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目覚めたら貧乏な男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜  作者: 帆々


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38.うぬぼれていたくない


王女が帰り、ノアは大きく吐息した。


ハークレイを母屋に伴った。行き合ったメイドに彼へお茶を頼む。


居間に落ち着き、また吐息だ。


届いたお茶を手に、ハークレイが尋ねた。


「先ほどのご令嬢は?」


貴族社会に詳しい彼も、そのすべてを把握している訳ではない。彼女はためらったのち、真実を伝えた。ごまかす意味がない。彼なら無断な他言はしない。


王女の名に、さすがの豪胆なハークレイも絶句した。頭をかいている。


「無礼でしたね」


「お珍しいのではない? 怒ったご様子はなかったわ」


彼女はスカートのない皺を伸ばし、また長く吐息した。心が疲れていた。驚きと戸惑いが続いた。切なさもそれに混じる。


「王女様がわざわざあのことを告げに?」


「そのようね。勘違いなさったのよ、若い女性によくあるわ。ちょっとしたひらめきを真実だと思い込んでしまうのね」


「あなただってお若いでしょうに」


「ふふ。そうだったわ」


カップを皿に戻したハークレイが、


「閣下があなたをお好きなのは、本当ですよ。ご本人は何もおっしゃらないが」


と言った。


「あなたまで、おかしなことを言わないで」


「何がおかしいのかな。惚れた女性だからあれこれ構うのですよ。男なら自明です。興味がない女性に、親切だけでいちいちわたしを差し向かわせたりなさらない」


去り際、王女も同じようなことを言っていた。王女だけならともかく、この人までがそう言うのなら、アシュレイの自分への興味は恋なのかもしれない。


彼女はうつむき、首を振る。


「ご自分で何もおっしゃらないことが、すべての答えだわ」


「あの方にしては、随分雄弁だと思いますがね。お邸の家政婦にあなたをお茶に招待しろとせっつかれて、怒鳴り返していらした。僕は嫌われている、と」


「え」


「家政婦は、花を贈って謝れと言い返す。そう陰気だから嫌われるんだ、と。ひどいもんです。侯爵様もかたなしだ」


彼の邸の家政婦といえば、あの厳しいセレステだとすぐ思い至る。今思えば、邸に泊まった際の凝視も理解できた。あれはオードリーに似ている自分への驚きから来るものだった。


「あなたはどうなのです? 閣下をどう思われる?」


自分が彼をどう思うか、初めて向き合ったように感じた。その名にひどく敏感だったり、動揺したり、あれこれ胸が騒ぐ。意識することもなかったが、きっと自分は彼を好きなのだろう。


その感情を踏まえた上で、


「無理よ」


と答えた。


「何が無理なのです? あなただって貴族令嬢だ。身分は釣り合うでしょう。女性側の家格が下がるのはよくある話です」


身分や家格など、縁組の具体的な話になってきて彼女は慌てた。首を振る。どう言い逃れようか、言葉を探す。


「兄が、ジョシュが一人になるから…」


「お兄さんのことではないでしょう?」


「え」


ひたりと瞳が合う。鋭いそれに、彼女は心の奥をのぞかれているような気がした。ややして、ハークレイがやや声を落とした。


「言葉に上せるのもためらいます。ノア、あなたが遭った災難のことを気に病んでのことなら、それは理由にならないですよ」


「知っているの? どうして?」


指先が震えた。アシュレイ以外にもあの事件を知られていることが耐え難かった。なぜ、あの彼がハークレイに話したのかわからない。意味なく口外はしないはずだが、


(ひどいわ)


と、恨めしくも思ってしまう。


「閣下がその件をわたしに告げたのは、犯人を調べさせるためです」


「え」


「わたしはグレイ家に益のある仕事しか指示されたことがない。あなたのことは初めての例外でした。犯人はわかりました。お望みなら、今言いますよ」


「いいえ。知りたくないわ。お願い、言わないで。忘れてしまいたいから。出来るだけ…」


「そうですね、あなたは賢明だ」


彼が犯人を調査させたのは、大学の治安のためだろう。単純にそう思った。彼は乗り気なようではなかったが、理事も務めている。


「閣下がなぜ犯人探しを命じられたか、聞かないのですね」


「それは、大学のためでしょう? 悪人を放っておけないわ」


「まさか。大学などのためにわたしを動かすことはなさいませんよ、お家の益にならない」


ハークレイは笑った。その笑顔に殺伐とした雰囲気が和らぐ。


ふっと笑いを引っ込めた。


「復讐なさるためでしょう。男なら、大事な女性のためにはそれくらい考える」



その夜、彼女は寝つかれなかった。


大きなベッドで、華奢で小柄な身体をころころと何度も寝返りさせた。


午後の出来事が頭から去らない。王女の来訪とその意味。


「アシュレイはあなたのことが絶対に好きよ」。


ハークレイまでが王女の言葉を肯定した。さらには、暴行事件の後でアシュレイが犯人の調査をさせていたことも知る。「復讐」するためなどと告げ、彼女を追い詰めた。


彼は犯人を知り、どうしたのか。彼女へ何の知らせもない。


ノアの頭に浮かぶのは、ニールの事故のことだ。どうしてもそこへ結びついてしまう。


(まさか、あの人が犯人?)


事件のことは思い返したくもないが、襲った相手として背格好は合う。彼女を呼び出すためにジークの名を使った理由として、彼ならしっくり来る。彼女の前でジークに手ひどく罵られ、恥をかかされていたのは、記憶にまだ鮮明だ。


彼女を襲った理由は不明だが、ジークの叱責を受ける元になったのは彼女の言葉だ。ジークの前で、ニールとの約束を何気なく喋った。


(それを恨みに持った?)


上手くすれば、ジークにその罪を着せることが出来る。女性を騙す詐欺を働き、小遣い稼ぎをしていた人物だ。素行は十分悪い。無防備な女性を襲うくらい、


(やるかもしれない)


その後、ニールは銃の事故で大変な怪我を負ったと知った。事故は不幸な偶然かもしれない。


銃の事故を仕込む、または誘発するなど、どうやれば出来るのか、彼女にはわからなかった。


でも、狩りは紳士の嗜みとされる。おそらくアシュレイも銃の扱いは長けているに違いない。


(それに…)


事故は王太子と王女の御前での狩りで起こったという。ジョシュが学生から聞いたことによると、彼はその事故の場に居合わせていた。


それでも偶然なのだろうか。


あの冷静で落ち着いた彼が、自分のためにそんなことまでするとは考えにくかった。


(とんでもない自惚れだわ)


答えの出ない自分の中の問いを止め、ぎゅっと目を閉じた。


お読み下さりまことにありがとうございます。

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