」
彼女は咄嗟に首を振った。頼みごとに伝言では失礼に当たる。大したことではないと答え、部屋を辞した。
ジョシュや彼女にとって一大事でも、アシュレイには馬鹿な研究生の失敗談だ。
(ご自分が立派だから、ジョシュみたいな考えが足りない者には点が辛そう)
彼の私的な面をほぼ知らない彼女にとって、だらしなさとは無縁の存在と信じている。
頼み事があって訪れた訳だが、会えなかったことで、少しほっとしている自分にも気づく。
(だって)
王女の言葉とハークレイの打ち明け話の後だ。
彼の目を見れば、狼狽えてしまいそうにも思う。どう接していいか、まだ気持ちが定まっていない。
ともかく、
(ジークとキアヌの二人の助力が見込めるのだから、もうこれ以上はいいでしょう)
と、一旦肩の荷を下ろすことにした。
大学内の時計塔を見て急ぐ。帰って、午後からの『ブルー・ティールーム』開店の準備をしなければならない。
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